第10話 暗闇の底

 時折吹く風が心地よく、僕の顔に当たっていく。


「ここは――」


 声も響かない暗闇の底で、独り立っている。僕は、どうしたのだろう。

 まだ目覚めぬあの子を思って、このような世界を作ってしまったのだろう。

 だとしたら、ここは鏡の世界か。あの子の心と僕の心を繋げる、ただ一つの世界。


「ねぇ、紺。私、思ったのよ」

「…何を?」

「藍は、私のこと好きじゃなかったのかしらって」

「いやいやいやいやいや~それはない!」

「え?」

「うん! ない!」

「そ、そう? 本当に、そう思うのね?」

「うん!」

 とても自慢げに話すところ、変わっていない。あぁ、楽しかったな。あの頃に戻れたらいいのに。あの子が、目覚めてくれたらいいのに。

 ふとした時に、あの子と目が合うけれど、それはたぶん気のせいで。

 たまたまあの子が見た場所がここだっただけで。

 僕を見たわけではなく、気づいたわけでもない。


 時折、そっとよこぎる風が、また僕を独りにさせる。あの子の姿を吹き飛ばしてしまうから。僕は、最初、夢だと思っていた。

 でも、寝て起きても、僕のいる場所は変わらなかった。

 真っ黒な、寒い場所。地獄の底でもなく、天国へと続く道があるわけでもなく、ただ、鏡がある世界。


 あの子の笑う姿が見える。僕がいなくても、笑う君が。


 なんて、哀しいんだ。悲しいと涙も出てこないんだ。

 ただあるのは、絶望と虚無感だけ。


 その言葉通り、何もかもが僕にとって意味のない世界になってしまった。あの子に一度だけ会いたい。会って、話したい。

 話せたら、それでいい。僕が消えてしまっても、いい。


「会いたい……白」

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