第23話 村の惨状


 馬車から切り離した馬の背中に直接乗って、私たちは再び悪魔の森を目指します。


 馬は三頭、人間は四人。私とアグラさんとストラツさん、そしてオライウォンさんです。私はアグラさんと一緒の馬に乗せてもらっています。


 悪魔の森へと向かうのは少人数がいい。そう提案したのはストラツさんです。


 悪魔の森は多人数を攻撃することに特化しているので、兵士団全員で森へ向かうのは逆に危険だというのが、ストラツさんの考えでした。そのことには、アグラさんもプリングさんもオライウォンさんも同意していました。


「あんたらの兵士の面倒まで見きれねえしな」


 失礼な言葉を付け足したのはアグラさんです。


「同感。結構気が合うんじゃねえの、俺たち」


 そう言ってアグラさんに舌打ちされたのは、オライウォンさん。そして悪魔の森へと向かうメンバーを話し合った結果が、馬に乗ってリンパーク村を目指している四人というわけなのです。


 プリングさんは兵士団を指揮して、森への道を全て封鎖してくれています。悪魔の森がリンパーク村から離れた道中にまで広がっていることがわかったため、それを知らない人が立ち入らないようにとの配慮なのです。この封鎖を提案したのもストラツさん、悪魔の森へ向かうメンバーにオライウォンさんを含めたいと言い出したのもストラツさんでした。


 その提案をしたストラツさんに、プリングさんがなぜかお礼を言ったのです。


 不思議に思ってアグラさんに質問したところ、ストラツさんの提案は、兵士団の命とメンツの両方を守る配慮がされているたからだという答えが返ってきました。


 森の殺気に気付けなかった兵士たちでは、悪魔の森からの生還は難しい。だが森への道の封鎖を任せることで、兵士としての役割を得たことになる。さらに腕利きのオライウォンを医療術師の守護として付き添わせることで、悪魔の森の治療にも兵士団が携わったことになり、彼らの面目も立つ。

 そんなところだ、とアグラさんが肩をすくめながら説明してくれました。


 大人の世界は色々と面倒そうです。


 左右を森に囲まれた荒れた道は、ひたすら真っ直ぐ伸びていました。その一本道を、馬は弾丸みたいな速さで走ります。


 なんとオライウォンさんは魔法の心得があって、筋力を一時的に高める魔法を馬にかけたのです。これにはさすがのアグラさんも「なかなかやるな」と呟かずにはいられなかったみたいです。


 馬の跳躍と着地によって体が浮かんだり弾んだりを繰り返し、振り落とされてしまいそうで、とても怖いです。


 ですがおかげで、馬車を止めた位置からわずか五分足らずで村の建物が見えてきました。


 村の入り口付近に横倒しになっていた建物の残骸らしきものを、馬が屋根一つ分ほどの高さまで飛び上がってかわし、村の中へと突入します。


 そこで見た光景に私は驚き、声も出ずにただただ恐怖するばかりでした。


 家や納屋や風車小屋。全ての建物の壁や天井を、木が突き抜けて破壊しています。地面には大蛇のように這いまわっているかのような太い木が、うねった形でそこらじゅうに横たわっています。


 村全体を木の枝や葉が覆っていて、まるでジャングルの中のように太陽の光を遮っています。


「殺気は特に感じねえな」

「俺たちが近づいてくることを知って、魔力を温存しているのかもしれん」


 アグラさんとストラツさんが、村の惨状にはあまり関心がないかのように、周りの木々を見渡します。


 私は魔力の出所を探るため、もう一度目を閉じて意識を集中しました。今度は四方八方から魔力を感じます。そしてより強い魔力を、森の奥から感じ取りました。


「医療術師ちゃま、今度はどうだい? 何かわかった?」


 集中していた意識を、オライウォンさんの声に刈り取られてしまいました。私はため息をつきながらも、森の入り口からやや右側のほうを指さします。


「あの方向に強い魔力を感じます。なので患者さんがあっちにいることは、ほぼ間違いないかと思います」


 子供を褒めるときのように、オライウォンさんが頭を撫でます。その行為は敢えて子供扱いをする、皮肉めいた態度を感じさせました。


「そんじゃ、ちゃっちゃと森へ入って終わらせようぜ、旦那方」


 タキシードに付着した土埃を払いながら、オライウォンさんが言いました。


 相変わらずの余裕の態度を見せつけるオライウォンさんを横目に、アグラさんが鼻で笑います。旦那という呼ばれかたもアグラさんにとっては、あまりいい気はしていないようです。


「あの……。みなさんとても強いから、私なんかがこんなことを言うのも変かもしれませんが、決して甘く見ないでください。きっとさっき襲われたときより、森からの攻撃は激しくなると思うので」

「へえ。なんでそう思うんだ、医療術師ちゃま」


 私の憶測的な助言に、オライウォンさんが興味を示しました。ストラツさんも「聞かせてくれ」と言ってきて、アグラさんも隣で頷きます。


 理由は単純でした。


 術者である患者さんに近ければ近いほど、魔力の供給が行き届いているのは当然ですが、遠くの木々を操ること自体、相当な魔力を使うはずだからです。


 さらに注意すべきは、調査団や村の人の話です。


 彼らの話によれば、木の枝が伸びてきて襲ってきたとのことでした。しかしさっきの攻撃では、木がうねうね動いてはいましたが、枝が伸びてくるようなことはありませんでした。これは木の性質が、魔力によって一時的にゴムのように変化させられたもの。枝が伸びるということは、性質の変化に加えて成長促進の魔法も必要になります。


 さっきの攻撃のときは魔力の供給が少なかったため、木を操るだけで精いっぱいだったのです。


「だからこの先、攻撃は激しくなっていくはずです」


 感心したような声を上げつつ、どこか小馬鹿にしているような拍手を送るオライウォンさん。その様子を無視するかのように、ストラツさんは森の入り口へと視線を移しました。


 アグラさんは私の傍へやってきて、言いました。


「警告は心にとどめておく。油断はしないさ。だから戦いは俺たちに任せて、クランベルは患者の治療を頼むぜ」


 その言葉に、私の気が引き締まります。


 そして私たちはいよいよ、悪魔の森へと入っていきます。


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