第8話 カオル様の夢

 チョキチョキ、チョキチョキ……。

 チクチク、チクチク……。


 おや、カオルさんがお裁縫をしているようです。

 パッチワークのようですが、何を作っているのでしょう。


「奥様、旦那様のお部屋と、おトイレのお掃除終わりましたです」

「ご苦労様。めいとちゃんも一休みして。ハーブティがあるわ」

「はい。いただきます」


 カオルさんは多趣味です。

 お台所のプランターに、いろいろなハーブを育てています。

 お料理やお茶、自家製のスイーツなどに使うのです。

 ご覧の通り、洋裁や手芸も上手です。

 端切れを縫い合わせて、小物からベッドカバーまで作ります。

 編み物もできちゃいます。


「奥様お上手ですね」

「家政科の学校行ってたから、一通りはね」

「何を作ってらっしゃるのですか?」

「ティーコゼよ」

「コゼ?」

「ティーポットの保温カバーのことよ」

「わたくしにもお裁縫、教えていただけますか?」

「ほんと?」


 めいとさん、それがいいですね。

 なにしろボタン付けで、五月先生のジャケットを血痕だらけにしたんですから。


「いいわよ」

「お願いいたします」

「私ね、前にも話したけど、女の子が欲しかったのよね」

「はい」

「でね、お人形さんのようなかわいい服を着せるのが夢だったのよぉ〜」

「はい……」

「そうだ、めいとちゃんにお洋服作ってあげるわ」

「ホントでございますか?」

「ええ」

「うれしいです」

「善は急げ。じゃあ体見せて」

「お、奥様、わたくしそ、そんな趣味はございません……」

「あらやだ、変な意味じゃないわよ。体の寸法測らせてってこと」


 いやいや、カオルさん、明らかにお顔がいつもと違います。

 お目々が大きくなって、キラキラしています。

 しかも『教える』が『作る』に、話変わってしまいました。


「娘とお風呂に入るのも夢だったわぁ〜。一緒に入る?」

「お、奥様ご、ご勘弁を……」

「冗談よ」


 いや、カオルさん、一瞬マジでしたでしょ。

 メジャーが何か、別のものに見えてきました。


「身長がふんふんセンチ、胸囲がふんふんセンチ、ウエストがふんふん……」

「ほ、ほくしゃま、へへへ」

「動かないで」

「でも、こちょばゆいでごじゃいましゅ」

「もうちょっと。袖丈ふんふんセンチと。はい、おしまい」

「はぁー」


 めいとさん、なんだかぐったりしてしましたね。

 カオルさん、必要以上に体を触ってましたよ。


「基本はメイド服がいいわよね」

「そうでございますね」

「スカートはもっとフリフリにして、大きめのパフスリーブがいいわね」

「はあ……」

「エプロンにはレースを付けてっと。めいとちゃん何色が好き?」

「薄いオレンジ色です」

「ふふ。可愛らしいわ。楽しみにしててね」

「あい」


 いったいどんなメイド服になるのでしょう。

 なんだかちょっぴり、不安でもあります。



「奥様、糸くずとアポロの抜け毛が絡まって、カーペットがたいへんなことに……」

「・・・」

「掃除機もコロコロも効きません」

「・・・」

「わたくしにはいつ、お裁縫教えてくださるのでしょう?」

「・・・」

「めいと、ムダだよ」

「サトル様……」

「ママは洋服作り出したら止まらないんだ」

「そうなのですか……」

「うん。前にパパがママのことを、ソーイングモンスターって言ってた」

「お夕飯はどうしましょう?」

「めいとが作って」


 その夜はめいとさんの、純和風な夕飯となりました。


「奥様はあとで召し上がるそうです。お先にどうぞっておっしゃってます」

「ママなんてほっといて、食べよ食べよ」

「懐かしいメニューだな。実家に帰ったみたいだ」

「お口に合うでしょうか……」

「ああ、美味しいよ」

「うふ」

「ぼく、野菜の煮物嫌い」

「・・・」

「あ、でもこの、エビとれんこんのあんかけは美味しい。ぼく好きだよ」

「恐れ入ります……」


 サトルくん、好き嫌いせずお食べなさいな。

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