壁の向こう

 危険度で言えば、間違いなく悪化していた。


 二階建て、三階建ての建物、階段があって、屋上へ抜ける上開きのドアがあり、何よりも部屋の一つ一つがかなり狭く、多い。


 つまりそれだけ未知へのドアが多いということ、待ち伏せの危険が多いということだった。


 道もまた狭く、細かな脇道も多く、何より真っ直ぐではない。曲がり角、その一つ一つが死角を作り、待ち伏せを有利にしている。


 ただその分狙撃はしに難くなるが、三階建ての上からならいくらでも射線はありそうだ。


 それらを前提に、俺は家の中を抜けるルートを選んだ。


 どこでも待ち伏せは同じ、ならば狙撃の少ない方を、との考えだ。


 上まで上がったのは最初の家だけ、残り一階だけ探索し、それも最低限の部屋とドアだけを調べて、椅子とテーブルがあれば可能な限りドアを塞いで、一呼吸置いて落ち着いてから次へと向かう。


 これが正解かどうかは判断つかないが、間違いなく足取りは遅くなった。


 原因は、先行くプシュチナだった。


「ごめん、なさい」


 何も言ってないのに謝るプシュチナ、黙れという命令は無視されたのは何度目か、いい加減足手まといになってきた。


 ……壁を跳び越えた際、俺はプシュチナの上に落ちなかった。それなのに、たかだかあの程度の高さから落ちたぐらいで、暫く動けないダメージとは、虚弱にもほどがある。


 それでもまだ使い道がと思い、射線外の安全圏まで引きずってきたら歩けると言う。だから歩かせたというに、歩みは亀だった。一歩進めば躓き、ふらつき、ドアも開けるのに手間取るし、目玉からか血も滴って、痕跡を残しては俺が拭いてる。


 これでは介護だ。


 この儀式とやらの戦場で優位に進むために連れてるにもかかわらず、負担になっては意味がない。


 もう斬り捨てるべきか、思案してる前でプシュチナが二つ目の部屋へ、ドアを奥へと開ける。


「ひぃぁ」


 小さな悲鳴を上げ跳びのき、俺に当たるプシュチナ、謝りもせず、振り返りもせずに見つめる先に、男がいた。


 中肉中背、服は同じくズボンにシャツ、体勢はケツだけ高く上げたうつ伏せの姿、ケツに何かを差し込まれるのを待つ体制だ。床に押し付けた顔はこちらを向いていた。


 その顔は、丸顔だった。短い金髪、剃り残しの髭、ただし今は、斧にかち割られ、ばっくりと割れていた。その裂け目は、眉間を抜けて鼻にまで届いてる。そうでなくても虚ろな瞳から、事切れてると一目でわかる。


 柄の向きから背後から襲われたらしい。つまりは待ち伏せ、これまでの警戒が無意味でなかった証拠でもあった。


「ぁっっごめんなさい!」


 言って俺を突き飛ばし、来た道を駆け戻るプシュチナ、その両手は口を押さえていた。


 そして入ってきたドアを開け、外へ向かって嗚咽し始める。


 ……あれが、死体を始めて見たやつの、通常の反応らしい、あんまり理解できない心境だ。


 俺の初めては覚えてる。軍の同級生の首吊り死体だ。


 自殺か他殺かは忘れたが、寮の入り口に目立つようにぶら下がったそいつは、この死体に比べれば、舌を出してる以外は綺麗なもんだった。


 にもかかわらず寮の人間は、大の大人が、軍人目指すとほざきながら、どいつもこいつも気分が悪いだなんだと部屋に引きこもりやがった。


 それで唯一平気だった俺は、冷静に考えれば軍人として褒められるべきなのに、平気だからとそいつの掃除だの遺品の処理だのに駆り出された。挙句、お前はおかしいと、無意味に心理検査までさせられて、それをクリアするのにまた無駄な時間を浪費した。


 思えば、その頃から軍とは不合理な場所だったんだろう。


 ……昔話は引退後にしよう。


 今は殺し合いの最中、無駄な労力は死につながる。現実に戻る。


 とりあえず、プシュチナをどうするか。


 殺し合いの本番で敵前逃亡、吐き戻し、うるさく匂って敵を呼び寄せてる。


 ここが軍隊なら上官が怒鳴りつけてるところだが、ここは儀式とやらだから、そんな無駄なことせずに背後から脊髄刺して殺して終わりにすべきだろう。


 ……いや、今行ったらプシュチナのゲロが足にかかる。吐き終わってからだ。


 それに、あそこの無償で斧が手に入るのだから、斧の試し割りで殺した方がこうりつてきだr。


 思い、振り返ったら先、男がいた。


 「うぉっと!?」


 別の、生きた、灰色の男だった。



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