第5話 ふたつの星


 めずらしく、ガム爺が話しかけてきた。



 「お前さんの副官、何か悩みがあるんじゃないか?」



 「副官?…メイ少将ですか?」



 「ワシは長年、軍人として生きてきたが、あの者の目は、まるで

 …死に場所を求めている兵士…そんな風に感じるときがあるんじゃ…」


 思いあたる節はある…が、それには、確認しなければならない事がある。


 指令室に入ると副官と元副官がそろってお出迎えだ。さっそくコーヒー

を出された。



 「さて、このコーヒーはどちらが入れたものでしょう?」


 なんだ?この意地悪な質問は?…こいつら随分と仲良さそうじゃねーか?


 オレはコーヒーを飲んだ…ブッ…不味い…この二人、いずれ劣らぬ

コーヒーをドロ水に変える達人である。


 オレは黙って、つむぎを指差した…無能な美女と有能な美女…この場合、

有能な美女は、プライドを傷付けてしまうおそれがあるので、選んでは

イケナイ。



 「どーして、わかったんですかー?」



 「そりゃ、長い付き合いだからな」


 ホントは、全くわからなかったが、テキトーなコトを言って誤魔化した。

さてと…本題に入るか…



 「つむぎさん…今日これからデートしませんか…」



 「デート!?…○×□※△」


 つむぎは混乱した、赤面した、よろめいた…どうやら致命傷のようだ。



 「そんなワケだから、しばらくの間、メイ少将は指令室をたのむ…デート

 なんだから…のぞくなよ…」


 オレは半ば強引に腕を組んで、つむぎを連れ出した。そして薄暗い部屋に

連れ込んだ…おや?…この表現は誤解を与えてしまうな…



 「ここは、短艇格納庫ですか?」


 部屋の隅にひっそりと置かれている連絡艇…メイ少将が、第2ステーション

事件の折に使用していたものである。マスターキーでロックを解除して中に

入る…



 「いいんですか?…大佐…バレたら怒られますよ」


 パッと見た感じ…特に怪しいところは無い…次は床下を探す…



 「…あった…」


 そこには見慣れない形状の端末が置かれていた。しかし、これだけで判断を

下すのは早計だ。



 「人選を誤った…科学局のかえでさんをデートに誘うべきだった…」



 「なんなんですかっ!?もうー!」


 つむぎさん、お怒りモードですか…どうも意味がわかっていないようだ。

とりあえず、オレが、長年の雑用で鍛えたこの腕で調べてみるか…端末を

いじってみた…これは!…どうやら、見つけてしまった。



 突然!警報が鳴り響いた…非常事態発生!…非常事態発生!……



 オレとつむぎは、指令室に駆け込んだ!…メイ少将の姿は……ない。



 「第3ステーションが移動しています…」



 「どうして?…パスワードを入力しないと、誰も中に入れないのに…」



 「つむぎさん…もしかして…そのパスワード、メイちゃんに教えた?」



 「ええ…第3ステーションを見学したいからって…こっそり…」


 なるほど、二人の仲が良いわけだ…パスワードを聞き出す為に、ワザと

近付いたのか…


 第3ステーションは地球から遠ざかる…オレは即時出撃が可能な4個艦隊

に追跡を命じた。


 …しかし…もし、あれが本気を出したら返り討ちだ…



 「第3ステーションの進行方向に敵艦隊を発見!」


 さらに嫌な知らせだった。追跡はあきらめるしかない…艦隊に撤収命令

を出した。


 隕石群の最後、第3波の襲来には、まだ相当に時間がある…自分の勘を

信じるなら、それまでは待たない…きっと早々に仕掛けてくる。



 オレは全軍に臨戦態勢を敷き、そのときを待った…



 「敵艦隊および第3ステーション補足!距離1万5千km」


 第3ステーションには高度なステルス機能がある、前回援軍で現れたときも

突然で、びっくりさせられた…しかし、護衛はたった2個艦隊か…あまり信用

されていないのか?



 「通信を、全チャンネルで呼びかけてみて…」



 「応答ありません…通信を拒絶しています」



 「第3ステーションの進路予想を計算して…」



 「地球大気圏への突入を目指すようです」


 さて、まずは艦隊を前に出すか…でも、勝てるかなー…?


距離1万kmで敵艦隊が赤色光線を撃ち始めた。…しかし、この距離なら、

第3ステーションの大出力レーザーも届く筈なんだが…



 「つむぎさん、第3ステーションには、他にパスワードとか無いの?」



 「武装のロックを解除するパスワードがありますけど…」



 「それ…教えたの?」



 「すみません!ごめなさい!教えちゃいました!!」



 「いや!でかした!」


 攻撃できるのに…して来ない…それは、ガム爺が言ったように「死に場所を

求めている」…彼女は地球人に倒される事を望んでいる…


 オレはガム爺に通信を送った。



 「第3ステーションは、少なくとも本気では攻撃してこない。まず、敵艦隊を

 退けて…それからステーションの推進器を破壊し、動きを止めるように…あと、

 オレとつむぎはここを離れるので、艦隊の指揮をよろしく!」


 オレはつむぎの手を引いて指令室を出た。行き先はもちろん短艇格納庫!


 連絡艇に乗り込むとすぐに、例の端末を起動した。この中には敵との通信記録

が残されていた。第3ステーションでも敵と連絡を取っているハズ…だとしたら、

ここから彼女に通信が可能かも…



 「あーもしもし…オレだけど…メイ少将、聴いてますかー?…少し

 お話しようか?」


 「大佐…いえ司令…では、私の話を聞いてもらえませんか…」



 「私の両親は考古学者で、30億年も前の地層から偶然、奇妙なプレートを

 発見したのです。…調査の結果、両親は、これを宇宙人の残したメッセージ

 プレートとして発表しました。…でも誰も耳を貸そうとしませんでした。」



 「研究費を絶たれ、苦しい状況の中でも、二人は最期までプレートの謎を解

 こうとしました…私は、両親が事故で死んだ後、二人の研究を引き継ぎ、

 ついにプレートの解読に成功しました」



 「でも、そこに科学者としての充実感は無く、私たちを無視し続けた社会への

 憎しみだけが残りました」



 「私は宇宙軍に入り、密かにアセラ人と交信し、人類に復讐する機会を狙って

 いました…」


 それが、第2ステーション事件か…



 「でも、君は自分の罪に気付いたんだろう…あの日、第2ステーションで2万

 人の死体を見て…それで、地球への落下を止めようと、メインコンピューター

 へ向かった…そして閉じ込められたんだ」



 「死んだ母さんが言ってたよ…「人は変われる」…って、移民計画の前、

 人類は、宗教、民族、人種、国家の覇権…あらゆる理由で殺し合っていた

 …でも、地球そのものの危機で、人類はひとつになれたんだ」



 「君は変われたんだ…罪は消えない…でも、今は君に死んでほしくない!」


 オレは、話しかけながら、彼女が理解してくれることを祈っっていた。



 「…どうやら、推進器が全部破壊されたようです…司令…お別れです…」


 カチっと音がした。…ジバクモード…ニ…ハイリマシタ…トウジョウイン…

ハ…タダチニ…タイキョ…シテクダサイ…



 「大佐!この連絡艇を出してください!脱出ゲートのある所まで迎えに

 行かなきゃ!」


 

 「そうだけど…危ないぞ…」


 つむぎは、いつになく真剣な表情だ…わかった!行こう!


 連絡艇は第3ステーションの搭乗員脱出ゲートに取り付いた…しかしゲートは

内側からロックされている。



 「司令…危険です。あなた達は逃げてください!」


 連絡艇の接近に気付いたらしく、メイの方から通信して来た。



 「なあ…オレも心中とかは趣味じゃないんだ…一緒に逃げよう…」



 「それは…できません…」



 「えーい!くそ!…オレじゃ駄目だ!…つむぎ!変わってくれ!!」


 つむぎは一瞬、キョトンとしたが、覚悟を決めたらしく、通信機に向かった。



 「メイ少将…つむぎです…わかりますか?…これから大切なことを言うので

 よく聴いてください…」



 「私は、地球人の敵であるアセラ人です」



 「私の父は、地球に潜入していたスパイでした…そのころは、まだアセラ星を

 爆破する計画は無く、衝突によって母星を失う二つの人類が、平和に共存して

 いく為に、まず底辺レベルでお互いの親睦を深め合おうと、地球に派遣され

 たのです」


 

 「父は、ここにいる大佐の父親と友人になり、目的を果たして星に帰りました…

 しかし、人間の命から得られる莫大なエネルギーの存在が知れると、冷凍睡眠

 状態にあった多くの同胞の命を奪い、星を爆破して、その破片で地球人を滅ぼし、

 地球を我が物とする計画に変わってしまいました…私は星が壊れる寸前に地球

 へ脱出しました…父は「親友の大杉大五郎を頼れ」と言い残し、星と運命を共に

 しました…」



 「第3ステーションの搭乗員に選ばれたとき、最初は「私は試されている」

 のかと思いました…でも今は、「私を信じてくれた」からだと思っています

 …だから、あなたも私を信じてください…」



 「これから、非常に重要な話をしますので、大佐は向こうへ行ってください」



 「えっ!?…ちょっと!」


 つむぎは強引にオレを後方のデッキに押し出した…二人の話し声は聴こえない

…気になる…時間も無いのに…一体何を話しているんだ…


 …そして、自分が宇宙人だという告白以上に重要な話題って何????


 ゲートが開いた…メイ少将は、泣きながら笑っていた…いや、笑いながら泣いて

いた…と…とにかく脱出だ!!

 

 最後にどんな、やり取りがあったのか?…やはり気になる…しかし、二人は

笑って答えてくれない…オレの悪口でも言ってたのか?



 第3ステーションが崩壊を始めた…しかし、自爆ってワリには規模が小さいな

…かろうじて原形をとどめている…オレは、つむぎに聞いてみた…



 「第3ステーションには2種類の自爆モードがあるのです。地球激突を防ぐ

 完全自爆モードと、ハッキングよる乗っ取りを防ぐ限定自爆モードです。

 どうやら…限定モードの方で自爆したようですね」



 「つむぎさん…それは、どのように切り替えるので?」



 「連合宇宙軍総監が選択スイッチを持っていますけど…」


 くそっ!あのジジイかあああ!!!…今頃、地上でオレのこと笑ってやがるに

違いない!今度、会ったら頭に油性マジックで、でっかくハゲって書いてやる!



 結局、メイ少将は、親父が身柄を引き取った…悪いようにはしないと言っていた

…その言葉に免じて、油性マジックは勘弁してやる…だが、なんか釈然としない、

まるで、親父の手のひらの上で、踊らされているような気さえする…


 いっそ、親父の正体こそが、ラスボスなんじゃねーの?…ブツブツブツブツ…



 「大佐は、いつから私の正体に気付いていたんですか?」



 「7年前…ほとんど最初からだな…だって、あそこまで、一般常識が無い地球人

 なんて、いないからなー」


 つむぎさん…ポカンとしていらっしゃる……そして…



 「大佐、コーヒー十杯ですね、今すぐ入れてまいります…」


 …すぐそこに、真のラスボスがいたわ…誰か助けて…

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