魔器

 コウカは何か考えがあって逃げているわけではない。〈半端者〉らしく騎士達と揉めたら不味そう、という曖昧な考えの発露が逃亡という手段だった。追われている時点で揉めているという発想は無い。

 身体能力ではコウカが大きく優れているのだが相手は二人であり、地理を把握している。距離がわずかに縮んだ瞬間、コウカは足を縫いとめられていた。


 それは尖った氷。追ってくる騎士の内、一人は魔術の心得があるようだった。“氷弾”と呼ばれる氷系統の基本にして奥義。それを移動する相手に命中させたのだから恐るべき腕前といえる。


 痛いというよりはもはや熱い。突き刺さっているのは氷なのに!と思考をわざと逸しながら耐える。魔女の下で散々経験していなければ人目を憚らずに泣き出してしまうだろう。もはや懐かしい感覚だ。


 足を止めてしまったコウカに今一人の騎士が挑みかかる。その剣は微細に動きを変え、フェイントを混じえながらコウカに触れようと迫る。コウカが手に持った棍棒でそれを必死に打ち払う。



「有りえぬ。なんだ貴様は?」



 声は魔術を行使する騎士のものだった。声に続いて氷柱が降り注いだがコウカは辛うじて避けた。そう、上方からの攻撃を躱したのだ。未だに近接戦闘は続いているのだ。

 二人がかりで相手が未だに健在という事実だけで、国家の最精鋭たる自負を傷つけられた二人の騎士は目線を交わした。もはや点数稼ぎのために捕らえようなどという発想は捨てる。否、任務すらもどうでもいい。この恥を雪ぐべく速やかにこの敵を殺害する。

 二人の騎士は同時に腰に佩いていた別の剣を抜き放った。



「「目覚めよ聖剣。神の威光を伝播すべく歌え――」」



 それは力ある言葉により、彼らが持つ特殊な武器の能力を発揮させるための祈り。その原理は魔術を行使する際の呪文と同じだ。発揮される力は異なるが。


 かくして力関係は逆転する。聖騎士二人を相手取り戦えていたのは単純に、コウカが個人では彼らより優れているからである。輝かしい黄の光が放たれた瞬間にその差は埋まった。後は1対2という単純な図式があらわれるだけとなる。



 聖剣―それは人間が作り得た当代最高の兵器である。

 神々が人のために遺したものや神自身が使っていたような“神器”。それは人間には模倣すら不可能であった。正確には人間種のみならず森人や地下人、妖精族にも理屈すら分からなかったのだ。現在まで残っているような魔術や特殊な武器とも系統がことなるのか解析すら覚束なかった。

 だが欲深い人間は諦めなかった。見つけたのは単純な発想。作れないなら、増やせないなら利用の方法を考えるまで。その執念は実を結び、聖剣という果実を人は作り上げた。

 聖剣は端的に言えば受信機だ。神器を送信機と見立ててその恩恵を受け止める。神器側の許可が必要、離れすぎてもいけない、増やしすぎてもいけない等と未だ改良の余地は多い。

 だが、それでもなお十分に過ぎた。この聖剣を持ってして人は他種族を圧し覇者の座を射止めたのだった。その次には聖剣を獲得した人間種の国同士で争うという、どうしようもない事態になったのは仕方のないことであったものの、聖剣が人間に繁栄を齎したことは疑いない。


 聖剣を用いるものは身体能力の強化に留まらず、本体の神器の異能を行使することができる。だがタンロの聖剣に関してはそこを語るには及ばない。なぜならば大本の神器の異能こそが身体能力の強化なのだ。

 故に強化される身体能力の幅は他国の聖騎士を遥かに上回る。魔女の弟子たるコウカに追いつくほどに。これこそが内部に様々な問題を抱えながらもタンロの国が未だに健在な理由。扱いやすい聖剣の異能。

 


 明らかに勢いを増した聖騎士の剣が迫る。対応できたのはコウカが同等の者たちとの戦闘に慣れているから。

 一撃で棍棒は砕かれた。続く二撃目はなんとか躱した。三撃目はみっともなく地面を転がって凌いだ。足を負傷したコウカにとって敵の突然な強化は致命的だった。もはや後は嬲られた後に殺されるだけとなる。鍛え上げさせられた技術もこうなっては痛みを長引かせるだけだ。



「げぅ……!?」



 気が付けば後ろに回り込んでいた聖騎士が放つ氷柱がコウカの腹に突き刺さった。足の速い魔術師などという、おとぎ話に出されたら盛り上がりに欠けそうな存在である。腹に穴を開けてなお手を抜く気はないのか周囲を駆け巡り、あらゆる方向から氷を飛ばしてくる。

 腹に氷は突き刺さったままで、腹の中身が透けて見えるのが気色悪いとコウカはぼんやりと考えた。その状態でも剣を使う聖騎士の動きに注意しなければならない。首を刎ねられることだけは避けていたが、傷は一瞬ごとに増えていく。真っ当な強者であるならば、もはや万事休す。だが魔女という存在と出会ったコウカにはまだ取れる手段が存在した。



 既に満身創痍、得物はなく、敵に油断も無い。誰が見ても絶体絶命の窮地。

 死にたくないというごく当たり前の心境に陥ったコウカは、死ぬほど使いたく無かった背の包みに手を伸ばした。白布が暴かれ表れたのは緑の槍。


 この時、奇しくも世界でその存在が同時に登場した。

〈完璧なる者〉は弟との争いで。

〈才ある者〉は己の力を誇示するために。

〈才なき者〉は友のため。

〈美しき者〉は気に入らぬ婚約者を排除するために。

〈醜きもの〉は子供たちを護るために。

〈半端者〉は己を守るために。

 思惑も状況も異なるが、なぜか魔女の弟子達は同時刻に“魔器”を起動させた。



『目覚めろ、魔器よ。魔女の意向を世界に知らせよ――!』



 聞いたことも無い魔女の高笑いを、弟子達は聞いた気がした。

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