七不思議はなぜ俺を呼び出したのか
翌日、まず俺を待っていたのは一通の手紙だった。
登校してくるなり、下駄箱の中にそれを見つけたのである。
『放課後、特別教室棟の四階北女子トイレに来てください』
文面はそれだけ。署名もない。
つまり差出人不明であり、相手が女子か男子かもわからないものである。
しかし俺の見解はこうだ。
「転校二日目でラブレターか」
ただ、かわいらしい封筒と便箋、そしていかにもな丸みのある文字から、俺はこれは女子からのラブレターであると判断した。
『いや、その考えは脳天気すぎるだろう』
そんなの俺の考えに、見えないままミラがツッコミを入れてくる。
「なにがだ」
『どこをどう見ても罠じゃないか。さっそくどこかの怪が、あのビラに食いついてきたに違いないぞ』
ミラはそう悪態をついてきたが、罠とラブレターの間にさしたる差もあるまい。
ようするに相手は、俺に来てほしいと思い、この手紙をしたためたのだ。
罠も恋文も同じだろう。
そして二日目の教室もまた、俺にとってその手紙に負けないほど異常事態となっていた。
まず第一の異常事態は、昨日あれだけ俺をかまってきた初瀬川葉菜子が欠席だったことだ。
昨日の放課後のことを考え、少しばかり心が重い。
そして第二には、クラスの中に露骨に俺を監視している目があったことである。
なんとなく視線の主を探ると、なるほど、殻田の取り巻きの一人がこのクラスにもいたようだ。
申し訳ないことに、昨日は初瀬川の相手が忙しくて気がつかなかった。
まあその程度の存在感な下っ端だ。
とはいえそいつとしては俺に注目しないわけにもいくまい。
殻田からもさぞかしキツく言われていることだろう。
こちらからそいつに対してなにかしらのアクションを起こしても良かったのだが、今はまだ別の用件が山積みである。
殻田一派と正面切ってやりあうのは、それらが片付いてからでも遅くはあるまい。
昨日の自己紹介のことやその殻田の取り巻きの動きのこともあり、初瀬川のいない教室では、俺は完全に孤立していた。
殻田の部下以外、誰一人俺に気も留めない。
転校二日目とは思えない孤立ぶりである。
とはいえ、別にそのことはなんの問題もでもない。
露骨な嫌がらせさえ受けないのであれば、こちらの方が落ち着けるというものだ。
誰に気を使うでもなく、誰に気を使われるでもない。
まあ、孤立という名の自由、孤独という名の安定だ。
そうこうしているうちにあっという間にと時間が過ぎて行き、何事もなく放課後となる。
そして俺は、第三新聞部の部室にも行かず、こうして指定場所である特別教室棟四階北女子トイレへとやってきた。
部室棟が活発ということもあり、基本的に特別教室棟は放課後にはほぼ完全に無人となる。
化学部や美術部も基本は部室棟に行くのが、この学園のシステムなのである。
ましてや四階は視聴覚室と社会科室だ。
授業が終われば人が寄り付くはずもない。
そもそも社会科室など授業でも使うことはほとんどない。
実質はただの物置みたいなものだ。
静まり返った廊下を歩くと、自分の足音だけが響く。
逢引をするにはもってこいだろう。
もちろん、待ち伏せにも。
それになにより【学園の怪】こそがよく似会う。
「それで、俺に告白しようという酔狂な女子はどこの誰だ?」
わざとらしくそう言いながら、俺は無造作を装いながら女子トイレに入っていく。
なにしろ普通に見れば完全に変質者である。
これはあくまで、相手にそうしろと言われたからである。
声に出しているのはそんな弁明を含めているのだ。
俺は断じて変質者ではない。
そうして中を覗くと、薄暗い中に立つ一人の女子が見えた。
ふわりとした黒髪のボブカットに、快活で無邪気そうな顔。
まあ俺の好みかどうかはさておき、美少女は美少女だろう。
今度は、俺の少ない記憶でも明確に見覚えがある。
それは間違いなく初瀬川葉菜子だった。
「……やっぱり、お前だったか」
まあ、なんとなく察しはついていた。
今日教室にいなかった時点で答えは絞られる。
そもそも、俺に告白しようという酔狂な女子はこいつくらいしか思い当たらない。
「七白くん、やっぱり来てくれたんだ!」
嬉しそうな初瀬川の声と態度。
だが、雰囲気は明らかに昨日の教室のそれとは違う。
それは【学園の怪】としての初瀬川葉菜子、【トイレの花子さん】の姿だった。
「見え見えの罠だったがな」
そう嫌味を向けても、初瀬川は楽しそうに笑っている。
初対面であの質問さえも受け入れた初瀬川には、この程度の嫌味はいまさらだろう。
「じゃあもし、これが罠じゃないとしたら?」
「趣味が悪いな。普通は来ない。ドン引きでガン無視だ」
初瀬川の質問に俺は素直な回答をする。
いくら人がいないからといっても、こんな女子トイレに呼び出すというのはちょっと勘弁してほしいところではある。
もっと他にいくらでも最適な場所があるだろう。
「でも、七白くんは来てくれたじゃない」
「罠だと思ったからな」
これは本音だ。
実際、ガチな愛の告白だったほうが面倒だと思っていたのは事実だった。
置かれている状況が状況だけに、俺としては人との係わり合いを避けたいところなのだ。
そういう浮ついた話は、俺の周りの厄介ごとが片付いてからでいい。
それにそれ以前の問題として、そもそもこんなところに呼び出して告白する女子は、おそらく面倒極まりない。
その時点でまずお断りである。
「罠なのになんで来たの?」
「罠は踏み潰す方が俺の好みだ」
俺の言葉を聞いて、初瀬川はさらに嬉しそうに微笑む。
うむ、やはり初瀬川はそういう面倒極まりない女子であった。
「やっぱり、七白くんはそういう人だよね。私も、七白くんのそういうところが好き」
どういうところだよ。
もう少し人を見る目を養えとも言いたくなる。
「そりゃどうも」
適当な相槌だけ返す。
なんかもう、初瀬川の目的が罠なのか本当の告白なのかわからなくなってきた。
「だからこれは、罠である以前に、私の本心でもあるの……」
なんだよ結局両方ということなのか。わからないはずだ。
「七白くん、好きです……、あの質問のときから……、部活の話も嬉しかった……。でも……死んで!」
言い終わると同時に、個室トイレの中から滝のような勢いで水が吹き出す。
そしてそれが龍のごとく宙を舞い、濁流となって暴れだした。
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