第三新聞部の新人の目的は何か
「まったくもう、遅かったじゃない。入部二日目から重役出勤とは、たいしたものね」
あの修羅場から逃げるようにして第三新聞部の部室に着くと、こちらはこちらでいきなり部長である有真のそんな嫌味を聞かされることになった。
遅いといってもどうせ特にすることはないだろうに。
だがよく見れば、部室の隅に見慣れぬ少年が一人、申し訳なさそうに立っているのに気が付いた。
目が合うと小さく会釈をしてくる。
ああ、なるほど、これは確かに色々気まずい。
というか椅子ぐらいさっさと出せばいいのに。どちらでもいいから。
「あ、はじめまして。入部希望の、遠見(とおみ)昇(のぼる)です」
少年は緊張した面持ちでそう挨拶して、深々と頭を下げる。
態度や外見から勝手にこっちは少年少年と言っているものの、おそらくは同学年、下手すれば実は年上という可能性も捨てきれない。
だがパッと見の印象では、自分より幾分か年下に見える。
腰の低い態度や細めの中性的な顔立ちも、それに拍車をかけている。
ここだけの話、声を聞くまで少年とした根拠は制服のズボンだけだったのは秘密だ。
とはいえ年下に見えるといっても、まあミラほどではない。遠見はせいぜい中学生だろう。
一方のミラは外見だけなら完全に小学生のお子様である。外見だけ見れば。まあ、態度はまるで正反対なんだが。
「こんな部に新入部員とは、珍しいな」
と、昨日からの新入部員である俺が言ってみる。
「あなたの記事を見て来たんですって。お手柄よ、七白記者」
「俺の記事を?」
その言葉は俺の警戒心を高めるのに充分だった。
あの記事に食いついてきたということは、【七不思議】関係という可能性が高いということだ。
そうでなければただの変人だ。
「はい、実は僕、学校の怪談とかに興味があって……」
オドオドしながらその少年、遠見昇はそう答えた。
人見知りの激しそうな奴だ。俺の一番嫌いなタイプといってもいい。
その態度に、こいつが本当に【学園の怪】なのだろうかと思ったりもしたほどである。
「まったく、あたしのこれまでの記事にはまったく反応もしなかったくせに、あなたの記事が出た途端にいきなりこれだもの。失礼しちゃうわ」
「まあ、あの記事じゃな」
ここは有真の意見をバッサリと切り捨てておこう。
いや、これまでの第三新聞のバックナンバーを読んだことはないが、推測で切り捨てても特に問題ないだろう。
もちろん有真はそのことに対し反論しようとするが、その前に遠見の方が反応する。
「えっ、部長さんも七不思議に興味あるんですか? てっきり、宇宙系デンパ記事が専門かと思ってたんで……」
「な、なっ、なによ、宇宙系デンパって!」
遠見の、悪意はないが遠慮もないその発言に、裏返りそうな声を上げる有真。
しかし遠見にさえ素で宇宙系デンパと言われるとは、やはりこれまでも相当な記事を書いていたみたいだな。
だから俺も、そこに乗っかって冷やかしてやる。
「宇宙系デンパ専門家とは、実にお似合いじゃないか、部長殿」
「デンパ言うな!デンパじゃなーい!」
顔を真っ赤にしてノートを振り、有真は否定を続けている。
こうして圧倒的優位な状況からみると、この大げさなリアクションもなかなか可愛らしいものだ。
「あ、ご、ごめんなさい、これまでの宇宙系デンパに特化した記事を見てると、てっきりそういう住み分けなのかと……」
そして大真面目に謝る遠見。
だがその謝り方では、かえって傷に塩を塗りこむだけではないだろうか。
「ああもう! もうっ! あたしだってね、怪談とか七不思議に興味が無いわけじゃないわよ。そもそも、あたしがこの新聞を始めたきっかけだって、オバケとの遭遇からだし!」
「えっ、そうなんですか」
自棄で半泣きになりながら自分の過去を語りだしたぞ、この部長殿は。
とはいえ、若干七不思議にも関わるかもしれないし、興味深い話になってきた気がしたので、ここは黙って語らせておくことにする。
「昔、オバケを見たのよ。小学校の頃に、このノートだって、そこからつけ始めたんだから……」
そう言って有真は手に持っていたノートを叩く。
おそらくあの中に有真の考えた電波な雉の元ネタが全て入っているのだろう。
しかし今回は、その話が少しおかしなことにもなっているのだが。
「まあ、オバケくらい見ることもあるだろう」
昨日お前が会った新部員のミラもいうならオバケみたいなものだし、そもそも俺も似たようなものだ。
いやまあ、俺はどちらかといえばゾンビかもしれんが。
さらに付け加えるなら、この入部希望の遠見君だって【学園の怪】の可能性もある。
なんだ、この部の関係者はいまや人間の方が少ないじゃないか。
「でも当時は、そのことを誰にも信じてもらえない以前に、ぜんぜん話を聞いてもらうことさえ出来なかったのよ。それが、凄く悔しかった……」
その辛かった過去を思い出しながら、有真はどんどんと目が据わっていっている。
その迫力に、俺だけでなく遠見も言葉が出ないようだ。
「だからあたしは決意したの。あたしの見たもの、感じたことを、必ず、なんとしても世間に伝えようとね。そのために、あたしはこの第三新聞部を設立したの!」
「……その結果が宇宙的デンパ新聞というわけか」
「じゃあなんで、新聞では怪談とかじゃなくて宇宙系デンパな話ばっかりなんですか?」
わざわざ挙手をして遠見がそう尋ねると、有真はただ一言こういった。
「うーん、なんでだったかしら……確か、そっちの方が読者ウケが良さそうと思ったんだと考えたような……」
「読者に媚びて本筋を見失うとは、ジャーナリズムの堕落そのものじゃないか」
なんという身も蓋もない結論だ。
いや、そもそも読者ウケなんてあの新聞にあるのか?
とも思ったが、今はそこは黙っておこう。
「し、しかたないじゃない! いいのよ! あたしが目立てれば!」
やはりその点には後ろめたいところがあるらしく、反論は理性のかけらもない、実に感情まかせなものだった。
しかし、その判断によって殻田あたりに完全に狙われることを避ける結果になったことを考えれば、それで正解だったともいえる。
まあ、この学校が七不思議による戦いの場ではなく、宇宙人の地球侵略の拠点とかだったりしたら、今頃はもう宇宙の彼方に連れ去られていたかもしれないが。
「じゃあやっぱり、部長さんも学校の七不思議にも興味があるんですか」
遠見のその言葉に、俺の警戒が引き締まる。
こいつはいったい何を考えているのだろうか、こちらとしてはまずそれを探る必要がある。
「まあ、あたしはそこまで詳しいわけじゃないけどね。だからこそまずは情報収集からはじめさせたわけよ。そもそも、七不思議っていったいいくつあるのやら」
「いや、そりゃ七つだろう」
と、条件反射でそうツッコミを入れる。
とはいえ、ここで変に絡まれても話がこんがらがるだけので、こちらから話題を変えてしまおう。そもそも、一つ放置されっぱなしにされている話があるではないか。
「まあそんなことより、どうするんだ、この遠見君を新入部員として迎え入れるのか?」
このままずっと、いたたまれなく立たせておくのはあまりにも忍びない。
言って遠見を見ると、不安と期待に満ちた目でこちらを見ている。
「逆に聞くわ、希望にあふれ、前途ある若者をこの部に迎え入れない理由は?」
「それを聞くと、入部しない方がいいぞと忠告してやりたくなってくるな……」
その自信たっぷりな有真の言葉を聞いて、俺が思ったことはそれだけだ。
若者の希望ある前途に思いっきりシャッターを下ろす。
そんな可能性が、この第三新聞部には満ちていると思う。
「ああ、この人の言葉は気にしなくていいから。遠見昇君、第三新聞部はあなたを歓迎します。あたしはこの第三新聞部の部長、有真知実。これからよろしく!」
そして有真は立ち上がり、遠見の手を握る。
心なしか遠見の顔が紅潮した気がした。おそらくこいつはあまり女性への免疫が無いな。
「俺は七白空。転校生で、昨日この部に入部したんだ。まあ、そんなわけだから立ち位置的にはお前とあんまり変わらないんで、気軽に接してくれればいい。こっちとしても仲間が増えて心強いしな」
「は、はい……」
そして俺も遠見と握手を交わす。
一応警戒しつつ遠見の顔を見ようとすると、目が合った瞬間にさっと目を伏せうつむいてしまった。
いやいや待て待て。そのリアクションはおかしい。
女性免疫が無いのわかったが、その反応を俺にもするな。
その幼くも中性的な顔立ちもあって、こっちまで変な気分になってくるじゃないか。
「で、そんな遠見に一つ質問なんだが、お前は青空と夕焼け、どっちが好きだ?」
誤魔化すように強引に質問をする。もちろんいつも通り、その質問に意味はない。
「あたしは断然青空ね。あのどこまでも続く青さを見ていると、なんでも出来るって気分になってくるわ」
「回答どうもありがとう。だがお前には聞いていない」
「えっと、あの、ごめんなさい、僕、あまり空が好きじゃないんです」
俺ではなく有真の言葉に対して申し訳なさそうに、遠見はオドオドとそう答える。
空が好きじゃないというのも珍しい答えだな。
「じゃあフィーリングでいい。それでも選べないなら言葉の響きだけで選んでもかまわない。どっちが好きだ?」
別にそこまで必死に追求するような話題でもないのだが、そこであえて踏み込んで聞いてこそ、俺の質問というものだ。
「えっ、えっ……、じゃ、じゃあ夜空で……」
ほとんど泣きそうになりながら遠見はそう答えたが、俺の提示した選択肢には夜空は無かったはずだぞ。捏造するな。
初瀬川といい遠見といい、なぜこちらの選択肢の中から選ぼうとしないんだ。
「まったく、新入部員いじめはその辺にしておきなさい。こいつのことは、あまり気にしなくていいわよ。変な人だから」
「変な人いうな」
そもそも、俺も昨日からの新入部員のはずなのだが。
「お二人は仲が良いんですね」
俺のツッコミを見て、少しうらやましそうに遠見はそう漏らす。
「こいつが馴れ馴れしいだけよ。だいたい、私もこいつと会ったのは昨日が初めてだし」
有真が言うとおり、俺が有真と話をするのもこれで三回目でしかない。
なのになぜ、既にこいつ呼ばわりになっているのだろうか。いや、理由は大体わかるが。
馴れ馴れしいのはいったいどちらなのかは、考えるまでもないだろう。
「まあそんな感じだから、遠見もすぐに慣れるだろうさ。とりあえず、俺はトイレに行こうと思うんだが、お前も一緒に行こう」
そう言って俺は遠見の腕を掴み、そのまま連れ出した。
後ろで有真がなにかを言っている気もしたが、こういう時はとりあえず無視してそのまま出て行くに限る。
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