もっとも適したスタイル

 左鎖骨、左腕、左頬、全て左側、傷は浅く、出血もすぐに治った。


 それでも、動かせば痛み、痛みは動きを鈍らせる。


 見た目以上のダメージ、更なるダメージにつながるダメージ、正に手痛い。


 それでも、選らべるだけの装備が手に入ったのは大きい。


 俺のロングソードに肉切り包丁、カール口髭の三又の槍、紐のカーテン、それと隣の部屋からはメイスに、ツルハシ、革の脛当て、鉄の籠手は左腕のみ。それと比較的綺麗なシャツズボンのセット、上々だ。


 それと壊れたノコギリと凹んだ右籠手、血を吸った服と、死体、これらは利用しなくてもいいだろう。


 豊作、特にメイスは拾い物だ。


 全体がくすんだ銀色、鋳造された金属製で、長さは俺の肘から指先ぐらいの長さ、卵のような丸みの頭には一切の引っ掛かりがない。それでも、程よくズシリとくる重さが、手軽な打撃力を保証していた。


 こいつを中心に、装備を考える。


 それでまず左手の盾は捨てる。シャツは割いて最小限の包帯にして左腕に、その上に籠手を被せる。それと足に脛当て、どちらもサイズは小さすぎるが革紐を調整すれば装着できた。


 シャツは二重に着て、腰にズボンを巻いて縛る。できた前後の空間に樽の破片を一枚、仕込む。気休めだかないよりはマシだ。


 腰に巻いたズボンにメイス、右手にロングソード、左手に三又の槍、よく見たら投擲用だったのを持つ。


 これが限界だ。残りはもったいないが、捨ててく。


 一瞬、プシュチナに運ばせるかとも考えたが、こいつはいずれ殺す、なのに武器を持たせるのは悪手だ。


 これで万全、だが先に進めるドアはない。


 代わりに、上へ登る階段、戻るには蟻がと思い、プシュチナへ、指で指示して先を行かせる。


 ……そうして二階へ、入った部屋も変わらず灰色だ。


 違いは床、真ん中に鉄格子の穴、踏んで滑ることはあっても足首が沈むほどの幅もなく、体重をかけても軋むこともなかった。


 覗き込めば下の部屋、明かりとりとわかる。


 影で居場所がバレるのは良くはない。


 そっと離れて次の部屋へ、ドアを開けて入る。


 部屋は、立方体だった。


 床の中央と天井の中央に鉄格子の窓、高い天井、二階分ほど、それと同じく縦にも横にも同じ長さの壁が四方を囲っていて、その真ん中にドアがあった。


 なんとも象徴的な部屋に見えた。


 だが何もないなら長居は不要、天窓から塔の方向を確認し、正面のドアを指差してプシュチナを誘導する。


 頷き先行くプシュチナ、その後に続いて、俺の足が中央床の鉄格子にかかった瞬間、けたたましい音が室内に響いた。


 弾けたのは左側のドア、兆番外れて室内へ、倒れてまた音を響かせた。


 いきなりの破壊に立ち止まる俺とプシュチナ、その目の前に、ノソリと入ってきたのは、筋肉の塊のような男だった。


 外見としてはドワーフに間違いない。腕、足、体、首、太く逞しく、黒い肌には血管が浮き出ている。短い赤い髪に逆にたっぷりの髭、背丈こそ俺より低いが、体重は俺より重いだろう。


 その手に武器はない。代わりに拳には、シャツかズボンか、血に染まった布を厚く巻きつけていた。それに腕、足、腰、縛ってある布の数、それら全てが撃墜数を示している。


 間違いなく、こいつは、格闘家だった。


 一切の武装を拒否し、おのれの肉体のみを武器として素手で戦うスタイル、戦場では狂気か、追い詰められての狂気だが、この武器が満足に手に入らない儀式では、もっとも適したスタイルなのかもしれない。


 ……少なくとも、この近距離で出会うのは最悪と言える相手、そいつがこちらを見ると同時に、俺は動いていた。


 先制攻撃、最短、最速、左手の三又、踏み込み腹めがけて突き出す。


 これに気付く筋肉ドワーフ、しかし動じず、ただ右手のみを動かした。


「ふんぬ!」


 一言、同時に動かしたのは、右手の、それも肘から下のみ、円を描く動きだけ、なのに三又は巻き込まれ、俺の手から引き離されて、弾き飛ばされた。


 完全な受け流しパリィ、ここまで見事なのは、剣同士の試合でしかお目にかかれないような高等テクニック、そんなのを無造作にやられてしまった。


 この筋肉ドワーフ、純粋に、強い。


 この装備で、勝てない相手と出会うとは、悪夢のようだった。

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