怪談そのもの
意識を戻すと、各々が各々で心配そうに俺を見ていた。
一方で、有真の中に入り込んでいた【七番目の七不思議】は完全に機能を停止し、俺が有真の頭から手を離すと、まるでそれが引き金であったかのように光の粒となって消えていった。
ようするに室居や殻田と同じだが、一つだけ違うのは、やつは球体を残さなかったということだ。
それは既に、俺の中にある。
そしてそれによって、有真もまた、自分自身の意識を取り戻していた。
「ここは……」
「屋上に続く十三階段だよ」
有真の中から【学園の七不思議の怪】が消え、遠見もその能力を停止したことによって、今はすっかりもとのなんの変哲もない階段に戻っている。
戦いの痕は散らばった掃除用具くらいだ。
「これにて一件落着、ということでいいのかな?」
まったく自分の言葉を信じていないようなそぶりでミラがそう言ってのける。
実際、俺の見たものを置いておいても、微妙に問題はくすぶっている。
願いの話、遠見の話、【七番目の七不思議の怪】の話。
だが今となっては、それらはもう些末な問題でしかない。
重要なのはただ一つ。この世界の正体だ。
「さあな、だが、あいつの中を見て、一つだけ確認しておきたいことができた」
そして、意識を取り戻した有真の方を向き、俺は、この世界を覆い尽くす膜を一枚剥がす言葉を口にした。
「なあ、有真知実、お前の家はどこだ?」
「えっ?」
「は?」
「どういうこと?」
「君は、なにを言っているんだ……?」
その質問に、有真も【怪】たちも呆気にとられたように俺を見るばかりである。
当然の反応だ。
しかしだからこそ、その先に待っている答えが恐るべきものとなるのだ。
「え、私の家……? 私の……家……」
それに答えようとしたところで、有真は言葉を失った。
不本意ながら俺も含めて、俺たち【怪】はそんな事を考えない。
生活などないし、帰るべき家も持たない。
俺のようなイレギュラーでもない限り、【怪】なんてものは学校という世界でのみ存在しうるものだ。
そんな俺にしても、用意されたあの殺風景な部屋だけが俺にとっての『生活』の幻影だったのである。
実際、俺はあの部屋で学校の準備はしたものの、生活と呼べるようなことは一切していない。
食事もなく、娯楽もなく、布団さえもなく、それを意識することすらないまま夜から朝になるのを漠然と待っていただけだ。
眠るわけでもないが、意識があるわけでもない。
それでよくもまあ、自分を【怪】ではないと思おうとしたものだ。
他の連中も似たようなものだろう。
語られない【怪】など存在しないも同然だ。
だが有真知美は違う。
本来彼女は、学校以外にも生活があり、人間の世界の中で生きている存在なのだ。
だが、この学園にはそれがない。
他の生徒もいるが、彼らに人間味は感じない。
ほとんどはただの殻田の駒であり、その外側にいるのは背景のような無に近い存在だ。
ここは、有真と【怪】だけが存在する世界といってさえもいい。
「どうしよう、私、家がわからなくなってる……」
戸惑いに声が震える。
今の有真は【怪】に限りなく近い存在となっているのだ。
【怪のいる世界の中で【怪】を観測する者】
それが、有真知実の現在の役割である。
では俺の役割は?
あいつも言っていただろう。
それをすくい上げること。
「まあ、任せておけ。俺の願いは【世界を守る】ことだ。だが残念ながら、俺の守るべき世界はここじゃないらしい」
ここは有真の集めた【学園の七不思議】を元に作られた仮初の世界だ。
どうやってここから脱出すればいい?
そのヒントは、遠見の厄介な願いにあった。
「なあ遠見、お前の願いはこの世界を闇に染め上げることだったよな」
「ええ、はい、そうですけど……」
「少しばかり、それを真似させてもらう。お前も手伝え。あと、そこで見てる二人もだ」
「えっ!?」
驚くのも無理はあるまい。
これまでさんざん遠見の誘いを蹴って、それを阻止しようとしてきたのだ。
ここに来ての方向転換など虫がいいにもほどがある。
「七白さん、あなたはいったい何を考えているんですか……?」
「世界の出口を作るんだよ。それが一番手っ取り早い」
その言葉を聞いても遠見は戸惑いを打ち消せないままだったが、まあ詳しく説明している場合でもない。
「いいか、闇に染める時、それを引っ張ってくる際にこの世界じゃない場所への穴が開いているからな、そこをこじ開ける。お前が闇を呼んで、そこをミラの光でこじ開けて道を作るんだ。そしてその隙間から初瀬川に向こうに行き、こちらから3回ノックをして吸い込んでもらう。とまあ、そういう作戦だ」
「なにをいうかと思えば、君も大概無茶をいってくれることだ」
「できるだろう?」
そう尋ねると、ミラは苦虫を潰したような笑顔を見せた。
運がいいというべきか、ここに残っている【怪】は、どいつもこいつも異界とのつながりを逸話として持つ奴らばかりだ。
あの世に通じているともいわれる【十三段目の階段】。
鏡の中に閉じ込められてしまう【鏡に映る少女】。
そしてトイレに引き込まれる【トイレの花子さん】。
裏を返せば、これらの能力は異界と現実をつないでいることに他ならない。
ならば、現実へと戻ることもできるはずだ。
「ちょっと待ってよ。そうしたら私はどうなるわけ?」
口を挟んできたのは、この世界に囚われた当人である有真だった。
「どうもこうも、元の世界に戻って、元の日常に帰っていく。それだけのことじゃないか」
「それがどうなのって言ってるのよ。私はこの世界に、ここでの生活に満足しているんだから」
なるほど。
この世界が有真によって『作られた』物ならば、確かにここを出る理由は見つけられないだろう。
ここは閉じられた楽園。
出ようとする理由はない。
だがその有真の甘えは、意外な人物が否定した。
「そういうわけにはいかないんだよ、部長さん。種が割れたら、もうここは終わりさ……」
ミラが静かに、ゆっくりとそう口にした。
「前にも言っただろう。【怪】というのは、恐れられて、恐れる人物がいて、初めて成立するんだ。私は確かに、すべての存在を消したいと願った。誰もいない鏡の中を作り上げたいと考えた。でもそれは、こんなところで朽ち果てることとは違う。それはただの【怪】の死でしかないからな……」
明確な拒絶。
ミラだけではない、初瀬川も、遠見でさえも同じ気持ちらしく、どこか覚めた目で有真を見ている。
「でも、せっかく【怪】がいて、私の願いがかなって、自由な世界ができたのに……。元通りになったら、また誰も私のことを信じてくれない世界が始まっちゃうじゃないの……!」
「そうでもないと思うがな」
興奮しつつある有真と裏腹に、俺はどこかぶっきらぼうにそんな言葉を進める。
「そもそもだ、有真知実。お前は、本当にこんな世界で満足か? 知り得ることしか存在せず、ただただアンタが自分の中にあるモノだけを消耗していくだけの世界。俺にしてもこいつらにしても、そう遠くないうちに、やがてあっさりと消えてしまうだろうな。お前だけの【怪】ではいられないんだ。そうなってからでは、遅いんじゃないか?」
「……」
第三新聞部の部長は口を閉ざして他の【怪】たちを見るが、誰もなにも答えず、ただ、有真の心情を否定した。
なにも言えなくなった彼女に、俺はもうひとことだけ、言葉をかけた。
「それにだ、俺はアンタにもっと色々なことを知ってほしいんだ。色々なものを見てほしいんだ。有真知実の見る世界は、こんなちっぽけなハリボテの学校の中だけじゃないはずだ。たった七つの【怪】では済まないはずだ。言っただろう。俺の願いは俺の世界を守ることだって。俺の世界とは、アンタのことだ、有真知美」
そう言い切る。
俺はすべてを思い出しつつあった。
俺は有真知実が聞いた噂。世界のありとあらゆる噂。それを見届ける存在。
【怪についての噂話の怪】
その特性は【怪談そのもの】だ。
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