第16話『妖精は舞う』


 この間隔である。相当の後方乱気流が発生しているだろう。

 しかし一切、その起動を損なうことも乱すことなく、悠然と飛行している。凄腕どころの話ではない、人類が束になっても勝てないことを、飛行技術のみで体現していたのだ。


 墓守人は急いで機体をロールさせ、機首を地面へと向ける。そして頭上に張り付いていた敵機との距離を離す。



 コフィンホーネットに寄り添っていた機体は、逃げる墓守人に追随することなく、そのまま上昇していった。



「なんだあの機体は? なぜ攻撃してこない」



 墓守人は後方センサーで、翡翠の侵略者の追ってこないかを確認する。


距離が離れたことにより、機影はみるみる小さくなっていく。その機体は僚機らしき機体と2機と合流すると、そのまま空域を離脱していった。



「海へ向かう気か? だがあの方角には、企業の人工島と大艦隊が展開している。突破できるはずが――」



 墓守人の無線に、聞き慣れた声が届く――ジェイクだ。



『ジャミングが消失した? こちらジャンクヤード所属機Su-37 ジェイクだ。コールサインはヴォルフ013。おい! まだ生き残っている奴はいるか! 応答しろ!!』



 墓守人は名乗るのも忘れ、急いでその無線に出る。



「ジェイク?! お前、どうしてここに!!」


『その声は墓守人?! 生きていたのか!』


「さすがに今回ばかりは駄目かと思ったが、死に神の名簿に、俺の名前がなかったらしい。ご覧の通り生きてるよ」


『あの世の行政もぶっ弛んでるな。でも助かった。さっそくだが墓守人、手伝ってほしい』


「どうした?」


『――クッ?! 敵に追われている! 数は三! ミサイル撃つ隙すらねぇんだ!』


「そういうのは早く言え!! 今行くから待ってろ!」



 墓守人は急いでジェイクの姿を探す。レーダーレンジ内の一群に、敵に囲まれている味方機の機影が映る。十中八九、これがジェイク機だろう。なにせ他にめぼしい味方機はいない。もう一つ敵味方識別装置I F Fに反応があるが、すでに戦闘空域を離脱しようとしている。



 墓守人はこの時点で、ピンクエッジ・シューティングスターズが壊滅したことを知った。



 彼らが本拠地を手放すはずがない。


 見ると、この都市の象徴である巨塔にも、翡翠の侵略者が放ったミサイルが着弾し、火の手と爆発が上がっている。


 増援が上る前に、率先して叩き潰されたのだろう。リニアカタパルトが装備された発進用滑走路も、黒の廃墟と化し、煙が上がっている。


 この状態だ。都市を護るべき防空機能も、すでに停止している。


 SAMの脅威がないのをいいことに、敵が我が物顔で飛行しているのだ。制空権は翡翠の侵略者が握りつつあった。


 墓守人は機首先をジェイクへと定める。



「待ってろジェイク! 今援護に向かう!」



 墓守人のコフィンホーネットが、アフターバーナーをオンにし、ジェイク機の元へ加速した。高度18798から一気に970への降下を開始しようとした――その時である。



――パイロットの背筋を凍らす、不穏な警告音が響いたのだ。



 ピピピピピピ!! ピ―――――ッ!!!



 敵からの攻撃。

 墓守人を射抜くために、結晶の矢を放ったのだ。結晶の矢は推進剤で加速すると、降下中のコフィンホーネットへと迫る。



「くそっ!」



 墓守人は降下を一旦止め、回避行動に移る。


 機体に迫るミサイルを撹乱させるため、旋回しながらチャフをバラ撒く。墓守人の咄嗟の機転が、自らの命を救った。ミサイルはシーカーという目を潰され、標的を見失ってしまう。


 墓守人の狙い通り、ミサイルは機体をかすめてオーバーシュートする。


 コフィンホーネットは機体を立て直す。そして墓守人はあらゆるセンサーを駆使し、矢を放った狩人の姿を探した。



「どこだ?! どこから撃ってきた!」



 レーダーに反応がない。いや、正確には撃たれる直前に、微かに反応があった。しかし今は消えている。まるで最初からいなかったかのように。



 だがそんなはずはない。

 敵が制空権を掌握している以上、味方機によって撃墜された可能性は除外できる。



 残る可能性は2つ。

 レーダーの故障か、ステルス戦闘機だ。



 可能性の高いのは、明らかに後者――ステルス機の可能性だろう。現に今も敵にロックオンされ、警告アラートが鳴り響いているのだから――。



「企業ご自慢のレーダーでも、敵の機影を捉えられないとなると……やはり新型か。さっき俺に張り付いていた、あの見慣れないヤツを加えれば、2機目の新型機。この戦場、いったいどうなってるんだ?」



 独り身が長いと独り言も多くなる。

 墓守人はそう呟きつつ、機体を旋回させ敵機の後ろに回り込もうと機体を傾けた。敵の姿は見えないが、おおよその場所と見当はついたからだ。



『墓守人まだか!』


「すまん! こっちにも新手が来やがった!!」


『なに?! 大丈夫なのか!』


「気をつけろジェイク! レーダーに映らない新型機が――」





 ガシュン!! キュゥウウゥ……――――ン……





 まるで力が抜けていくような、不穏な音が響く。

 それは着弾による衝撃音ではない。後部エンジン方面からの振動だった。続けてコンソール画面に、赤い警告表示と電子音が鳴り響く。


『どうした墓守人! 被弾したのか!』


「いや違う! 機体の様子が……なにかおかしい!」


 コンソールには、AICS――エアインテーク制御システムに異常が発生したと報せている。


「AICSに異常?! おい嘘だろ! エンジンが死にやがった!!」


『なにぃ?!!』


 推進力を喪失したコフィンホーネットが失速する。そして文字通り本物の空飛ぶ棺桶と化し、地面への降下を開始した。


 グレイヴ式コックピットに、脱出機能はない。エンジン出力を上げて揚力を回復できない限り、助かる道はなかった。


 しかも対処しなければならない問題は、これだけではない。


 ここは戦闘空域のど真ん中。彼の命を狙う翡翠の侵略者が、再びミサイルという矛を向けようとしている。

 敵が爪を研いでいる最中に、エンジンを蘇生させなければならなかった。



 地面にキスするのが先か。

 敵に射抜かれるのが先か。


 それは時間との戦いでもあった。



 そんな墓守人に向けて、ジェイクは無線越しに叫ぶ。




『墓守人! その高度なら、まだチャンスはある! 諦めるな!!』




 今までにない、ジェイクの力強い声援。墓守人はそれに応えるべく、パイロットとしての知識を総動員し、この危機的状況を打開しようとする。


 脳内で中枢コンピュータにアクセスし、AICSの項目を呼び出す。



「なんでこうなった! 今まで問題なく動いてだろうが!!」



 AICS項目を展開した途端、音声データが自動で再生された。



『よう老いぼれパイロットちゃ~ん。へへへっ、俺達のサプライズ、ビックリしたか?』



 聞き覚えのある少年の声。

――忘れもない。ピンクエッジ・シューティングスターズのリーダー。ヤツの声だった。しかも後ろからは、耳障りな嗤い声が届いている。おそらく仲間達も同席しているのだろう。


 そしてリーダーは自慢げに語った。



『実は好き勝手できないよう。この機体にちょっとした細工を施しておいた。ラダーやエルロンの動作回数、機体各所に設置されているセンサー、そしてエンジン出力ゲージもろもろが、ある一定の条件に達すると……ドカン! この時限爆弾が発動するって寸法よ。ヒャハハハッ!』



「くそガキどもが! 最後の最後でこれか!!」



 ただならぬ墓守人の怒りに、ジェイクは何事かと驚く。



『墓守人どうした!』


「原因が分かった、あのガキどもの仕業だ! AICSのプログラムに、なにか細工してやがった!」



 少年達の音声は尚も続く。

 まるで窮地に陥った墓守人を、嘲笑うかのように。



『まぁこの音声を聞く前に、み~んな、俺らに墜とされてるんだけどさぁ。つまりこれを聞いているあんたが、生存時間、最高記録保持者ってことになるわけ。ウェエェイ! おめでとう! 拍手してやるよ! パチパチパチ~ッ☆』



 人をこれでもかとバカにし、神経を思う存分逆撫でする音声データ。それに重なるように、ある無線が入り込む。



『モニカ聞こえるか! 誰でもいい! 頼む助けてくれ!』



 これぞ、皮肉以外のなにものでもないだろう。音声データを録音した張本人。ピンクエッジ・シューティングスターズのリーダーが、無線で助けを求めてきたのだ。



『戦闘空域離脱の支援を! 嫌だ、死にたくない! 狙われているんだ、助けて!!』



 その声にかつての威勢はない。プライドも誇りも投げ捨てた、一人の少年として助けを乞うていた。


 墓守人は怒鳴りたい私情を抑え、なだめるような口調で問う。



「こちらオーサー オブ イーヴル。聞こえるか? 若造――」


『ひぃ! ご、ごめんなさい!』


「その件は後だ。実は今、トラブルに襲われている。お前がAICSに仕込んだ、あの時限爆弾が作動したところだ。それを解除できないと、そっちの救援に迎えないばかりか、二人仲良くあの世逝きだ。死にたくないか? なら、まず俺を救ってくれ」


『畜生……なんでこんな時に作動しちまうんだよ! なんで!』


「それはこっちのセリフだ。どうやったら解除できる?」


『それは外部からでしか解除できない! グレイヴ式コックピット同士が一定の距離まで近づいて、こっちから解除コードを打ち込むんだ!』


「内部から解除コードを打ち込むのは?」


『その操作を受け付けないように、俺が設定したんだ! バックドアもない! だって絶対に生かして返すわけにはいかなかったんだ! だから内部からの解除アクセスは、全面的にできないようにしてあるんだよ!』


「念入りなのも問題だな。俺は高度7352で尚も下降中だ。ここまで上がって来られるか?」


『無理だよ! こっちは敵に追われているだ! 今、最後のチャフを使っちまった! もうフレアの残りも少ない! は、早く救援を! またミサイルを撃たれる! その前に助けてくれ!』



 それが少年との、最後の通信となった。



 無線越しにでも聞こえる金属の崩壊音。それに続き、少年の断末魔が木霊する。


 そしてコフィンホーネットのレーダーから、また一つ、味方機の機影が消えた。


 墓守人を救う唯一の手段。その方法を知るリーダー機は、翡翠の侵略者によって撃墜されたのだった。



 無線の声に掻き消され、その背後で再生されていた音声ファイルが流れる。無線が途絶えたことにより、再生されている音声が鮮明化したのだ。


 音声ファイルは終盤へと差し掛かっていた。搭乗者に向け、別れの言葉を告げている。勝者としての余裕を振りかざしながら……。




『それじゃあ、ライブ成功を祝して、乾杯☆ おいそこに座っているクソ老害! おとなしく未来ある若者のために、そこで死んどけや! ヒャハハハ! ハハハハハッ!!』




 墓守人は我慢の限界を越え、死人に向けて怒鳴り散らした。


「馬鹿野郎! 死ぬなら一人で死ね! 墓穴に俺まで巻き込みやがって! 墓守人が墓穴に落ちて死ぬなんてなぁ、笑えねぇんだよ!」 



 彼の憤りもごもっともだ。仲間が助けを求めているのに、あの少年たちのせいで駆けつけられないばかりか、自分自身の命すら危ういのだ。


 墓守人は降下する機体を制御しながら、敵機からの機銃掃射を躱す。


 そして今、一番聞きたくない終焉のプレリュードが、コックピットに鳴り響く――ミサイルアラートだ。


 機動力を喪失したコフィンホーネットは、まさに格好の的。もはや墓守人は絶体絶命だった。一発のミサイルですら脅威なのに、それが四発同時発射されたのだ。



 リリースされた四発のミサイルは加速し、音速を越える速度でコフィンホーネットへ迫る。



 墓守人は、後方から迫りくる脅威を目にしながら、エンジンをなんとか回復させようとする。無理は承知の上。それでもただ黙って死を待つことはできない。例えどれだけ『惨め』と言われようが、生を諦め、足掻くのを止めた時、死は等しく平等に訪れるのだ。




「クソぉ!! エンジンさえ! エンジンさえどうにかなれば!!」




 コフィンホーネットとミサイルの射線上を、なにかが横切る。



 それはただ、射線を通り過ぎたわけではない。その射線上に置き土産を残したのだ。



 置き土産がミサイルの進路を塞ぐ。それはF-4ファントム用の増槽――ドロップタンクだった。



 ミサイルは増槽に着弾し、中の航空燃料に引火――爆発を引き起こす。後続のミサイルも爆炎に巻き込まれ、空を焔色に染め上げる。



 後方で咲き乱れた炎の華。墓守人は何事かと、その爆炎に目を奪われる。




「なんだ?! 増援?」




 墓守人の命を救ったのは、たった一機の鳥だった。



 コフィンホーネットの横を、その戦闘機が追い越す。そしてシャンデルマニューバで敵にヘッドオンすると、報復の矢を放っていった。



 亡霊の名を冠し、グレイヴ化された異形の鳥――、その名はF-4グレイヴファントム。妖精のエンブレムを背負った、どこにも所属していない戦闘機だった。



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