第18話 悪魔の森の正体


 辿り着いたのは、リンパーク村に一番近い街です。以前、悪魔の森の調査団が駐留したのもこの街でした。


 王都から一番離れた地域でもあるので、街といってものどかで過ごしやすそうです。街一番の市場では猫があくびをしていたり、お店のおばちゃんとお客さんが世間話をしたりしています。


 そんなのんびりとした雰囲気に包まれている街に、突然大勢で、しかもいかつい兵士さんたちが押し寄せることになったわけです。森の暴走とも呼ぶべき事件を解決するためとはいえ、恐縮してしまいました。


 ですが私の心中とは裏腹に、街の人は私たちを温かく迎え入れてくれました。どうやら街の人も何人か、悪魔の森に襲われてしまったらしいのです。私の役目の重要さを、改めて認識させられました。


 街の宿で一時の休息を経て、そして夜を迎えます。


 プリングさん率いる兵士団のみなさんと、私たち診療所チームによる作戦会議が始まります。


 宿にはみんなが集まれるほど広い部屋がなかったので、街で一番大きな酒場を貸し切ることになりました。


 ちなみに診療所チームは、私とアグラさんとストラツさんの三人のみ。本当なら同行はマリス先生がするべきなのかもしれませんし、王家側としてもそちらを期待していたでしょう。ですが先生は診療所に多くの患者を抱えているので、残っていただかなければなりません。


 兵士のみなさんはテーブル席に座り、診療所チームはカウンター席へ、兵士のみなさんと向かい合う形で座りました。


 誰もお酒は飲んでいないのに、アグラさんとストラツさんは会議が始まる前からジョッキ十杯分も飲んじゃっています。


「クランベルさん。まずは馬車での続きといきましょうか」


 プリングさんが椅子から立ち上がり、私の傍まで来て言いました。


 みなさんに注目されて緊張してしまい、うまく声が出てきません。


「おら、おまえら! うちの大先生の話をしっかり聞いておけよ!」


 アグラさん、早速酔っているのでしょうか。


 思わずため息が漏れてしまいましたが、おかげで場の空気が緩んで、声が出せそうなくらいには私の緊張もほぐれたようです。


「えと……。悪魔の森の正体についてですが。これがパクリン菌によるものだということは、ご推察されているかと思います。あまりにも高い魔力を持った者がこの菌に感染した場合、その魔力を食べたパクリン菌自体も強力な魔力を帯びることになります。そして稀に、自我が芽生えることがあります」


 話を始めると、兵士のみなさんは真剣な表情で私に注目しました。調査団から殉職者が出ていることもあってか、みなさんの緊張感がこちらにまで伝わってきます。


「つまり、こういうことですかな? 強い魔力を手に入れたパクリン菌が、その魔力を使って森を操り、人を襲っていると……」


 兵士を代表するかのように、プリングさんが質問してきます。


「いえ。いくら強い魔力を持ったとしても、パクリン菌にそのような魔法は使えません。ですが、寄生生物には宿主の思考になんらかの影響を与えるということが立証されています。今回のパクリン菌にも同じことが言えると考えます」

「森を魔法で操作しているのは、あくまで宿主。そして宿主を操っているのがパクリン菌というわけか」


 隣に座って静かにお酒を飲んでいたストラツさんが、私の言葉を要約しました。さすがストラツさん、そのとおりです。


「パクリン菌の行動理念は、魔力を食べて生き永らえることだけです。森を操って人を襲うのも、被害者から魔力を吸い取るためだと考えられます」

「なるほど。それが本当なら、もはや森全体がパクリン菌の宿主と化しているようなものですな」


 プリングさんの一言で、兵士のみなさんがどよめき始めました。かくいう私も、自分でしゃべっている内容に動揺してしまっています。


 私たちは明日にも、悪魔の森へ向かおうとしているのです。それはまるで、パクリン菌に侵された宿主の体内へ入っていこうとしているかのようです。


「安心しろ、クランベル。俺たちがついてるって」


 アグラさんがジョッキ片手に、力強く言ってくれました。不安や恐怖が、アグラさんの見せてくれる余裕の笑顔によって、自分でも驚くほどにかき消されていくのを感じます。


「プリング隊長! 例の村人を連れてきました」


 酒屋のドアが開き、二人の兵士さんが顔を覗かせて声を張り上げました。兵士さんの後ろには、村人と思われる男性二人と女性一人が立っています。三人とも年齢は四、五十代くらいでしょうか。大勢の兵士で満席になっている室内を、おっかなそうに覗きこんでいます。


 村人と呼ばれた三名が、プリングさんの傍へと通されます。


「この方々は例の村の生き残りだ。みんな、彼らの話をちゃんと聞くように」


 プリングさんが兵士のみなさんの注意を引きつけてから、村人さんに話を始めるよう促しました。


 一人の男性が、肩を縮こまらせて兵士のみなさんをゆっくりと見渡した後、口を開きます。


「わしらの村を滅ぼしたのは、デリミタという名の悪魔です」


 男性の第一声によって、兵士さんたちの間に再びどよめきが起こりました。



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