第19話四面楚歌

  5-19

家で廣一は母眞悠子と喧嘩に成っていた。

それは月に十二万のお金を、毎月払う契約を勝手に決めてきたからなのだ。

廣一には母の怒りよりも、大事な事、それは美由紀が結婚を決めた事だった。

カード会社とか、かき集められるだけのお金を持って、美由紀に会いに行こうとしたのだ。

九州から戻って一週間が瞬く間に過ぎて、会社の仕事で東京に行ける時を待っていた。


ようやく出張が決まって(来週、東京に行くので、会って貰えませんか)と美由紀にメールを送る。

(貴方に会う用事は無いわ)

(お金が、少し出来ました)

(何?お金?馬鹿じゃないの?冗談を本気にしていたの?)

(とにかく、来週の木曜日と金曜日にあのホテルに泊まります)廣一は必死だった。

美由紀も此処で決着を付けなければ、病院に行って色々言われても困る。

特にデリヘルの話しでもされたら終わりだから、そう思って(いいわ、最後にしましょう、木曜日に行くから)と返事をしたのだ。


お金を借金までして用意した五百万を通帳にして東京に向かう廣一。

その日九州から佐伯が廣一の会社に向かっていたのだ、

契約の確認の為と久代の頼みを叶える為に、それは九州に今の会社を辞めて来て欲しいと云う願いだった。

佐伯が会社で廣一の上司加藤に面会を求めた。

最初は断ったが、渋々会って事情を聞いても、加藤は理解に苦しんで、社長が面会をする事に成って一時間の会談の後、社長はにこやかに「加藤君、柏木さんの今受け持ちの得意先、誰かと変更出来るか?」と尋ねたのだ。

佐伯は社長にお辞儀をして帰って行った。

「どう言う事でしょう、辞めて貰う事に成ったよ」

「えー、柏木君にですか?」

「そうだ、彼は色々陰で問題を起こしているらしい」

「本当ですか?」

「そうだ、借金も多い」

「小金を貯めていましたよ」

「女に使ってしまって、今では先程の方の所にも何千万と借金が有るらしい」

「そんな、驚きですね、確かにあの歳まで独身なら、少し良い女に入れ込むのは判りますね」

「今も、東京に出張だと話すと、女に会いに入って居るのでは?と教えられたよ」

「判りました、社長早速後任を探します」

「イメージが悪く成るから、病気で退社、引き継ぎは無しで」

「判りました」

加藤には少し不思議で、社長が怒っていなかったからだ。


久代の頼みの一つを終わって実家に向かう佐伯、

眞悠子が「何か?まだ用事が有るのでしょうか?」

「恐い顔ですね」

「そりゃあ、そうでしょう、顔も知らないお婆さんの老人ホームのお金を出す、馬鹿な息子に呆れていますよ、今日は居ませんよ」

「例の美由紀さんに会いに行かれたのでしょう?」

「えー、違いますわ、仕事です」

「沢山のお金を持って、行かれた筈ですよ」

「お金?もうそんなお金は持っていない筈ですわ」

「いいえ、借金をして」

「えー、嘘でしょう、何処まで馬鹿なの」

「その、馬鹿、いやその気持ちが気に入られたそうですよ」

「誰が?」

「お婆様が」

「そんな事、関係無いわよ、大変だわ、幾ら持って行ったのかしら?」

「五百万程でしょう」

「えー、二千万も使ってまだ五百万も、気が狂っているわ」

「そうですね、彼氏が居て結婚されるのに、狂っていますね、でもそれが良いらしいですよ」

「何が?またお婆さん?」

「はい、そうです」

佐伯が鞄から書類を差し出し「今日はこれを持って参りました」

「何?」

「息子さんが契約された、老人ホームの正式契約書です」

「そんな物、態々持って来て貰わなくても、送って頂ければ」怒った様に云う眞悠子。

「もうひとつ、お願いが有りまして」

「まだ、何が有るのよ」怒る真悠子。

「お婆様が、廣一様と一緒に住みたいと言われまして、今日はお願いに参りました」

「お金を取って、息子まで欲しいと?」

「いいえ、お母様にもご一緒に来て頂きたいと聞いて参りました」

「えー、私も?息子には勤めが有ります、無理です」

「大丈夫です、勤め先は解雇されます」

「何を言っているの?」眞悠子の声が変わった。

「何故よ?」

「仕事中に女性と遊んで居たのを、社長がお知りになられて、お怒りです」

「えー、そんな」

「まあ、そう云う事で私は帰ります、考えて下さい」

佐伯は帰ろうとしたら「待って、首に成ったらもう、この契約書も払えません、九州に行くお金も有りません」と大きな声で言う。

「。。。。」

呆然とする眞悠子を残して佐伯は帰って行った。


廣一に眞悠子が電話をしてきた。

「廣一、またあの女と会っているの?」

「えー」

「もう会社にバレテ、貴方は首よ、それにお金を借りたでしょう」

「何故?それを」

「今、佐伯って人が貴方の書いた契約書の原本を持って来て、教えてくれたわ」

「何故?佐伯さんが、僕の借金を知っているのだ?」廣一は頭が変に成りそうだった。

もうすぐ美由紀が此処に来る。

冷静に話せるだろうか?会社も首?

「お母さん、帰ったら、ゆっくり話そう、今夜で決着を着けるから」そう言って電話を終わると直ぐに美由紀から電話が来て「部屋で話しをしたいわ」と言った。

人に聞かれる事を避けた美由紀だった。

しばらくして、部屋に来た美由紀は「もう、いい加減に止めてくれない、もう貴方とは別れたのよ」

「私も美由紀さんと戻ろうとは思っていません」

「じゃあ、お金なんて持って来ないで」

「一千万有れば、また会うと言いましたよ」

「もう、あの時と状況が違うのよ、私達結婚するのよ」

「それを、辞めて欲しいのです」

「貴方、馬鹿じゃあないの?もう両親にも許して貰ったのよ」

「あの、柴田さん以外なら反対はしません、美由紀さんの不幸が見えています、だからあの柴田だけは辞めて下さい」必死で言う廣一。

「もう、三十二歳よ、彼を逃したらもう結婚出来ないわ、それに愛し合っているのよ」

廣一は通帳を差し出し「此処に五百万有ります、一千万には足りませんが、後五百万は近日中に用意しますから」と差し出し訴える。

「馬鹿じゃないの?お金じゃあ無いのよ、私達は愛で結ばれているのよ、こんなお金は要らないわ」とテーブルに置いた通帳を右手で払い除けて、通帳は壁際まで飛んで行った。

「判った!、お金では買えない物も有るのよ、もう私を忘れて、今後連絡しても出ませんから、今夜限りにしてよね、一度自分の顔をよく見て考える事よ、変な事したら警察に通報しますからね」捨て台詞を吐いて美由紀は部屋を出て行った。

呆然とする廣一は「愛はお金では買えないか。....そうじゃあ、無いのだけれどなあー」

別に買おうとした訳では無いよ、美由紀さんの不幸を助けたかっただけなのに。。。。。と思う廣一だった。


週末、会社に戻ると、上司の加藤が廣一に「お前、仕事中に女と遊んで居たらしいな、社長に知られたから、もうこの会社では無理だよ」と告げた。

「はい、聞きました、来週辞表を書いて来ます」と心も身体もボロボロの状態の廣一だった。

帰り道、携帯が鳴って「廣一かい?」久代の声。

「ああ、お婆さん」

「九州に来て私と一緒に住んでくれないか?」

「今、勤めて居た会社、首に成ったから、仕事を探さないと、お婆さんのローンも払えなく成るのだよ」

「それは、困ったね、私の知り合いの会社で空きが有るか聞いてやろう、九州で仕事見つかれば来てくれるかい?」

「この歳で使ってくれる、会社中々無いよ」

「聞いてやるよ、昔から知っているから、使ってくれるかも知れないからね」

「はい、お願いします」廣一は期待もしないで、電話を切った。

廣一は失意の底だった。

しばらくして「廣一、使ってくれるらしい、面接に来なさい」久代の弾む声。

「えー、早いね」

「昔から知っているからね」

「何と云う会社なの?」

「柏木興産と云う不動産の会社だ」

「あっ、そうか、親戚の会社だね、僕の様な年寄り使ってくれるなら、行くよ!お婆さんにも会いたいからね」急に元気に成る廣一だった。


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