衝撃の真実

 沈黙が……………注がれた。


 私は、死んだのだと思った。

 これが、死の感覚なのだと思った。



 だが、触れ合っているセセラギ博士から。

 温もりを感じる。

 恐怖と怯えによる、小刻みな彼の振戦を感じる。


 生きている。


 私と、体内のナノマシンが、ほぼ同時に理解した。

 そして、その答えの疑問を得る為。


 私は、瞼を開いた。


 汚い、フケだらけの髪の向こう。

 真っ黒い………『アマテラス』とよく似た後姿を確認した。

 それは、一瞬、私の目に映ると。

 何度も、消えたり、現れたりした。

 異変は。


 私の見える範囲で戦闘員を蹂躙していた人型のあれが。

 それが、消える度に。

 爆発していた事だった。

 やがて、私の目の前に、あれが居なくなった。


 信じられない事だが、目の前の、漆黒の……これが。全てを破壊したのだ。

 再戦後はゴトーさんですら、苦戦した相手を………


 私は。

 私は、その漆黒の戦士に…………

 何かを感じていた。


 やがて、とりあえずの脅威が消えた事を確認すると。

 それは、こちらを振り向き『アマテラス』よりもいかつい形のフェイスプレートを開いた。

 そこに、現れた顔は……

 顔は……!


 「コーちゃん‼ 大丈夫⁉ ケガはない? 」


 「おがああああちゃああああああああああああん‼‼ 」


 邪魔な臭い腕を無理やり払うと、彼は「うああ」と、悲鳴を挙げて倒れた。


 非常に、申し訳ないのだが……その時の私には、それを気にする余裕もなかった。

 「ガシ」と、私を受け止めると、ゴツゴツとした金属製の腕が、私の髪を優しく撫でる。


 「こらこら、コーちゃん、男の子が泣いちゃ、駄目でしょ」


 「だって………母ちゃん………母ちゃん………

 うわあああああああああああああああああ‼ 」

 諦めていた。

 私は、この再会を。

 今生での再会を………

 だから。

 だからこそ。

 抑えきれなかった。


 「…………え………うそ………あ、アリタカ戦闘員かい? 」

 よろよろと、セセラギ博士が立ち上がり、眼鏡を整えながら、母の方に寄る。


 「はいッ‼ 目覚めたのは、数分前ですが、状況は、博士が逐一送ってくれていた電子信号で把握しています。そして、事前に私の体内ナノマシンに、インストールされていた『タイヨウ』の使用法も読み込み、駆け付けました。

 遅れて、申し訳ありません」

 母は、そう言って、セセラギ博士に敬礼をとる。


 「………うん………そうか………うん‼ アリタカ戦闘員‼ 命令を与える‼

 あの巨大な『宇宙外生命体』並びに、残党を………その『タイヨウ』の力を持って迎え討て‼ 」


 セセラギ博士のその声に、母は「はっ」と返し、再び敬礼を行う。


 「コーちゃん。ちょっと待ってて。セセラギ博士の傍から離れちゃ、駄目よ」

 そう言うと、私の髪をまた撫でる。


 「母ちゃん………」

 「ん? 」

 「帰って来てね」


 「………モチロン‼ 」


 母が、飛んで行った後、その方向に、セセラギ博士も歩を向けた。


 「息子君‼ こっちだ。僕達も行くよ‼

  彼女のフォローと……生存者を保護しないと……‼ 」


 少し、迷ったが、今の現状で、自分が必要とされている現実を感じ、私は彼についていく事にしたのだった。


 「ぐ、ちくしょおおおおお………」

 「ピルルルルル」

 人型のあれと、戦闘していた『アマテラス』戦闘員の首が落ちた。


 「ピルルル…………ビギイイイイイイ‼ 」

 直後、母の一撃が、あれを砕く。


 パワードアーマー『タイヨウ』の至る所のファンが開き、これは空気中の大気から、様々な原子を取り組み、それを燃料とする。

 それが吸収される際の七つの色が母の背に、光輪となり映っていた。


 「おい‼ ゴトー君‼ 意識はあるかい? 」


 私と、セセラギ博士は、ゴトーさんが撃ち落とされた場所に来ていた。

 地面が、ゴトーさんを中心に、罅割れている。思わず、彼が本当に生きているのか疑わしく思っていた程の鮮烈な光景だ。


 「せせ……らぎ………はか……せ? 」

 酷いノイズが混じっていたが、ゴトーさんは意識を取り戻した。


 「よかった‼ 立てるかい⁉

 『アマテラス』の生命急回復システムが生きていればいいんだけど……」


 「問題ない………戦闘はまだ無理そうだが……………‼ 」


 そこで、セセラギ博士の肩を借りて立ち上がった彼が、現状を体内ナノマシンの更新データによって理解した。


 「小鳥無………さん……? ……‼ な、なんだ‼ この戦闘スペックは……‼ 」

 

 「ああ…………まさに………

 僕達、全人物の………勝利の女神様ってところだよ」

 

 「コージロー君…………」

 砕かれたヘルメットの向こうで、血まみれになった顔で、彼は優しく私に微笑んだ。

 「凄いだろ………君の母さんだぞ………誇れ………」




 「いやああああああああああっ‼ 」

 次々と、奴らを破壊していく母。

 すると、突如、奴らは攻撃を停止した。


 「何だ? 」セセラギ博士は、その状況に困惑するが、ゴトーさんがすぐに情報を皆の体内ナノマシンに送る。


 ――油断するな。

 母は、構えを解かず、じっと奴らを睨む。

 やがて、奴らは始めの時の様に、巨人の中へ、戻っていった。


 「…………あ、あ~~~~~~聞こえますか? 」


 「? 」

 「! 」


 その、発信元不明の連絡無線に、その場に居た者達が驚愕した。

 

 「あ~~~、よかった。やっと君達の言語信号が解けた」


 「………」


 「………まさか………あれか?

 あれが………私達に対して……語り掛けているのか? 」

 そのゴトーさんの問い掛けに……セセラギ博士は反応を見せず、じっと巨人を眺めていた。


 セセラギ博士が言うには……

 『その可能性はあった』らしい。

 自分達と、同じ文明や、科学技術を持っているのなら。

 或いは、自分達に近寄ってくる可能性はあると。

 だが、このタイミングで。


 まさに、雌雄が決しようとする、このタイミングでそれを行ってくるとは、流石の彼も思っていなかった様だ。


 これによって、彼の思考は、少しの間、停止していたのだ。


 「…………素晴らしい。我々が降り立ってからの、ここ数年。君達は抗う術を次々に身に着けた。その文明の高さ。感服する」



 「…………何なの? 何故、今になって私達に語り掛けるの? 」

 母の問いに、巨人はユニークに頭を下げる。


 「敬意………ですよ」


 「敬意………? ですって? 」


 「そう。我々から見れば、君達は我々の達。そんな君達が我々に対し、対策を練り、そして、何という事か、一時的ではあるが………目論見を阻止してしまった。これは、信じがたい素晴らしい事だ」


 そんな返答に、今度はゴトーさんが猛る。

 「ふざけるな! 何を言うか! 子どもだと⁉ 一体何を言っている⁉ 」


 少しの沈黙の後、今度はセセラギ博士が、何かを決心した様に、巨人に語り掛ける。


 「貴方達の事を詳しく教えて頂きたい」


 「セセラギ博士⁉ 」

 ゴトーさんの疑問で溢れた叫びに、セセラギ博士は、静かな表情で答えた。

 

「ゴトー君。僕は不思議なんだ。

 何故、彼らは、言語信号を持っているのだろう?

 これは、この星に住む僕達が、長い年月によって。進化によって与えられたものだ。

 でも、彼らはその事を知っていた。

 そして、僕達と会話をする為に、あたかもそれを合わせて、交信をしてきたんだ。

 不思議じゃないかい?

 更に、彼らは僕達を遠い子どもと呼んだ。

 どういう事なんだろう?

 僕には、もうこの疑問を抑えきれないんだ」


 真剣な瞳に、激しい迫力が灯っていた。


 「なるほど。どうやら、貴方がこの星の科学者の様ですね。

 まさか、我々の文明をこんな短期間で自分の物にしてしまうなんて……本当に恐れ入る。我々の科学者にもこれほどの優秀な者は、そう居ない。

 分かりました。いいでしょう。

 

 まず、我々の話をするには、この。

 今、私達が居る、この星の話をしなければいけないだろう」


 「星………だと? 」


 「そう。

 貴方達が『宇宙』と呼ぶ、この星の本当の名は。


 『地球』


 かつて、21億年前に、我々『人類』が住処としていた惑星だ。」


 「⁉ 」

 「な⁉ 」


 「海があり、空気があり。温度がある。

 この『地球』は、最早生命の為の星と言っても過言ではなかった。

 だが、20億年前に、遂にこの星は悲鳴を挙げたのだ。

 我々『人類』の増殖に耐えられなくなり、自己壊滅を始めた。


 我々は、その増えた人口を抱え、地球と似た星。

 トラピスト・バーターへと、移住を果たす」


 「ま………まて………『地球』………だと?

 お前らが………20億年前にこの星に居ただと?

 な、何を………言っているんだ? 」


 正直、ゴトーさんの言っている事が最もだった。子どもの私には、最早ナノマシンの情報補佐システムをもってしても、目の前の巨人の言っている事は一切理解出来なかった。


 「そんな、一度この星を捨てた貴方達が………何故また、この星に……? 」


 「それは簡単な話だ。我々は、その後も様々な星を移住し続けた。惑星トラピスト周囲の7つの星。そして火星。木星。

 だが、時を経ればどの星も、我々の安住を許してはくれなかったのだ。


 そんな中、約18億年前。宇宙を漂っていた我々は、かつて限界を迎え、捨てた筈のこの故郷。地球を見つけた。


 地球は、我々人類が立ち去ってから、自己修復を繰り返し。やがては、かつてあった美しき蒼さを取り戻し始めていたのだ。そう、かつて我々人類を生み出した古代のその姿の様に。


 これこそが、神が我々人類に与えた運命だと思った。

 だから、我々は準備を始めた」


 「準備……だって? 」



 「そう。我々、人類の遺伝子情報を組み込んだ始まりの生物『微生物』をこの星に送り込んだ。

 後は、ひらすらに待つだけだった。

 彼らが、進化を繰り返し、やがて我々の文明に追いつく程の知識と技術を身に着けるのを。

 この星の名称や、数字の数え方。当時との国の位置の違い。

 そして、自分達を『人類』ではなく『人物』と呼表する等の…………まぁ、多少の矛盾点は生まれたが………概ね、君達は、我々の思惑通りに進化してくれた。

 ありがとう。心からお礼を言いたい。

 この地球は、君達のおかげで、我々が手を施す必要が無い程、住みやすく構築された。

 我々は、再びこの地で、繁栄を営む事が出来る。

 そして…………

 君達は、無事に生まれた『』を果たしたのだ」


 「……………そうして、邪魔になった僕達を、消す。と言う訳かい? 」


 「…………ふざけている…………」


 セセラギ博士とゴトーさんの怒りに震える声に、首を傾げる様に動かし、奴は話を続けた。


 「…………無論、我々人類にも『情』がある………

 中には、君達との共存の道を説いた者もいた程だ。

 だがね?

 我々には、最早時間が無いのだ。

 

 最後の居住地、木星が失われ。我々は超大型宇宙船にて、生活を営んでいた……

 だが、その燃料も、残り僅か。

 この巨大兵器『エゴイスト』を動かせる事も、もうすぐ出来なくなる

 そうなれば、我々は逆に君達に返り討ちにされてしまう。

 理解出来るだろう?

 そうなってしまえば、元も子もない

 ……………そこで、提案がある。

 君達『人物』が、この星『地球』を我々に差し出してくれると言うのなら。

 我々は、もう君達を攻撃しない。

 そして、更に我々が数億年居住していた、超大型宇宙船を、君達に譲ろう」


 「さっき言ってた『燃料』が切れかけているって、奴かい? 馬鹿馬鹿しい。どちらにしても、僕達に生き残る道はないじゃないか」


 「まぁ、最後まで聞き給え。潺 咢博士」


 「な、何故⁉ 僕の名前を………⁉ 」


 「君だけではない。

 我々の攻撃を悉く打ち返した、豪傑。五頭 軍治戦闘隊隊長。

 そして、我々の新型に対抗すべく、その身を捧げた女性。

 小鳥無 悠。

 君達のデータは、既に全て……クラッキングによって我々の手の内にある……


 タイヨウ………実に興味深い理論と、スペックだ。

 これだけは、我々『人類』の何十億年という歴史でも、実現出来なかった物だろう……

 だが…………ね?」


 このタイヨウ………では………我々の『エゴイスト』には勝てんよ………」


 「何だと………どういう事だ………? 」


 「失礼。五頭隊長……話がずれてきてしまっているので、その問いの回答は、先の潺博士との会話の後にさせて頂きたい………さて、潺博士。貴方は先程『人物』が生きる道が無い。そう言ったね? 」


 「そりゃあ、星を渡さなきゃ殺されて、渡しても燃料の切れる宇宙船だったらね」


 「宇宙船の燃料は、この地球で補給が可能だ。

 恐らくは………燃料さえ入れば、今の君達の人口なら、30億年は、種を存続出来る筈だ。無論、これ以上増えなければ……という条件があるがね? 」


 「燃料の補給………だって?

 じゃあ、初めからそうしてくれていれば………

 皆は殺されずに済んだんじゃないのかい? 」


 「………………

 それが、出来なかった………

いや、しなかった

それには…………二つ。理由がある。


 まず、一つ。

 そもそも、今回の目的が君達に『預けていた』地球を返してもらう。という最優先事項がある。この星は、そもそも我々が長い年月をかけて、共に成長し、共に滅びへと向かった。つまりは『我々人類の物』なのだ。

 君達『人物』の存在は我々が再びこの星に住む為のものでしかない。

 そして、そのサイクルの中には。

 君達の駆除も勿論入っていたのだ」


 「駆除……だと? 」


 「まぁ、落ち着き給え。五頭君。

 二つ目の理由は。

 この宇宙船の燃料そのものにある。

 君達の文明では、およそ手の届かない、宇宙空間の移動並びに長期の居住を目的とした発明だ。

 興味があるだろう? 」


 「貴様ら………」

 しかし、セセラギ博士が、ゴトーさんを止める。


 「セセラギ博士? 」

 「ゴトー君…………待つんだ。今は情報が要る」


 「成分を言おう。これで解る者も居るだろう。

 多量のタンパク質。

 そして、塩分を含んだ水だ」


 「‼ 」

 明らかに、ゴトーさんとセセラギ博士の表情が変化った。


 この後、私もその意味、奴が言った恐ろしい真実を知った。


 「貴様ああああぁあぁあああ‼ 」

 「うわぁっ‼ だ、駄目だっ‼ ゴトー君‼ 」


 「ガシィイイイイ」


 巨人に特攻したゴトーさんを、真っ正面から受け止めたのは、黒いパワードスーツ。母だ。


 「ゴトーさん。私に任せて下さい」

 「あ、小鳥無さん………」


 母が、そっと手を離すと、二人はお互いを見つめ、そして言葉以上の思いを交わした。


 「さて、どうだろうか。以上が我々から、君達の力に対しての最大の賛辞を含めた提案だ。のんでくれるね? 」


 「どう思いますか? 李馬さん。本部長」


 セセラギさんの問い掛けに、交信画面が開き、まるで苦虫を噛みしめた様な二人の顔が映った。


 「す…………すまん。本当に申し訳ないが、奴らの言っている事が、私には一つも受け容れられないんだ………東の大陸の首脳の意見を訊きたい………」



 「…………セセラギ博士………」

 「はい」


 「………………奴らは信じれるか? 」

 「……………恐らく、嘘は…………ついてはいない………と思います」


 「……………………この星を捨て………

 幾億年の安住をとるか………………

 生きとし生ける物として………………護る為に…………玉砕を選ぶか………

 選択肢など……………ないな…………」


 「……………」その場に居た皆が、モニターに映るその男性に注目した。



 「現場の戦士達よ‼

 我々は何だ⁉

 我々は、この星に生命を築き、そして、進化を経た誇り高き生物だ‼

 これは、東の大陸代表、李馬 が命ずる、最後の命令だ‼

 心に従え‼

 誇りに従え‼

 死んでいった仲間達の………信念に従え‼

 目の前の、悪鬼を討ち‼ 我らは再び、新たなる進化の系譜を築くのだ‼ 」



 永遠とも思える、一瞬の後。

 「うおおおおおおおおおおおおおおおおお‼ 」

 と、空間が歪む程の叫びが、魂の叫びが。轟いた。



 「理解し難し。

 人物に、目を見張る者も居れば、愚かな頭首が居たものだ………」


 「御無礼な態度、申し訳ない。偉大なる我が祖先、人類殿………

 しかし、我々は、貴様達によって創られた命ではない。

 我々が、我々の祖先が、幾つもの過ちと、成果によってここまでこの星と共に、歩んできた命だ。

 今更、出てきて返せ。などと、的外れな事を述べられても、愚の骨頂。

 私はな。そこに居る私の兵を………中央島国の戦闘員の諸君を信じているのだよ。

 だからこそ、賭ける。

 彼らの命の輝きが。

 貴様ら人類の、身勝手な計画を打ち破る事をな」


 李馬さんの、強い決意の………その意思を。

 奴は、肩で笑い。

 そして、ゆっくりとその凶悪な顔を挙げた。


 「そうか…………

 ならば、滅ぶがよい。偉大なる我が人類の似て非なる愚者達よ! 」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る