第6話 デンタルミラーさま

 奥歯が、痛いです。

 頬が腫れて疼いています。

 そして僕は神様と話ができますが

 今は痛くて、誰とも話せません。


「ほら、あれだけ私が歯をしっかり磨きなさいって・・・」

「わかった、わかったって。じゃ行ってきます」


 母さんの小言から逃げるように歯医者に向かう。行く先は小学校からお世話になっている歯医者。


 とはいえ、4年ぶりくらいかなぁ。

 受付のおねえさんに症状を訴えて、待合席で頬を押さえながら俯く。


 とにかく気を紛らわせたい。


 こんな時に誰か付喪神話しかけてくれると気分転換になるのに、ここには全くいないし、雑誌も女性週刊誌か、虫歯の絵本みたいなのばかりで僕には興味がない。


「痛いなあ、何が原因なんだ」

 独り言を言って誤魔化すことにした。


 スマホで虫歯の原因を調べると、色々あるようで、


 歯の磨き方や


「あ、そういや磨き忘れてたな」


 おやつなど間食・・・


「最近ラングドシャにハマってるな」


 唾液の量・・・


「父さんが我が家の家系は唾液が少ない方かもって言ってたっけ」


 だいたいそんなところか。


「はぁ〜〜、なるべくしてなったのかあ」


 僕は悲しい結論を導き出した。だって面倒なんだと


神無木葵かんなぎあおいさま〜3番にどうぞ〜」


 歯科衛生士さんが呼びにきた。3番と書かれた間仕切りのある席に行くと、あの座りたくない椅子が存在感満載で鎮座している。


「先生、ちょっと前の患者さんに時間かかってて。座ってお待ちくださいね〜」


 そう言われて素直に座る僕。そりゃここまできて嫌だから逃げるとか、そんな歳でもないし、この痛みを早くなんとかしたい。

 しかしまあ、先生が来るまでは何も出来ないわけだから、と周りのポスターや、外の景色を眺めていた。


『お久しぶりですね』


 そんな声がすぐ近くで聞こえる。


「え?あ、はい。おひさしぶり・・・です?」


 やっと聞こえた話し相手ひまつぶし。いつもより積極的に探そうとする僕。


『あ、ここです。目の前の、色々と道具が並んでますから、えっと、いちばん左端にいます。先に丸い鏡のついた、デンタルミラーです』


 椅子に据付の可動式トレーのようなものに並んでるあまり見たくない尖った道具の一番左端に、その丸みを帯びた神様はいた。

 これ、デンタルミラーって言うんだ。


「僕を知ってるんですか?」

『ええ、小学校と中学校の検診にも行ってましたから。すごく話しかけやすそうな雰囲気の子だったから、覚えているんです。やっぱり話せたんですね〜』

「僕も話せるようになったのは高校からなんで。すいません、無視してた訳ではないんですよ」

『いえ、いいんです。話せる人自体、今の世の中ではとても少ないって、患者さんのお仲間付喪神に聞いたことがあるので。昔はもっといたって聞いてだけど、本当に君以外には、会えていませんね〜』

「あ、やっぱりそうなんですね。父さんや母さんもそういう人じゃないっぽいんで、相談する相手がいないのが困りますね」


 そんな他愛もない会話をしていると、先生がやってきて、僕の隣に座った。


「いやいや待たせたね、じゃ口を開いて〜」

『はい、それじゃ、私も失礼ます』


 口の中に入るのに礼儀正しいですね、デンタルミラー様。


「あー、右下の奥かな、あ〜、ん〜」


 先生がなにか言いにくそうだ。


『あー、これ相当ひどいですよ。貴方が若いから抜きたくないけど、抜くギリギリ手前ってとこですね。ちょっと削って見て判断しないと。どっちにしても神経抜くから、これから麻酔打ちますよ。痛み止め出ると思いますけど、今晩は軽くは疼きつづけるかなあ〜』


 身もふたもないですね。


「んー、ちょっと麻酔打ちますね。相当ひどいんで、今日は最低限のことやって、痛み止め出します〜」


 僕の先生は人間の方なのに、話すことの二番煎じ感が半端ないです。そしで説明が少ない。デンタルミラー様の方が頼りになる感じがなんだか残念です。

 麻酔が打たれるとき、デンタルミラー様は僕の口から離れた。


『麻酔なんて久しぶりなんでしょ。顔見ればわかるから。チクッでいうより、ブスッて痛みだから、我慢してね。あ、あとここの先生は念のためとか言って、いろんな場所に何回か刺すから、初めはかなり痛いと思うよ〜』


 ああ、長々と嫌な説明ありがとうございます。デンタルミラー様。でも知らない幸せってあると思うんです、僕。


「それじゃ打ちますね〜、チクッとしますんで、ちょっとだけ我慢してくださいね〜」


 ブスッ。


 痛い。

 歯茎という、字のごとく硬めの植物の茎に針を刺すような抵抗感、それを受けている側の感触。

 針の痛み、流れる麻酔薬が締め付けるようなさらなる痛みを広げていく。

 早く終わって。


「はい、もうちょっと我慢してくださいね〜」

『あと2回かな。そろそろ麻酔も聞いてるから、もうそれほど痛くないかな?』


 ブスッ。

 ブスッ。


 さすがずっと使われているだけあって、外しませんね。


『あ、この先生、いつも思うけど、最後の一回は余計だと思うな』


 そこは外して欲しかったです。


「はい、んじゃ五分ほど麻酔が効くまで待っててね〜」

「はい」


 そういうと先生は立ち上がり、他の患者さんの所に向かっていった。


『どう?私も捨てたもんじゃないでしょ?』

「デンタルミラー様。できれば先生より細かく教えるのやめて下さい」

『うふふふ。いや〜だってこんな機会なかなかないから〜。私も張り切っちゃってね〜』


 デンタルミラー様はなんだか嬉しそうだった。

 少しお姉さんのおっとりした歯科衛生士というイメージを湧かせる神様だ。


「何回か、通うんですよね、だったらこれが最後じゃないですから、また会えますよ」

『あ、そうだね・・・うん、そうね、まだまだお話できそうだし、嬉しいわ〜』


 ん?


「まだまだ、って?」

『あ、やっぱり気づいてない?虫歯、そこだけじゃなくて、あと3ヶ所あるから。最低でも半年はかかっちゃうんじゃないかな〜』


 えっ。


『多分、今日から歯磨き頑張ろう、とか思ってたでしょ〜?そんな軽い気持ちじゃダメよ〜。しっかりやりなさいね〜』

「ええは・・・わ、わかりました。デンタルミラー様、しばらくご厄介になります」


 そこまで話していると先生が戻ってきた。


「そろそろ効いてると思うんで、始めますね〜、それとちょっとこれ終わったら時間もらえるかな?」

『はい、じゃ、あのウイーン!!ってやつ、始まるからね〜痛くない。痛くないよ〜。その次の話ってのは、他の虫歯の話ね!』


痛くないなんて嘘だった。

そしてその後、どれだけ通う必要があるのか、こんこんと話を聞きました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る