第19話 海兵隊撤退支援作戦 ~CAS~

『何度も何度もすまない! でも対地兵装を抱えてすぐに飛べるのが君たちだけなんだ! 今CAPしてる無人機は対地兵装を積んでないから、SAMに近づけないんだ!』



 既に滑走路を飛び立ち、俺たちは再び空の住人になっていた。

  先ほどと違うのは、エイルアンジェが抱えている兵装が対地ミサイルになっていることくらいか。



『気にすんな。これが私たちの仕事だ。それで、状況はどうなってる?』

『頼むよ。それで戦況だが、敵地上部隊がアーネストリア平原まで進んできたってことはさっき説明したよね?』

「はい、俺たちが制空権を確保したから敵の航空支援が中止されて、そこで立ち往生してるとも」



 とにかく早く空に上がる必要があったゆえに、細かいブリーフィングは目的地に向かいながら行うことになっていたのだ。

 俺たちはバーナーを吐き出して戦闘区域に向かいつつ、リュートさんからの情報を整理していく。



『そうだ。それに際して、ほとんどの地上部隊はアーネストリア平原後方のマイルテン橋を渡って安全地帯まで退避している。でも海兵隊の連中が撃墜されたパイロット救出のために最前線に取り残されて、敵に囲まれている状況なんだ』

『海兵隊だぁ!? あの脳みそまで筋肉のバカ野郎ども! 引き際を考えろっていつもいつも……!』



 海兵隊という言葉を聞いた途端、シャルロットさんが無線の向こうで激昂しだした。

 ある意味彼女らしいふるまいと言えばそうだけど、でもここまでプッツンするってことは何か過去にあったんだろうか……?



 こういう時は、聞いてしまうのが手っ取り早い。

「あの、リュートさん。海兵隊とシャルロットさんってなにか因縁浅からぬ間柄なんですか?」

『まぁ、一言で言っちゃえばそうだね……。ライバルというかなんというか、ケンカするほど仲がいいというか……』


『仲がいいなんて次言って見ろ! 基地に燃料気化爆弾を叩き落す!』

『ごめんごめん……。とにかく、彼女と海兵隊の因縁はまた近々説明するから、今はとにかく作戦の話を。君たちの任務はこの海兵隊の撤退支援。近接航空支援、所謂CASだね』

 おぉっと、これは本当に逆鱗らしい。これ以上は触れないでおこう。



 さておき、今から俺たちが行うのはCASだ。Close Air Supportを略してCAS。

 航空機による味方地上兵力支援のための航空攻撃のことだ。

 俺はいつも対空戦闘専門だったけど、たまにこういう任務を行うこともあった。



『リョースケ、対地攻撃はやったことあるね? もちろんゲームの中でだ』

「ありますが、対空戦闘より苦手です。なんか弱い者いじめみたいで……」

『ハッハッハ! そりゃあいい! でも気を付けてくれよ? 対空兵器も多数確認されてる。あんまり調子に乗ってると叩き落されるぞ?』

「大丈夫です。油断なんてしません」



 いつでも真剣に飛ばなきゃ、一瞬で撃墜される。

 ゲームでもそうだった。しかもこれはゲームでも何でもない。まごうことなき現実なんだ。なおさら気を引き締めていかないと。



『よし、じゃあ作戦説明に入る。取り残されている海兵隊は、歩兵部隊と機甲部隊の二つだ。コールサインはそれぞれジュリエット・スリーとタンゴ・ナイナー。リョースケ、ファネティックコードはわかるね?』

「アルファとかチャーリーですよね?」

『そうそれ。ジュリエットはJ、タンゴはTだ。広域戦況モニターにはそれぞれJ3とT9って表示されてるからまちがえないように。ちなみに君たちの今作戦でのコードはリマ・エイトだ。L8ね。でも通信では普通にスパロウで通じるよ』



 リュートさんに言われ、コンソールの表示を広域戦況モニターに切り替える。

 この周辺の詳細な状況がリアルタイムで表示されていて、味方の確実な現在位置、それと味方が捉えた敵の位置や自機が捉えた敵の位置をデータリンクしてより正確な敵の現在地を知ったり、味方に攻撃要請を送ったりすることができるスグレモノだ。



 そのモニターに映し出されるアーネストリア平原には、確かにJ3とT9の文字。そしてそれを取り囲むように、赤いダイヤモンドマークがひしめき合っていた。



 これが全部敵ってことか……。



 その周りの状況も確認してみるけど、確かに戦闘可能な航空機は俺たちしかいない。

 他の航空機と言えば少し離れたところに緑の星が表示されていて、傍にはEの文字。



『君たちの近くを飛んでいる緑の星はさっき言ってたAWACSだ。コールサインはホークアイ。何か情報が欲しいときは彼に聞いてくれ。周波数はチャーリーから変わってない』

「了解。地上部隊との交信にはどの周波数チャンネルを?」

『お! パイロットがリョースケもサマになってきたねぇ! J3とT9との交信にはチャンネルエコーを設定しておいた。確認しておいてくれ』

「了解しました」



 リュートさんとの交信はそこで終わり、今度はシャルロットさんについて戦闘空域での身の振り方を話し合う。

『ルーキー、ボクサーとカノープスは使ったことあるか?』

「ボクサーは何度か。カノープスは全部味方の攻撃機に任せてました」

『うん、普通はそうする。エイルアンジェはマルチロール・ファイターだが、純粋な攻撃機じゃないからな』



 コンソールをいじくり、今度は兵装確認画面へ。

 固定武装である四連装三十ミリ対空ビーム機銃サーヴァントと、一番外側の第三ハードポイントに自衛用のエウリュアレー六発が搭載されていることはさっきと変わらない。

 でも真ん中の第二ハードポイント、一番内側の第三ハードポイントにそれぞれ『AGM-86 Boxer』と『GBU-22 Canopus』の表示。



 AGMは対地攻撃ミサイル、GBUは誘導爆弾。

 対地攻撃任務なんだから、これらの対地攻撃兵装が搭載されていて当たり前だ。

 三番ハードポイントにトリプルエジェクターラックをつなぎ、そこに左右合わせて六発のカノープス。

第二ハードポイントにマルチレイルランチャーを繋ぎ、そこに左右合わせて四発のボクサーが搭載されている。十分な数だ。




「ボクサーはエウリュアレーみたいな感覚で使えるので大丈夫だと思いますが、カノープスって確か地上部隊のレーザー誘導を頼りに落とすんですよね?」

『そうだ。スナイパーポッドっていうレーザー誘導装置を搭載した航空機なら自分だけで誘導することが可能だが、生憎そんな高価な装備はうちの飛行隊にはない。お前が言った通り地上部隊からの誘導で落とすことになる。あいつらの言いなりになるのは癪だがな』


「癪って……。まぁ何があったのかはまた今度聞かせてもらうとして、どうしますか? 対空兵装も確認されてるんですよね?」

『対空砲くらい私たちが行く前につぶしとけって話だが、まぁ仕方ねぇか。まずボクサーを地上からのレーザー誘導モードで発射して、AAガンとSAMに対してアウトレンジ攻撃を行う。こっちでもロックできるくらい近づくと、落とされちまうからな。だからまずは、地上部隊と連携して対空砲をつぶす』


「了解しました。そのあと、残った地上兵力をカノープスで吹っ飛ばすわけですね」

『そういうこった。助けに来てやったんだからあいつらにも一仕事してもらわねーとな。おっと、そろそろ作戦空域だ! ルーキー、マスターアームを起こすの忘れるなよ!』

「忘れませんってそんなの! アンジェ! 準備はいいか!?」




 マスターアームを点火し、HUDの表示をA/Gモード、すなわち対地攻撃モードへと切り替える。

 そしていつも通り、相棒に声をかけた。

『問題ありません。なお対地攻撃ではドッグファイトほどの高エネルギー機動を行う必要がないため、エンジン出力をラジエーターに多く回すことを進言します。その方が、対空砲火にさらされた場合でも生存性を高めることが可能です』


「何パーセントくらいラジエーター冷却に回す?」

『地上攻撃に必要な機動を行うために必要なエンジン推力は二十パーセントもあれば十分です。残りの七十パーセントをTT装甲冷却に、残りの十パーセントを武装に回します』


「わかった。でも一応機敏な機動は可能だよな? 撃たれた時すぐ避けれるくらいの推力は欲しいんだが」

『問題ありません。ハイGターンを維持できないだけで、瞬間的な機動性は落ちていません』

「上等!」

エンジン推力が落ち、バーナーが消失する。マッハだった速度も落ちていき、遷音速域まで減速した。


 すぐ俺たちは、アーネストリア平原の外延部に到達。

 暫くの沈黙ののち、心の底から嫌そうな口調で、シャルロットさんが口を開く。



『はぁ……。ジュリエット・スリー及びタンゴ・ナイナー。こちらリマ・エイト、スパロウスコードロン。ブルズアイ南西より接近中。これよりCASを行う。まずは対空砲をレーザー照射せよ』



『っ……! その声、無い胸クソビッチか!?』

と、突然そんな罵詈雑言が無線から帰ってきた。考えるまでもない、海兵隊だろう。




 無線越しだからよくわからないけど、若干高い声だ。女性なのだろうか?

 でもこんなお下品な言葉を使う女性ってなんかやだなぁ……。




『……こちらスパロウワン、どうやら海兵隊は全滅しているようだ。無駄足だったな。これより帰投する』

『ちょっ、ちょっ待てクソ女! どうせならメデュラド連中に痛いの喰らわせてから帰れって! な!? それからでも遅くねぇだろ!?』

『クソ女?』

『すすすいませんシャルロット様! 助けてください! マジでやばいんですお願い! っていうか助けろビッチめ!』

『ビッチだぁ!?』

『すいません嘘です! あなたは聖女様です! 女神さまです! ビッチなんてとんでもない! 処女ですし!』

『おいてめぇそれ以上余計な事言ったら脳天にカノープス叩き落すからな』



「……なぁアンジェ、いっつもこんな感じなのか?」

『海兵隊チームアルファの部隊長、シルヴィア・フランポート中佐と我が隊の隊長は、まさに犬猿の仲と言っても過言ではないと思われます』

「そうなの……」



 この現状に似つかないほどコミカルも良いところだったが、突然コックピット内に響き渡ったアラームで現実に引き戻される。

『二時方向からマッドスパイク! マッドスパイク! 一度距離を取るぞ!』

「りょ、了解!」


 マッドスパイクとは、俺の世界では地対空ミサイル、すなわちSAMのレーダーに捉われたということを意味する。

 でもこの世界にレーダーは無いから、SAMの射撃管制センサー類にキャッチされたという事を味方に知らせる符丁だ。このままちんたら飛んでると対空ミサイルが大挙して押し寄せることになる。


『あぁもうこの話はあとだ! 攻撃するためにまず対空兵装を片づける! ボクサーを飛ばすから対空兵器にレーザー誘導しろ! 安全が確保出来次第カノープスで片っ端から吹っ飛ばす!』

『あいよ女神様! 野郎ども! 天使のお出ましだ! 花道を作るぞ!』



 そして無線の向こうから、シルヴィアさんの声とそれに続いてむさくるしい男どもの雄たけびと激しい銃声。

 俺は地上攻撃を開始するため、機首を大きく下に傾けた。




二十話に続く。

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