ある大災害より十年後の記念式典

「昨日の夜、東京都にある日本武道館で被災者を追悼する式典が行われ、天皇皇后両陛下を始めとする多くの人々が参列しました。会場から中継が繋がっています。佐々木さん?」

「はい、佐々木です。私はいま日本武道館の前に来ています。被災から十年の節目となる昨日、ここでは被災を記念する式典が開かれました。式典は午後九時に始まり、聖火台に聖火が灯された時間である午後九時半に黙祷が捧げられました。式典の参加者は武道館周辺に集まった人々を含めれば十万人ともいわれており、十年経った今でも災害が人々の心に刻まれ続けていることを印象づけました。式典には天皇陛下も参列され、献花台に花を供えられたあとお言葉を述べられました。天皇陛下はお言葉の中で災害で故郷を追われ未だ仮設住宅で暮らしている人々に触れられ、一日も早く安定した暮らしが出来るように祈っているとおっしゃられました。

 また式典では被災者遺族を代表し、災害で息子一家を失った中町重太郎さんが遺影を手にスピーチをしました。スピーチの中で中町さんは『息子たちが死んだ日のことが今も昨日のことのように思い出される。その日のことを思うとあの犠牲を防ぐことが出来なかったのかと何度も考えてしまう。被災地には今も大勢仮設住宅で暮らしている人がおり、その苦しみを思うと胸が張り裂けそうだ。政府は一刻も早く責任を認め被災者を救済してほしい』と語りました。

 式典には現職の東京都知事も出席し追悼の意を述べました。都知事は式典で『当時の行政の誤りを正し都民の暮らしをより良くしていくという有権者の皆さんにした誓いを果たせるよう邁進していく』と述べ、今までの実績をアピールしました。

 災害による死者は二七六一名、今もなお行方不明となっている人は三八八名に上り式典会場周辺では行方不明者の家族が捜索の続行を訴えました。また災害とは直接関係しないものの、関連する被害で亡くなった災害関連死者は八七三名に上ると推定されていますが保障から除外されている実態があり問題となっています。

 式典の行われた昨日、日中には被災にかかわる政府の責任を問う抗議デモが各地で相次ぎ、東京で行われたデモの参加者は主催者発表で七万人となりました。デモは国会議事堂前で追悼式典への欠席が報じられていた首相を批判するシュプレヒコールから始まり、震災関連死者への政府保障除外は違法ではないと判決した最高裁判所を経由したのち東京都庁へと向かいました。都庁前では同じく式典への欠席を報じられていた当時の都知事を批判するコールが響き渡り、同じ時刻に都庁前でデモをしていた別の市民団体と衝突するなど一時騒然とする場面もありました。警察発表によりますと昨日、全国でデモに関連して逮捕された人は三十一人いたということです。また神奈川県では警察と衝突した市民団体の三十代の男性が腕の骨を折るなどの怪我を負い、病院で手当てを受けています。

 被災とそれに関連するデモに対して、官房長官は今日の定例会見で『当時の政府の対応には不十分な面もありながら、その時に出来る最大限のことをしたという認識は今も変わっていない。政府の対応に不備があったという批判は当たらない』と述べました。また首相が式典を欠席することについては『中南米歴訪とスケジュールが重なり叶わなくなった。もっと早く開催を知っていれば当然式典を優先した』と従来の説明を繰り返しました。

 式典に対する政府の対応については野党から批判が上がっており、共産党のある議員は記者に対し『被災から十年という節目に式典を行うのは当然で言われなくてもわかるはずだ。官房長官の説明は説明になっておらず、被災者を軽視する姿勢だ』と怒りをあらわにしました。

 被災者の多くは十年経った今も仮設住宅での生活を余儀なくされ、被災地である新宿区と渋谷区には未だに被害の爪痕が大きく残っています。遅れる復興をどのように主導していくか、政府の手腕が問われる一年になりそうです。


 以上、東京オリンピック十周年記念式典の会場から中継でした」

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