全力戦

 ここで学んだことが九割、一割は過去の経験というところか、準備は整った。


 最後にもう一度、新たな装備の具合を見る。


 首と手足を落とし、中身をほじくり出して腹から腕を通して鎖骨を掴む、不格好で汚らしく、何よりも匂い立つ肉の盾、左腕にはめ込む。皮肉にも、顔だけ無事な背中の刺青が紋章のようになっていて、様にはなっていた。


 その上で内臓、胃袋、あと膀胱から絞った水分を浴びて体を湿らせる。傷に染みるしばっちいし、間違いなく後で感染症となるだろう。最悪な気分だが炎対策には必要、耐え忍ぶ。


 そして最後にシャツに包んだ《切り札》を、ズボンで縛って背中に背負う。


 あとは滑る輝きのロングソードを右手に構えて完成だ。


 ここで学んだ死体利用闘法が八割と、軍での訓練が一割強、残りは閃きだ。


 ……これでどこまでやれるか、口元が歪ませるのは、絶望前の狂気か、希望前の歓喜か、いやただ傷が染みるだけだな。


 それでも奥歯を噛み締め、階段上へ、最後の階層へと登り上がった。


 銀色ピエロ、俺を見てピエロらしく、全身ビクリと震わせわかりやすい驚きのリアクションを見せる。それでも無表情な仮面は無表情で、その対比がシュールだった。


 ……互いの距離は十歩といったところ、皮肉なのか挑発なのか、互いに真似し合うかのように、左手の盾を前に、右手の刀剣を後ろに、同じ構えを取る。


 これは良い。予想してた最悪はさらなる火炎ビンの投擲だったが、それがないのは使い果たした証、今度の口の歪みは間違いなく笑みだ。


 俺の表情が見えたのか、銀色ピエロは仮面に加えて胸にめり込んだ顔は視野が狭いらしく、上半身を大きく動かして、俺の全身を観察する。


「…………驚いたな」


 仮面越しの銀色ピエロの声、くぐもっているが、渋くて落ち着いた声、少なくともピエロらしい戯けた感じは一切なかった。


「あの二人は、お前が仕留めたのか?」


 二人?


 疑問はあっても聞き返さない。それに意味がないからだ。


「いや、応えなくてもいい。その剣は西方剣騎士のもの、その、罰当たりな防具は南方歌劇姫の配下のもの、その装備と時間経過、総合すれば自ずと答えは出る」


 銀色ピエロ、勝手に話始める。


「これで残るは俺と、東方のあの森舞踏のみ。まぁ所詮は名義だけの成金ども、この儀式への熱意が足りてなかったわけだ」


 続けてくぐもった声で笑う銀色ピエロ、その度に全身がプルンプルン笑う。


 ……らしくない。


 違和感、あんな格好こそしているが、構えは真っ当なもの、それにまかりなりにもここまで生き残れた相手、それがこんな、ネタばらしのようなお喋りなど、無駄なことをするような男とは思えなかった。


 なら、なんだ?


 思考し凝視する俺の目が、銀色ピエロの目のガラスの、赤い反射、ハッとして思わず振り返る。


 赤、蟻、視線は俺の背後、迫っていた。


 壁のない階層の外側、外面を登って来た蟻の最前線、これを見てのお喋り、つまりは陽動と時間稼ぎ、だが遠すぎる。


 これは、多重の視線誘導、慌てて銀色ピエロに見返せば、右足を大きく後ろへ振り上げてるところだった。


 そして何もない空間を思い切り蹴り上げると、その大きすぎる靴のつま先より何かが蹴り飛ばされた。


 おそらくはビンの類、飛来、放物線、回避は無理、左手の肉盾で受けた。


 バリン、ジュワー。


 割れた音、泡立つ音、白い煙、そして立ち上る臭いは刺激臭、蹴り出されたビンの中身は酒でも燃料でもなく、毒、酸の類、気付いて慌てて肉盾をぶん投げる。


 腕からすぽ抜け、回転しながら飛んでく先は銀色ピエロ、煙を引き延ばしそれなりの速度だったが、左手の丸盾に軽く弾き落とされた。


 そしてそのまま突進してくる銀色ピエロ、丸盾前に腹を弾ませながらも真っ直ぐ安定した走りだが、やはり遅い。


 速歩とさして変わらない移動、余裕を持ってロングソードを正面に構え直すと、呼応して銀色ピエロも構えを変える。


 左手の丸盾は前に突き出したまま、それに右手のサーベルの腹を重ね、そして一気に擦り付けた。


 ボ!


 決して大きくはないが無視できない音量で、丸盾とサーベル、両方一度に火がついた。


 赤くて大きな火、燃え上がる両手の武器を左右に開きながらにじり寄る姿は、邪悪さこの上ない。


 そんな炎、丸盾の方を前と同じく前へと構えた、ように見えた。


 揺らめく光で倍以上に膨らんだ丸盾、その後ろに隠れた銀色ピエロ、チェーンメイルの反射も加わり姿が眩む。


 ここまでは辛うじて予想の範囲内、だからこその切り札、向こうが見えないなら向こうからも見えないだろう、左手一本で手早く胸のズボンを解いて脇に挟み、中身を手に出す。


 チリ、熱い風、同時にロングソードの切っ先が炎に呑まれ、何かに軽く触れた。


 直感、反射で俺は後ろへ大きく跳んでいた。


 ブアリ、と足下を空振り、それでも裏を炙ったのは燃えるサーベルだった。


 ……接近戦、盾を掲げて視界を塞ぎ、その隙に下を潜らせる形で死角の足を薙ぐ、盾と剣での戦いでは基本となるテクニクだ。


 だから咄嗟に避けることができた。


 そして、空振りした銀色ピエロは俺を見るため丸盾を、狙い通り、退かした。


 今だ!


 左腕だけの筋肉、だけども全力にて、俺は切り札を開けた顔面へ、ぶん投げた。


 これに銀色ピエロ、素早い反応、薙いでたサーベルを引き上げこいつを受けた。


 そのサーベル、その腕に、当たって崩れて張り付いた切り札が、燃え上がった。


「な! これは!」


 燃えるサーベルと腕とを振り回し想定外の延焼に慌て悶える銀色ピエロ、狙い通りに切り札が決まって、今度こそ俺は笑った。


 ……脳はよく燃える。


 特に布で絞って余計な水分を取り除いたやつは、正に脂の塊だった。


 軍での訓練では鹿の脳だったが、人でも脳は脳、食えないだけで同じようなものだと閃いたが、その通りだった。


 ロングソードだけで頭蓋を割って取り出すのには苦労したが、その苦労はこれで報われた。


 ぼとりと落ちた燃える脳、それを踏まないように一歩引いたその隙、見逃すほど現実逃避はしてなかった。


 一気に踏み込み、両手で構え直したロングソードを、全力で突き出した。


 銀色ピエロ、反応し、残る丸盾を突き出すも、向けた先はロングソードではなく、俺本体へだった。


 ガ!


 確かな手応え、炎越しでもはっきりと見える。


 俺のロングソードが、銀色ピエロの仮面の右目ガラスを突き抜けた。


 それから遅れて、炎が持ち手まで燃え移った。


 ……これは狙いというより失敗に属する結果だ。


 死体利用闘法、その中で腸も利用しようと考えた。しかし実際見てみると腸や内臓は脂肪でテカテカしていて、炎相手に不向きに思えた。


 それでも、燃える剣はカッコいい。そう思い浮かんだら脂肪を刀身に脂を塗りつけていた。


 それで、炎が混ざって銀色ピエロが見逃した、というのはただの幸運だろう。


 手放したロングソードがガチリと落ちる。


「がぁあああああああああああああああ!!!」


 抜け落ちた右目、ざっくりと穴が空き、透明な液が流れ出る銀色ピエロ、浅すぎて命にまでは届いてない。しかしそれでも、両手は燃えていて抑えることすらできないで、痛みに苦しみ歩く。


 ふらつき、彷徨う足取りにはもはや戦う意思は見えない。


 それでも、階段前まで来た姿に、やることは一つしかない。


 慎重、集中、余裕を持って、その背後から、突き飛ばす。


 柔らかく、弾力ある触り心地、食ったらさぞ良い喉越しだろう。


 銀色ピエロは面白可笑しく階段を転げ落ち、見えなくなって、それきり静かとなった。


 ただ、煙だけが登ってきた。

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