七不思議と交渉することは可能なのか

 当然、ミラも遠見も唐突な乱入者に戸惑いを隠せず、先ほどまでの緊張した空気が困惑に塗り潰される。

「……いったい、どういうつもりだい?」

 まずミラが疑問を漏らした。

 極力感情を抑えているが、それでも動揺が滲み、言葉の端から零れ落ちている。

 こいつとしては俺と協力して戦う予定だったのだから、俺のこの行動はあまりにも予想外だろう。

 だからいいのだ。

 こいつもたまには期待を裏切られることを味わった方がいい。

 そして俺は、見よう見真似で出した白い光の刃をミラへと突きつける。

 今のところその光はミラのものに比べれば実に弱弱しいものだが、自分と同じものを突き付けられた気分はどうか。

「見ていてまどろっこしくなってきたんでな、さっさとカタを付けるために手伝いをしてやろうと思ったわけだ。……そして、俺が倒せると思ったのはお前の方、ということさ」

 そこに偽りはない。

 先ほどまでの戦いを見ても、相性的にミラは圧倒的に遠見に対して不利だろう。

 そもそもこいつは、本来なら正面切って戦うタイプではないはずだ。

 なら俺の後押しがあれば、遠見の勝利は磐石となるだろう。

「正気か? 君は私よりその男を選ぶというのかい?」

「実のところ、お前に盲目的に協力し続ける理由もあまりないからな」

 表情一つ変えずに俺はそう答える。

 そんな俺の態度に、さすがのミラも驚いているようだ。

「まあとはいえ、お前と戦う理由もあまりないがな。そっちが降りるなら俺も降りるが、どうする?」

 それはある種の脅迫だ。

 ようするに戦いをやめろと言いたいのだ、俺は。

 そして、それでも戦いたいのならもう知らんという最後通告でもある。

 そんな俺の言葉を聞いて、ミラは諦めたように首をすくめてみせた。

「……馬鹿馬鹿しい。君は、自分のしたことの意味をわかっていない」

 そう悪態をつきながらも、構えを解き、殺気を解き、ミラは呆れるように大きくため息をついてみせた。

「だが、私もまだ消えたくはないのでね。今回はこちらが折れるしかないだろう。いや、今回も、だな。まったく、つくづく自分の無力さが嫌になる」

 そのミラの降参宣言とも取れる言葉を聞いて、遠見の方もようやく安堵の様子を見せ、その気配を元に戻す。

 黒かった右手も、また元のような白い肌に戻っていた。

「じゃあ、協力してくれるんですか?」

 ミラではなく俺にそう聞いてくる遠見。

 戦闘での相性とは逆に、遠見はミラが苦手のようである。

 まあわからなくもないが。

「場合とお前の話によりけりだな」

 だから俺は、俺の意思と意見でそれに答える。

 殻田との戦いには出来る限り手駒が必要というのは変わっていないため、基本的にはこのまま協力体制を取ることになるだろう。

 だが実のところ、俺としても遠見をそこまで信用したわけではない。

 確かに、いまこの場で戦わない程度には人柄を信じているが、今後の戦いで背中を預けられるかはまた別である。

 そういう意味では、ミラのほうが信用できるといえる。

 友人にするなら断然遠見だが。

「私の方も、同じとしておこう。あくまで条件次第だ」

 そのミラも、とりあえずは俺と同じ意見らしい。

 ただ間違いなく、信頼に至る条件は俺よりはるかに厳しいだろうが。

 ずいぶんとハードルが上がってしまったものだ。


 しかしそれでも、遠見の語る殻田についての情報は、俺とミラを納得させるに値するものだった。

 殻田はおそらく【動く人体模型】の怪であること。

 殻田の周囲の取り巻きは殻田の能力で誘導されているであろうこと。

 殻田の目的は、受肉し学園の外へその勢力を伸ばすこと。

 そして、遠見が殻田自身とも一度交渉を持ったが決裂し、対抗するために協力者が必要であること。

 それが、遠見の持つ殻田に関する情報だった。

「なるほど『受肉』とはな、実にシンプルな願いだ」

 ミラは感心したような、呆れたような感想を漏らす。

 受肉。

 ようするに殻田は【学園の怪】としての偽りの身体を捨て、本当の人間になりたいというのだ。

 もちろんその願いはただ人間になるという可愛げのあるものでもあるまい。

 おそらくは今の【学園の怪】としての能力を維持したままで、この学園から開放されたいといったところだろう。

 多かれ少なかれ、【学園の怪】は自分が怪であることに縛られている。

 初瀬川などその典型で、名前さえも怪であることによって決められていたのだ。

 だからこそ怪の願いは、それからの開放を目的としたものになるのではないか。

 初瀬川はそんな縛られ続ける自分を消したがっていたし、ミラは全ての存在の消滅させたがっている。鏡の向こうには誰もいないのだ。

「じゃあ、遠見、お前の願いは……」

「もう! 遅いと思ったらこんなところでなにしてるのよ!」

 俺の質問を遮るように廊下に響いたのは、そんな怒りの声だった。

 声の主は第三新聞部の部長、有真知実。

 彼女は部室棟側の廊下の端に立って、怒り心頭といった様子で叫んでいる。

「早く戻ってきなさいよ! 今大変なことになってるんだから!」

「大変なこと?」

 相変わらずのオーバーリアクションで有真はそういっていたが、それがオーバーでもなんでもなかったことを知るのは、俺達が部室に着いたときだった。

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