数の正義

 乱立する柱は高さが二階の屋根ほど、太さは俺の肩幅よりやや細く、外から見てるよりも隙間が広く、その間は前後左右それぞれ馬車一台分ほど、遠くの視野は悪いが、近くで潜むには心許ない死角だった。


 これならば近くの敵ならば見つけられる。少なくとも、奇襲の恐れは低そうだった。


 ただ、逃げ隠れには適していて、走り逃げる姿なら見失いやすそうでもある。いざとなればここへ逃げ込むのはアリだと頭に書き留めておく。


 そこでやっと気が付いた。


 ……骨の鎧を忘れた。


 オーガ、着ていた鎧、引き剥がし、身に付ける。当然のことを死体利用闘法に夢中すぎてて忘れた。


 取りに戻る、と迷うが、戻って着てまたここまでのタイムロスと蟻との兼ね合いから、進み続けると決めた。


 その矢先、足が止まった。


 ……この先から、人の気配がする。


 殺気、などという上等なものは感じたことはない。


 それでも、呼吸、体温、体臭、衣擦れの音、何よりも会話から、この先に人がいると感じられた。


 それも複数、大人数で、だ。


 この感じ、軍での経験上、十や二十では済まない。百に近い人数が小声で話し合い、それが重なり合ってザワザワと聞こえている感じだ。


 ……この先、この儀式の中心地、蟻の進軍から最も遠い場所、ならば人が集まるのは当然だろう。六百六十六人いるのだから未だに百人残っててもおかしくはない。


 だけども、喧騒は一切聞こえてこなかった。


 それで大人数、お喋りして、仲良く一緒にいられる条件、具体的には思いつかないが、俺にとって不都合なことが待っているのだとは想像できる。


 ただそれは想像、それで止まるは現実逃避、確認して現実に落とし込んでから考えるべきだ。


 より一層、神経を集中させ、柱の陰に背を付け、身を屈め、そっと向こうを覗き込みながら、柱一本一本を走り、渡る。


 ……何本目か、そろそろ途切れると光でわかる柱の陰、覗き込んだ俺は女のスマイルと目が合った。


 栗色の長い髪、長いまつ毛、年齢はまだが付く若さ、整った顔立ち、右目の下に泣き黒子、尻のような胸の美女、そんなのが間抜けに口を半開きにして、場違いこの上ないスマイルを浮かべていた。


 そんなのが沢山並んでいた。


 ……それが絵だと、刺青だと気がつくのに少しかかった。


 掘られてるのは男の背中、病的に色白な肌をキャンパスに、同じ顔、同じ人物が、ただし服装とポーズは異なっているのが、まるで画廊か美術館のように並んでいた。


 最初が白のエプロン、次が白黒のメイド服、赤のほぼ紐水着、純白なウェディングドレス、冒涜のビキニアーマーまで、口元に指を置いたり、首を傾げてたり、谷間を強調してたり、いかがわしい店でしか見たことない格好ばかりだ。


 そんな刺青を背負う男らが沢山、全員がズボンのみ、全員がスキンヘッド、全員がやせ細った色白で、全員が手ぶらで、ペチャクチャ喋りながら並んで、こちらに背を向けていた。


 どんな場面でも異様としか言いようがない集団、彼らが犇めくのは無数の塔が並ぶ丁度真ん中あたり、肩を寄せ合い可能な限り密着し、その中心を向いていた。


 塔は、太さが小さな家がすっぽり入れられるほど、見える限り一本につき入り口は一つ、窓は複数で、そんなのが何本も並んでる。


 それらが三本、四本、上の方で大きな家ほどの円形の階層で繋がってるのが見える。


 外から見た風景から、それが一番上まで続いてるのだろう。


 その先は登ってから、入ってからの話、だがこの数、見つからないでの侵入は不可能、例えできたとしても、いずれはこいつらとも殺し合わなければならない。


 数の優位は知ってる。だからここまで来れた。それがこうも大規模にやられたのでは、手の施しようがない。


 そんな集団がザワリと揺れた。


「ママだ!」


 一際大きな声、意味を読み取れた一言、それに呼ばれたかのように、集団中央が盛り上がった。


 持ち上げられ、せり上がったのはおそらくテーブル、その上に乗せられた椅子、その上に座るのはババァだった。


 シワクチャな肌、なのに厚化粧でつるりとした顔、細くて染みだらけの腕、萎んで垂れてる胸、隠しきれない老化、なのにやたら艶のある栗色の髪は間違いなくカツラだろう。見た目年齢、俺の母親よりも絶対歳上、冗談抜きで祖母の世代だ。


 老化を醜いと呼ぶ気は無いが、それでもそれを見せつけるかのような、あるいは気がついてないかのような、やたらと露出の高い白のワンピースには、殺意を呼ぶ。


 そんなババァが担ぎ上げられたテーブルの上の椅子の上で優雅に手を振ると、集団が湧いた。


「ママだ!」「ママだ!」「ママだ!」


 口々に同じ言葉を吐き続ける。


 そして息を吸い、合わせると同時に叫んだ。


「「「「「ママだーい好き!」」」」」


 揃って上げる声、そこには隠しきれない多幸感があふれていた。


 異様な風景、カルトのような、この集団、俺は知ってる。


 これは、こいつらは『洗脳兵』だ。

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