第3話 いがみ合い
それぞれがお気に入りに後輩を連れて飲み歩いたり遊んだりする。仕事でもプライベートでもつるむ人間が一緒になる。後輩が初めてできて嬉しいのだろう。
今まで東京で同期と一緒に荒波に耐えてきたが、年下で抵抗しない自分の言うことを聞いてくれる人間がようやくできた。後輩に愚痴をこぼしその噂がお互いの耳に入ってくる。
だいたい同じような場所で飲んでいるのだ。顔なじみの店員からも悪口の噂が聞こえてくる。土曜日に内緒で飲んでいて、ばったり会うと気まずいのでわざわざ渋谷や恵比寿まで遠征して飲みにいく者も現れた。冷戦状態に突入だ。
店ではお互いのミスをなじるようになり、昔の「五人組制度」のようにお互いの行動に目を光らせるようになった。ミスをすると
「はい、毎度〜」
「いつも飽きないね。疲れてんの? 」
「もう眠い? 帰る? 」
憎まれ口を叩くようになった。もともと一年目からこのような会話は行われていたがそこには「愛」があった。今は「憎しみ」しか感じない。長く濃い時間を一緒に過ごしたのでなおさら伝わってしまう。
「昨日のお前の仕事のやり残し、代わりにやっといたから」
「さっき先輩に頼まれたこと、まだできないの? 」
「一人じゃ無理かな? 手伝おうか? 」
わざわざ相手のミスを内線で伝え、意固地になって連携したほうが早く終わる仕事も一人で行う。お互いが勝手に動いてもなんとか綱渡りで仕事をこなしていた。
関西弁の同期入社の男がいた。こいつは口が特に達者で人をイライラさせるの上手だが反論をさせないほど、わざわざ証拠集めをして人を吊るし上げようとするサディストだった。
「お前昨日この仕込み担当だっただろう? 時間的にお前しかいないねん。こんな簡単なミスをする奴。みんなそう思わへんか? 」
人が休日の時でも容赦なく店から電話してくる。
「お前はのうのう寝てられるけど、俺らは今日仕事やねん。お前これ、どうすればいい? 教えてくれへん? 」
関西人の方には悪いが、こいつのせいで関西弁が大嫌いになった者が続出した。露骨に上のものには媚びて、狡猾に下の者には悪態をついた。頭がキレるので本当にたちが悪い。
誰もが自分のミスに怯えて、翌日が休みの者は細心の注意を払って片付けをこなした。それでも土曜日の繁忙期などはどうしても手が回らなくなりミスが出る。自分の事は棚に上げてそんな修羅場でも奴は内線の電話を容赦なくかけ続けた。
結果的にそれは仕事の質を上げて先輩たちには好評だったが、被害を受ける側はたまったものではない。
同期ではあったが年上だったので私は敬語を使っていたが、それが上下関係を植え付けて尚更私を苦しめる。悔しいが正論で反論ができない。
特に被害を受けたのはおとなしいアニメ好きの後輩だった。朝から晩まで気がつけば怒られている。要領も悪く口下手のため言われるがままだった。ひょろ長い痩せ型の後輩の顔が青ざめている。みんな恐れて誰も二人に近づこうとしない。一年以上恐怖政治が続いた。
限界を迎えた後輩は事務所に駆け込んだ。子供のように泣き叫んでいたらしい。そして支店に転勤希望を出して受理された。奴は上層部にお灸を据えられたが、しばらく大人しくしているとまた陰険な本性を表す。
悪行を全部ここでぶちまけたいが、あまりに当時の辛い記憶のために脳が忘れてしまっていた。自分がされたことはあまり覚えていないので、他の人間がされた話を思い出して書いている。
私が今まで生きてきた中で嫌いな人間、不動のナンバーワンだ。奴は一年後に辞める事になるがそれはまた別の話で。
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