ひき肉の気持ち

 恒例となった死体漁り、痛む横腹もそこそこに、真っ先に取り掛かったのは全員死んでるかの確認だった。


 首が飛んだのは流石に死んでるだろうが、腹を裂いた程度では生きてるかもしれない。安心に死亡確認は必要だ。


 グェ!


 一人生きてた。俺が背中に鉈を投げつけたやつだ。それも背中から心臓を一突きで終わった。


 これで安心、外壁まで来たついでに重ねられた樽を見に行く。


 いくつかは開けられてるが、多くは未開封、下にあったのとは違いコップの類は見当たらない。


 ならば直に、だ。


 一番上のを下ろし、ロングソードで叩き開け、中の水に手を突っ込む。冷たい感触、存分に洗い。掬った水で足や顔や髪や武器を洗う。


 毒味を忘れていたが、今更だ。


 さっぱりしてから二つ目を下ろし、同じく開けて手で掬って、飲む。


 若干の血の味、手を洗い損なったのか、あるいは口の中を切ってたのか、考えながらも喉越しは止められない。


 ゴクリゴクリ。


 口渇潤い、胃に落ちた水分が染み渡る。


 続けて三杯、飲んでやっと落ち着く。


 ため息、満足、余韻に浸りながら、フラリと深い考えもなく窓まで足を運んでいた。


 高さはあっても所詮は密室空間、風はない。


 少しがっかりしながら鉄格子越しに下を覗くと、赤い蟻が丁度、塔の根元にたどり着いていた。


 横の移動は終わり、続きは上への移動、その最前線は登ってる間は見れないだろう。それ以外にもあのママ大好き連中もいる。なら早めに移動した方が良いだろう。


 思い、それでも未練たらしく最後に一口、水を飲むと、頭が見えた。


 金色の髪、その真ん中で動いて見えるのは大きすぎる白いツムジ、つまりはハゲだ。


 敵、追いつかれた。


 だが俺にまだ視線は向けてない。キョロキョロと、出たり入ったりしながら様子を伺っているようだった。


 本能か、経験か、あるいは軍での訓練か、俺は静かに素早く身を屈め、べったりと床にうつ伏せになる。


 死んだふり、全身脱力し、呼吸は抑え、瞼は半開きに、死体に擬態する。


 これで生き残れた事例がある、と軍では習った。


 だが俺は、実戦でそこまで追い詰められたことも、相手を見逃したこともなく、正直あまり有効だとは思えなかった。


 それはこうしてる今もそう、これでやり過ごせるとは思ってない。


 それでも寝そべるのは、ただ単に休息が欲しいからだ。


 雑魚とはいえ虐殺に、改造槍女との連戦、それ以前にも戦い続けて、疲れてる。


 だから休める時はギリギリまで休みたかったのが本音だった。


 それで、出てきたハゲは注意深く周囲を見渡し、俺も方もやっと見て、動くものがないと知るやのそりと出てきた。


 武器は槍、両手で構え、その手と肩、上半身には皮の鎧を着けている。シャツの袖は所々破れていて、ズボンには返り血、その様子では何人か殺しはしてきた様子だった。


 そんなハゲは手近な死体を見て回る。突くわけでもなく、ただ見るだけ、時折屈んだかと思えば、ショートソードを手に取り、吟味して、そのまま持ち去った。


 そんなハゲ、俺の方を一瞥する。


 こちらにも死体、それに水の樽、俺の持ってるロングソード、付けてる鎧、お宝がピカピカしてる。


 ……俺なら無視はしない。こんな状況なら、回収はしたい。だがその前に死んでるかの確認は必須、今手に入れたショートソードなら投げて当てるに丁度いいと考える。


 その前に立つか?


 寝そべった状態で投擲は避けられない。


 だが立ち上がれば戦いからは逃れられなくなる。


 どうする?


 考える俺、俺を見るハゲ、時間はいかほどか、唾を飲みそうなのを必死に耐える。


 と、声が響いた。


「マンマァー!」


 反響する声、大きいがあの長い階段を考えるとまだ距離があると思いたい。


 だがハゲは慌てる。


 残りの死体もそこそこに、改造槍をまたいで足早に、上への螺旋階段へ駆けて行った。


 そして振り返りもせず駆け上って消えた。


 残された俺はようやっと身を起こせた。


 先にはハゲ、後ろにはママ大好き、これでややこしい位置になってしまった。


 だがあのハゲ、腕は立つかもしれないが警戒も漁りも不十分で、これなら後ろから追跡してもそうは脅威にはならないだろう。少なくとも待ち伏せの可能性は低いと見た。


 脅威ではない。


 思いながら立ち上がろうと手を突くとぬるりとした。


 手についたのは血、まだ暖かい。


 漏れ出てるのは、右の脇腹、俺からだった。


 慌てて巻いたズボンを解き、シャツを捲ると流れ出てる。傷は後ろの方、手は届くが見えない位置、軽く触れるとすごく痛い。それでも我慢してちょっと弄ると、傷は深くはなさそうだった。


 それでも流れ出るのは止まりそうにない。


 巻いてたズボンをたたみ直し、結び目を左に、右の腰に当てるように強く縛り直す。


 この程度、治療とも呼べない。それにこれからの運動を考えれば絶対悪化する。そして、この殺し合いを生き残れても、その後に感染症で長い時間苦しみ続けることになるだろう。


 気が重い、だがそれでも止まるわけにはいかない。


 まずは立ち上がり、手を洗い直し、追加でもっと水を飲み、残された死体を漁りに戻る。


 ……過程など覚えるのを飛ばし、結果だけ見れば、得たものは少ない。


 手に入れたのは改造槍からカットラスを取り除いた普通の槍、元の刃はナイフのように小さいが、柄そのものが金属製で持つ右手にズシリとくる。


 こんなのを合わせてあの女は軽々と振るっていたとは、やはり手練れだったようだ。この場で殺せたのは幸運だったのだろう。


 それとブラスナックル、傷口を縛る腰のズボンの前の部分に挟む。


 それだけ、あとは腰に帯びていたスティレットを左手の籠手に、肘の方から差し込み、ロングソードを持つ。


 総合すれば、傷と体力の消耗の方が大きく、弱体化している。


 それでも、やらなければ生き残れない。


 最後に、くどい顔の男の死体を登ってきた階段下へ蹴り落とし、上への階段へ向かった。





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