星光大学

 最寄り駅から三駅、そしてそこから十分ほどバスに乗り、降りたバス停から徒歩五分程。塀に囲まれた広大な敷地の中に白い建物が見え始め、その前の広場の中央には大きな噴水が綺麗な曲線を描きながら水を飛ばしていた。真ん中には『飛翔』という文字が刻まれ、天辺には天馬の像が置かれている。褐色と白の煉瓦道が噴水を囲み、そこから枝分かれのように道が続く。その間には整えられた芝生が敷き詰められ、ちょっとした観光地のようだ。しかし、ここは観光地ではなく正面の建物の上部には大きく『星光大学』という文字が。つまり、レイの通っていた大学だ。今俺は大学の正門の前に立っている。

 大学でレイの友達の集まりがある。それに参加してくれないか、という先程の林野にお願いを俺は受け入れここに足を運んだのだ。というより、半ば強引に受けさせられたと言った方がいいだろうか。

 正直この集まりに参加するのはリスクが高い気がする。林野にはレイの恋人として成り立ってしまっているのだが、実際はそうではない。俺がレイと知り合ったのは幽霊になったレイとであり、生前のレイがどんな生活を送っていたかなんて知るはずもないのだ。そこに大学時代のレイとの友達、。当時のレイの話が出てくるはずだ。

 だが、俺にはその部分の話は一切出来ない。必ず食い違いが生じるし、きっとボロが出るに違いないのだ。そうなれば、恋人なんて嘘はあっさり見破られる。じゃあ、お前は誰なんだ? 何しにあの場に来たんだ? と言われるに違いないのだ。かといって正直に説明するわけにもいかないし、別の嘘も思い付かない。

 そんな事態が目に見えているわけだから丁寧にお断りしようとしたが、林野は是非是非と食い付いてきたのだ。無理にとは、と言いながらも引き下がるつもりはなく、むしろぐいぐい近付いて掛かってきた。電話の相手も縛ってでも連れてきて、と言っていたので逃げられそうにない。

 助けを求めるようにレイに視線を向けたが、当の本人も久し振りに友人に会える、という事で林野に賛同してきたのだ。お願い、というように手を合わせて懇願してくる。

 ……どうなっても知らんからな。

 結局俺が折れることになり、現在こうしてレイの通っていた大学へと至っていた。

「生徒でもない部外者の俺が入っても大丈夫なんですか?」

「全然大丈夫ですよ。普通に別の大学の生徒も出入りしてますし。特別講師とか企業の方、一般で一人で来た場合は受付の必要がありますけど、在校生の私といれば問題ないです」

 正門から入った後、尋ねながら林野の背中を追う。敷地に侵入した男性が生徒に危害を加えるという事件があり、小学校や中学校では無許可で敷地内に入ることは禁じられている、とニュースで観たが、大学はそこまで厳しくないのだろうか。

 林野は正面にあった建物ではなく、左に向かって歩いている。その先にも白く横に長いシンプルな建物があり、窓の数から六階建て。ゼミの教室や研究室、講義室が設けられ、生徒の間ではゼミ棟と呼ばれているようだ。集まりはその内の一つ、レイの所属していたゼミの教室で行われるらしい。

 大学という慣れない環境のせいで、俺はきょろきょろと目線を動かしてしまう。ベンチに座って談笑する女子生徒、芝生で講義の復習をしているような男女に、部活かサークルだろう集まりもあちこちに現れる。ザ・大学生という雰囲気がひしひしと伝わり、明らかに異質である自分がいて背中を丸めてしまう。

 それとは正反対に、レイは懐かしそうに辺りを見回していた。俺とは違うきょろきょろで激しく頭を動かし、その度に笑顔が浮かんでいる。

 テンション上がるのは分かるが、少しは緊張感持てよ、レイ?

 俺が受け入れた理由の一つには、レイを友達に会わせるというのも含まれている。しかし、今のレイみたいに楽観視は出来ない。恋人なんて嘘、いつ見破られてもおかしくないのだ。

 ドキドキしながらゼミ棟に入り、エレベーターに入る。林野は四階のボタンを押し、扉が閉まった後上昇を始めた。それに伴い、俺のドキドキも上がっていく。

「大丈夫ですよ森繁さん。そんなに固くならなくても。別に追い出されたりしませんから。それに、他のみんなも会いたがっていましたから追い返されたりもしないです」

 表情に出てたのだろう、林野が俺に声を掛けてくる。そういった理由ではないのだが、固くなっているのは事実だ。落ち着かせようと俺は肩を揺らす。

 大丈夫だ。うまく流したり誤魔化せば問題ないはずだ。それに、この集まりはレイの供養とかと言っていた。恋人だからといって質問攻めを受けることもないはず――。

「紗栄子の恋人、って言ったらみんな話聞きたそうでした。きっと私達の知らない紗栄子の顔が見れるんだと思っていますから、紗栄子と森繁さんのお話いっぱい聞かせてくださいね」

 チーン、という到着の音が鳴るが、それは俺には終わりを告げる音として響いた。

 ……どうする!? アイフル!?

 混乱が頭の中で渦巻いているが、林野と共に着々と目的地へと近付いていく。今の内に何でもいいから、予想される質問に対して答えを用意した方がいいのかもしれない。トイレにでも行って時間を稼いだ方がいいだろう――。

「着きましたよ。ここです」

 ひぃぃぃぃ! トイレ申し出る前に着いちゃった! やばい! マジでやばいぞ!?

「林野のです。入ります」

 ノックをした後、林野がドアノブに手を掛けゆっくり開けていく。その扉の先に待ち受けているのは天国かそれとも……。

 しかしこの数時間後、訪れたのは破滅どころか、友達の一人が死体となって発見されるという絶望だった。

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