50,000ポイント達成!

異端殲滅官の褒賞②


 視線を落として集中していたアメリアがふと顔を上げた。


 手元にあるのはポイント交換のカタログである。俺は物資の類はなるべくポイントではなく正規の手順で申請して頼む派だ。だからポイントは売るほど余っていた。

 そもそも仕事に自分の報酬を使うのがあまり好きになれないのだ。貧乏性とも言い換えられるだろう。


 アメリアが何を欲しがっても大体の物は交換できるし、その程度で今まで貯めたポイントがゼロになったりもしない。


「でも、こんなに色々あるなら自分のためにポイント使ったほうがいいのでは?」

「自分のため、か……」

「アレスさんって趣味は何ですか?」


 酒と煙草と女だ。なんて言えるわけがない。そもそも、任務の最中は特別必要がない限り全て断つようにしている。隙ができるからだ。

 まぁ、その三つが趣味として呼べるかというと微妙だが……。


 俺は天井を見上げ、言葉を選んで答えた。


「……うまいものを食べる、とか」

「食べてるところ見たことありませんが……?」

「携帯食料、うまいんだ。俺は好きで食ってるんだ。ちなみにカタログにもある」


 ブロック状の携帯食料。活動に必要十分な栄養価とエネルギーを持ち、傭兵たちならば誰もが一度は食べたことのある品だ。

 まぁ、長期間街の外でレベル上げをする者にとって食糧の準備は必須である。

 そこそこの値段はするが、携帯食料はポイント交換で貰うまでもなくどこの街でも売っている。味のバリエーションも多い。

 

 アメリアは俺の答えを聞いて珍獣でも見るような目をした。


「……アレスさんって生きてて楽しいんですか?」

「そういう事は思っていても聞いちゃいけない」


 思わぬ言葉が人を傷つける事もあるのだ。っていうかその言葉……辛辣すぎる。


「まぁ、迂闊な物を頼んでも持ち運び出来ないからな……」


 魔王討伐は何年かかるかわからない長い旅だ。街から街へ、時には国境すら越える事になるだろう。


 藤堂達と異なり、俺達は異空間にアイテムを収納できる魔導具を持っていない。自然と持ち運ぶ物は厳選される。

 頼むなら消耗品かあるいは武具など日常的に使う品にする事が望ましい。最低でも身につけられるアクセサリーか。

 ただ、アクセサリーをつけるなら装飾のためではなく魔法の力の篭った魔導具にした方がいい。魔導具の有無で生死が決まったりする事もある。


 アメリアが深々とため息をつき、俺をじっと見上げて言う。


「アレスさんって苦労性ですね……」

「万全を期す主義だと言ってくれ」

「よ! アレスさん、プロフェッショナル! もっと肩の力を抜いた方がいいですよ!」

「持ち上げるならちゃんと持ち上げろ」


 感心してるのか馬鹿にしてるのかわからないだろ!

 アメリアは俺のつっこみをスルーしてカタログを机の上に開き、その中の一つを指した。

 薄蒼色の美しい細工のされたガラス瓶の絵だ。


 教会はポーションの生成を行う薬師や錬金術師に太いパイプがあるらしく、ポーション類はカタログのラインナップの中では最も充実している物の一つである。


「さっさと藤堂さんを一人でも問題なく魔王討伐できるようにしてお休みでも取りましょう。そこで、私はその時のためにこの『存在力吸収促進剤』の入手を進言します」


 何故か胸を張って言うアメリア。


 『存在力吸収促進剤』


 俗にレベルアップポーションと呼ばれる物だ。効果は生物を殺した際に得られる存在力の上昇。簡単にいうと、レベルが上がりやすくなるという誰もが夢見る品である。

 強力なポーションというのはそれなりの値段がするものだが、レベルアップポーションはその中でも特に高価だ。その上、需要が極めて多く、偽物もかなり多い。と言うか、半分くらい存在自体が都市伝説みたいなものである。


「アメリア、お前って騙されやすい方か?」

「私はかなり賢いです」


 その答えが既にあまり賢くない。

 ため息をついて無駄に自信ありげなアメリアに教えてやる。


「いいか、アメリア。楽してレベルを上げる方法なんてないんだ。そもそも、楽して基礎スペックを上げたところであまり意味がない」

「簡単に言うと?」

「カタログに載っているレベルアップポーションは使えない。偽物だ」

「……え?」


 アメリアが目を丸くしてカタログを見直す。勿論偽物だなんて書いてないし、ポーションの瓶は芸術品のように美しく、いかにも高級品に見える。

 だがそれは罠だ。馬鹿はカタログに書いてある性能を完全に信用し、引っかかる。

 この世界で信用できるのは自分だけだ。このカタログはその真理を改めて教えてくれるものなのである。


 大体、冷静に考えてポーション一つでレベルアップが楽になったりするわけがない。そんな仕組みならば金持ち程レベルが高くなっていないとおかしい。

 しかも必要ポイントがたった千二百ポイント――たった千二百ポイントだ。偽物だと明言してるようなもんだ。三流の詐欺師だってもう少しうまくやるわ。


「何がうまいって、本当に効果があるのか確かめるのが難しいことだ。一瓶飲みきれば十分間魔物を倒した時に得られる存在力が十パーセント上昇しますとか判断に困る」


 同じ種類の魔物でも有する存在力には差がある。例え多少存在力の量が多かったところでそれが本当にポーションの効果なのかたまたまなのか知る術はない。


「まさかアレスさん、騙されたんですか」

「違う。断じて違う。騙されること覚悟で――確かめてみただけだ」


 酷い記憶である。

 そもそもポーションは偽物が多いのだ。回復薬の類は製造方法も明確になっており、回復量や色で大体の真偽が判断できる。が、それ以外のポーションは酷いものだ。

 特に、レベルアップポーションの製造方法は門外不出とされており、名だたる薬師や錬金術師の中でも取り扱ってないことが多い。プロに分析を頼んでも真偽の判断が難しい。


 楽してレベルアップしようとした自分が愚かだったと、勉強料だったと考えるしかないのである。

 そもそも、実際に短期間の存在力吸収量が十パーセント増えたところで体感変わんねーって。

 憤懣やるかたない思いで語る俺を、アメリアは呆れたように、しかし何も言わずに見てくる。

 善良な人間を騙そうだなど、人として最低だ。


「しかも、凄まじく不味い。一瓶飲めばいいとか言われても、飲めないくらいに不味い。原材料を予想出来ないくらいに不味い」

「……どんな味なんですか?」

「甘辛酸っぱ苦い。ところまでは覚えているが後は覚えてない。まぁ、それを飲むくらいなら魔物を十パーセント多く倒した方がマシな、そんな味だ」

「そ、そうですか……」


 レベルアップポーションを服用して以来、俺は何を食べても美味しく食べられるようになってしまった。

 真偽は結局定かではないが、異端殲滅官クルセイダーの間では偽物という事で決着がついた。


「アメリアがどうしても飲んで見たいなら止めないが……レベルが上がれば毒への耐性はつくが、味覚は変わらないからな」


 今思い出しても怖気が奔る。俺の様子を見て、アメリアがぞくりと肩を震わせて首を横に振った。


「いえ……やめておきましょう」

「優れた判断力はアメリアの美点だな」

「そんな事で褒められても嬉しくありません」


 藤堂に仕込むのはやめておいた方がいいだろう。毒とあまり変わらないし、数日寝込んでしまうかもしれない。十分間吸収率が上昇して数日寝込むとか本末転倒にも程がある。

 藤堂に恨みがないわけでもないが、誰も幸せになれない。


「うーん。でも、ポーションにも色々ありますよ? ほら、筋力上昇ポーションとか」

「上昇系のポーションはいまいちなんだよなあ」


 能力を上昇させたいならポーションよりも神聖術の方がいい。なにせ、ポーションは一部を除いてわざわざ飲むという手間が必要だし効果時間も短い。副作用が発生することだってある。使い所が難しいのだ。

 歴戦の傭兵がいざという時の切り札として一本持っておく、くらいの立ち位置が一般的である。藤堂達に使いこなせるとは思えない。


 そう見解を説明したが、アメリアの目は納得していなかった。興味深そうにページを捲っている。

 能力上昇系ポーションはカラフルで一見カクテルのようだ。

 ねっとりとした舌触りで、色も灰色な、いかにも危険ですよみたいな見た目をしていたレベルアップポーションとは大違いである。


 アメリアがカラフルなポーションの中の一つを指差す。


「瞬発力上昇ポーションとか、黄緑色で美味しそうじゃないですか?」

「レモンとキウイを足したような味がしたな」


 思い出しながら感想を言うと、アメリアは一瞬沈黙して、


「……飲んだ事あるんですか?」

「飲むだけで強くなれるなんて夢のようなポーションだと思って……」

「……」

「ちなみに、吸収率が高いとかでアルコールに混ぜて飲むと凄く酔いやすくなるからやめておいた方がいい」

「……そ、そうですか」


 経験上のアドバイスである。どんなに強くても一発でべろんべろんに酔っ払う。ただでさえあまり耐性のないアメリアだと昏睡してしまうかもしれない。

 噂では本来の用途ではないその用途で使うためにポーションを買っていく連中もいるんだとか。


 経験で裏打ちされた俺の知識に、アメリアが若干引きつった笑みを浮かべる。

 彼女が俺の言葉にそんな表情をするのは珍しい。どちらかというといつも俺がアメリアの言葉に引く事が多いのに。

 だから少しだけ面白かった。


「アレスさんって……一体……」

「考え得る事は一通り試してある。俺だって……楽してレベルを上げたいんだ」


 だか無理だ。楽をしようとすればするほど酷い目にあう。レベルアップポーションを飲んで意識が混濁したりパワーアップポーションの副作用の筋肉痛で動けなくなったり能力が一時的に落ちたりする。


 既に人体実験まで済んでいるのだ。

 戦力を上げる、レベルを上げる一番の近道は地道にコツコツ魔物を倒す事で、このシステムに抜け道はほとんどない。つまり、藤堂達を楽して強化する方法はない。

 当時はひどい目にあったと思っていたが、今となっては藤堂達で実験せずに済んでよかったと考えるべきだろう。

 いやー、レベル上げても耐えられないよ? 副作用。


 アメリアがそろそろと右手を上げて質問してきた。


「あの……お酒に混ぜて飲むと酔っ払うってのはどうして試したんですか?」

「……それはな、アメリア」


 ごもっともな意見である。普通ポーションを何かに混ぜて飲もうとなど思わない。

 ポーションとは薬学と魔術の融合で出来ている。異物を混ぜると予期せぬ反応が起こる可能性があるのだ。


 真剣な表情で俺の言葉を待つアメリア。きっと一端の魔術師であるアメリアには理解できないことだろう。

 一度深くため息をついて、答えた。


「……人間ってのが愚かだからだ」

「……えっと――」


 元々、危ないというのは噂で聞いていた。

 だが、異端殲滅官というのはグレゴリオじゃなくても命知らずが多い。

 異端殲滅官クルセイダー同士で酒を飲んだ際に、悪ノリして混ぜたのだ。そして一気飲みしてぶっ倒れた。

 もちろん、神聖術ホーリー・プレイですぐに元通りになったが、もう二度とポーションを混ぜようとは思わない。

 ちなみに飲んだのも倒れたのも俺じゃない。俺はそこまで命知らずじゃない。

 悪夢のようなその光景を思い出しながら、アメリアが同じ目に合わないように忠告する。


「ただ酩酊しただけじゃない。レベルが高ければそれだけ耐性も上がる。それでも耐えきれなかったって事は、体内で何らかのやばい反応が起きていたってことだ」

「真面目な表情で言うことですか? それ」

「自分が賢いと思い込んでいる奴程くだらない馬鹿をやるんだ。一般人よりも頑丈な身体を持ってて神聖術も使えるから尚更たちが悪い」


 アメリアは半信半疑のようだが、藤堂の持つ蛮勇もそういったところに向く可能性がある。間違いなく藤堂達を見張る上で注意しなくちゃならない点の一つだ。


「失礼ですが、アレスさん達が馬鹿だっただけじゃ……」


 アメリアの冷静な指摘が心に刺さる。ああ、そうだよ。全くもってその通りだよ!

 だが人間ってのはやるなと言われれば言われる程やりたくなる生き物なのだ。カタログにパワーアップ系ポーションが揃っているのはそれを教えるためだというのが異端殲滅官の間での共通見解である。考えた奴は地獄に落ちればいい。


 大体、載せる必要ねーって。カタログにあったって使わねーって。皆、長い時間効果のある補助魔法バフ使えるんだから。


 アメリアはしばらく怪訝な表情で俺を見ていたが、再度カタログの方に視線を落とした。

 正直、ポーションにはあまりいい思い出はないので違うページを見て欲しい。もっといい物載ってるから。

 大体、魔法薬の類は性能がピーキーすぎるのだ。問題なく使えるのは魔力回復薬マナ・ポーションと普通の回復薬ヒール・ポーションくらいで、それだって製造者の腕によってピンからキリまで存在する。カタログで頼むようなものではない。


 大体、俺達僧侶プリーストだし。魔力使わないし、回復は自前の回復魔法ヒールがあるし。

 そんな祈りもなんとやら、アメリアは直ぐにページを捲るのをやめ、上目遣いでじっと俺を見てきた。


「あの……魔法毒薬ポイズン・ポーションなんてどうでしょう?」

「知りたいのは味か? 症状か?」

「味――ええええ……」


 一通り舐めてみている。味と症状を知らなければ効率的に使えないからだ。ただ資料で読むのと実際に体験するのとでは理解度が違う。

 また、毒に対する耐性をつけるのにもうってつけだ。魔物の中には毒を持っている奴もいるし、世の中何が起こるかわからない。


「だが今藤堂に盛ったら耐性を得る前に死ぬ可能性が高い。もう少しレベルを上げてからにしよう」

「アレスさん、貴方本当に僧侶ですか?」

「皆やってる。皆でやれば怖くない。ちなみに何故か知らんが魔法毒薬ポイズン・ポーションは総じて美味い」

「へー、そうなんですか」

「沢山飲んだら死ぬけどな」

「へー」


 アメリアの目がどんどん冷たくなっていく。

 お礼の話をしていたはずなのに毒の味なんて聞かされたらそりゃそうもなるか……配慮が足りなかったかもしれないな。

 反省していると、再びカタログに取り掛かっていたアメリアの目が一点で止まった。これまでになく目を見開き、俺の袖をちょんちょんとつっついてくる。


「惚れ薬……アレスさん、惚れ薬なんて、あります」

「ああ、あるな」


 ことポーションについてはほとんど揃っていると言ってもいい。惚れ薬とか自白剤とか、一般的に流通していない薬も簡単に手に入るのはポイント交換のメリットの一つだ。

 年頃の女性としてその手の物に興味あるのか、ちらちらと惚れ薬の写真を見ているアメリア。そういうのを薬に頼るのもどうかと思うが……まぁ、その手の薬は効果が薄いので止めるほどでもない。

 しばらく黙ったまま見ていたアメリアがぽつりと言葉を漏らす。


「……効果、あるんですかね?」


 このタイミングだ。汚名を返上するチャンスだ。尊敬を取り戻すチャンスだ。

 先程までは聞かれてもいないのに答えて失敗したが、聞かれたのだからしょうがなかろう。


「種類によるな。味、効果、有効時間、なんでも聞いてくれ。一通り試してある」


 アメリアの目が丸くなり、しばらく沈黙する。

 仕事は完璧だ、情報も完全に頭に入っている。自信はある。

 笑みを浮かべ言葉を待つ俺に対して、アメリアは指を唇に当てていたが考えていたが、


「やっぱり私携帯食料が欲しいです。おすすめの味教えてください」

「ココア味だ」


 チーズ味とかもおすすめだ。


「そうですか……さすがアレスさんです。じゃあそれで」


 アメリアが棒読みで言い切り、僅かに笑みを浮かべた。

 ……しかし、あれほど熱心に色々見ていたのに結局選んだのが携帯食糧とは。


 何がさすがなのか知らないが、アメリアの笑みを見ていると、案外幸せなんてものは、そういう小さな物なものなのかもしれないと思えるのだった。


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