七不思議と青春は両立するのか

『フム、第三新聞ね……』

 その新聞について教室への戻り道にミラに尋ねると、ミラは苦笑いを隠しきれない様子でそうつぶやいた。

「なんなんだ、これは」

『まあ、自分で読んでもらうのが一番早いんだが、簡単に言えば電波オカルト新聞だよ。学校のあること無いこと、いや、無いことばかりだな。それを書き散らしている新聞。それがその、学園第三新聞さ』

 ミラの口調は心底呆れたようなものであり、その新聞がこいつの中でどういう地位にあるのかを如実に表している。

「【学園の怪】のことなんかについても書いてあるのか?」

『まさか、そんなまともなことが書いてあるわけないだろう。最近の話題はもっぱらUFOと宇宙人についてだったな。曰く、理科の矢原先生は宇宙人だとか、園芸部の花壇にミステリーサークルがあったとか、その程度の与太話ばかりの新聞だよ』

 その言葉で、なんとなく新聞の中身を察することができた。

 まあ、ようするにトンチキでトンデモな新聞なのだな。

「しかし、いったい殻田と何を揉めていたのやら」

『さあね。第三新聞部自体、学校や生徒会から公認されているかどうかも怪しいところだからな。蓋を開けてみたら案外、あの場面は殻田たちの方が正しいことを言っていたというのもあり得ない話でもないかもしれないぞ。そもそも、一つの学校に新聞部が三つある時点でおかしな話だとは思うのだがね』

 それはもっともだ。

 新聞部など、学校に一つあれば充分だろう。二つですら考えにくい。三つあるのはどう考えてもおかしい。

 いくら【学園の怪】と呼ばれる連中が暗躍しているといっても、この学園にそこまで大量のニュースがあるとも思えない。

「じゃあ、居場所というのは」

『当然、普通に考えれば第三新聞部の部室だろう。どこを部室にしているのかは私も知らないが、新聞には書いてあるだろうさ』

 ミラの第三新聞への態度は実に投げやりである。

 だが話を聞けば聞くほど、第三新聞への興味が湧いてくる一方だ。

 もっとも、肝心の中身の記事そのものにはほとんど関心はないのであるが。

『それより私が気になるのは君の珍妙な質問の方だ。たい焼きの食べ始める方向はまだしも、赤と青は、いったいどういう意図であんな質問をしたんだ?』

「さあな、気分だ、気分」

 そうとしか答えようがない。

 俺の質問の元々意味などないのだから、それを求めても仕方あるまい。

『……気分ね。そんな質問をしたがるのはどんな気分なのやら。案外、君自身の失われている記憶の導きかもしれないな』

「記憶、か……」

 そんなミラの分析に、自分でも少し考えてみようと思ったが、やめた。

 俺の質問に意味などない。

 意味のある質問があるというのなら、それは俺の質問ではなく、その場で必要な質問であるというだけだ。




 そして放課後。

「そういえば、七白君はどこに住んでるの?」

 まあある程度予想できたことではあるが、初瀬川が早速まとわりついてきた。

 授業も終わり、もう遠慮無しである。

「学校指定の学生寮だ」

 ぶっきらぼうにそう返す。

 今日は色々としておかねばならないことがあるので、あまりこいつにかまってもいられない。

「ああ、あそこなんだ。でも学生寮って事は一人暮らし? 親の都合で転校してきたんじゃないの?」

「さあ、どうだかな。とりあえず、答える理由はないな」

 まあ、本当のところは俺自身も知らないだけなのだが。

 そもそも、なぜ転校してきたのかさえ知らないのである。興味もないが。

「それより、この学校は文科系の部活が盛んなのか? 新聞部が三つもあるみたいだし。初瀬川もなにか部活に入ってるのか?」

 とりあえず、一応この学園の部活動などについて情報を集めてみることにする。

「私は部活には入っていないよ、色々と事情もあってね。でも、この学校は部活動、特に文科系が盛んなのは本当だよ。七白君もどこか部活に入るの?」

「それを今考えているところだ」

 そうは言ってみたものの、はすでにどこの部に行くかは決まってはいる。

 あとは入部するか否かだけだ。

「もしかして、私と一緒の部に入ろうなんて考えてくれていたとか?」

「いや、それはない」

 そこはとりあえず否定しておくと、初瀬川はあからさまにがっくりと肩を落とした。

「うーん、じゃあ、私の方が七白君の入った部に入ろうかなー、なんて言ってみたりして」

「事情があるんじゃなかったのか」

「うん……、だからちょっと言ってみただけ……」

 意外にも、初瀬川は少し残念そうな表情を浮かべてそう言った。

 どうやら事情があるというのは本当らしい。

「……悪かった」

 思いがけない反応に、俺も思わずそう謝ってしまう。

 なんとなく、初瀬川の触れてはいけない気持ちに踏み入ってしまったような気がしたのだ。

「そんな、謝ってもらうことでもないよ。さっきも言ったけど、この学校は本当に文科系の部活が盛んだから、運動部よりそっち系の方が楽しいかもね」

 少し寂しそうに微笑んで、初瀬川は静かに背を向けた。

 自分とは住む世界が違う。

 そう認識したような、そんな顔だった。

 なんだそれは。

 俺は、そんな態度を許容できなかった。

「さあ、どうだかな。部活動なんて性に合いそうもないし、結局どこの部にも入らないかもしれないぞ。俺にも、事情がないわけでもないしな」

 初瀬川に話を合わせた部分もあるが、その言葉の内容は概ね事実である。

 俺自身、部活動で青春をエンジョイするなんて柄ではないし、ミラからの『仕事』を考えると、そもそも暢気に部活をやってる場合でもない。

 つまるところ、すべては第三新聞部次第なのである。

「うん、七白君にはまともな部活は難しいかもね」

 そう言って初瀬川は振り向き、笑う。

 これまでの屈託のない笑顔と違い、無理して笑っている感がありありだ。

「それは俺もわかってる。まあせいぜい、相手がお前みたいな物好きなことを祈るさ。たぶん俺の青春とやらは、そういうタイプ無しでは成り立たん」

 だから俺も、そうやって初瀬川を笑ってやった。

「物好きとか、ひどいなあ……、でも、ありがとう」

 少し頬を染めて、やっと、初瀬川も初瀬川らしい笑みを返す。

 世界は、繋ぎとめられたのだろうか。

 それはわからないが、俺は初瀬川が笑ってよかったと思っていた。

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