グラム共和国編⑤ 〜情報収集〜

 レオとステラが傭兵殺しの捜査を本格的に始めてから1日が経ち、グラム共和国滞在5日目になった。


「あーもう!! なんでなんも情報が無いわけ」


 ステラは苛立ちを隠すこともせず机をバンバン叩く。


「まあ落ち着けステラ」


 俺は苛立っているステラをなだめつつ昨日一日街で調べた情報を頭の中でまとめる。



 グラム共和国中央都市にて起きている連続殺人事件。殺されている被害者が全員傭兵であることから犯人は通称・傭兵殺しと呼ばれている。


 事件は全て夜の間に行われる。1番最初に事件が起きたのは1年前。そこから何度も犯行が行われている。そして一度の犯行の後必ず2日以上のスパンが開く。


 共和国政府は傭兵に何度か依頼をするが被害者が傭兵のみという都合上依頼を受ける傭兵があまりおらず解決の目処が立っていない。


 被害者が確実に殺されていることそして不自然なほど目撃者がいないことからどのように犯行が行われているかわかっておらず対策のしようがない。

 逆に目撃者が全くいないことからそういう祝福ギフト持ちの可能性もある。


 といった感じでこの事件の犯人についての情報は驚くほど少ない。


 俺はここまで整理するとイライラしているステラをよそに大きくため息をつく。


「なによレオ」


 ステラは俺のため息の理由を勘違いしてか椅子から立ち上がり俺に詰め寄る。


「違う。ため息は別の理由だ」


「じゃあどうしてため息なんかついたのよ」


「圧倒的に情報が少ない現状を思うとどうしてもな……」


 俺はため息をついた理由を正直に答えるとステラは目を丸くしていた。


 さっきまで怒りで我を忘れていたステラのこの変わりようを訝しげに思っていると


「驚いた」


 ポツリとステラの口からその言葉がこぼれた。


「何でだよ」


「いや、だってレオは反対なんじゃないの? この件に関わること」


「ん? ああもちろん反対だ。だけどいくら関わるなって言ってもお前は聞かないだろ? だったら早めに決着をつけたほうがいいと思ってな」


「むっ!? ……まぁそのそれに関してはごめんなさい」


 ステラはゾンダの店でのことを思い出したのか反省した面持ちで俯く。


「かまわねぇよ。子供のわがままを聞くのは大人の務めだ。すごい無茶じゃない限り手を貸してやるよ」


 俺は笑いステラの頭をちょっと乱暴に撫でる。

 ステラはその手を顔をしかめつつも受け入れて振り払おうとはしなかった。


 それからしばらくしてステラの怒りも完全におさまった頃合いを見て俺はこれからのことについてステラに相談することにした。




────────────────────



 結局色々と話した結果今日1日は俺とステラは分かれて行動することにした。

 ステラは街や昨日のように都市会館で何か追加の情報がないか探るらしいから俺は別ルートで情報を得るために裏路地に入っていった。


 この都市は基本的に道路整備などもしっかりやっているお陰で裏路地とは言ったものの薄暗かったり湿っぽかったりなどの悪い雰囲気はあまりしない。

 その代わりと言ってはなんだけど表だと入れる店が少ない傭兵向けの店が多かったりするためガタイのいい強面の男が多い。

 そして俺は少しボロい酒場にたどり着いた。


(さてと、ここに来るのは3年振りか……まさかだと思うが俺の正体を知ってやつはいないだろうけど一応気をつけないとな)


 俺は自分の正体が露見しないよう注意しつつ酒場の扉を開いた。

 酒場の中には傭兵がちらほらといてそのだいたいがこちらを品定めするような視線を向けた。

 俺はそのだいたいの視線を無視してカウンターの前にいるこの酒場の店主のところに向かった。


「ん? なんだいおまえさん、ここらじゃ見ない顔だがこの店がただの酒場じゃねえってことはわかるだろ?」


 店主はカウンターに座る俺にそう言う。

 俺は上着のポケットから銀貨を1枚とりだして店主に渡し要件を言った。


「まだ朝だから酒以外の飲み物を1つそれとここ最近この都市を騒がしている傭兵殺しについての情報をあるだけくれ」


 店主は銀貨を受け取ると背後に並んでいる瓶の1つをとってコップに注いだ。


「ちと遠い国の薬湯に流れ者ドリフターが持ってきたリンゴっちゅう果実の汁を混ぜた飲みもんだ。酒のような風味がするが酒じゃない飲み物だぜ」


 俺は飲み物を注がれたコップを受け取りそれを飲む。

 店主が言う通り確かに麦酒と果実酒の中間のような味がするが酔うような感覚のしない不思議な飲み物だ。


 店主は俺が飲み終えるのを確認すると銅貨15枚を返してきた。


「その飲み物が銅貨5枚、情報料は銅貨30枚だ。それは釣りだ」


「銅貨30枚か……てことはそこまで期待できねぇな。てか、あの飲み物高くないか?」


 俺は返してもらった銅貨15枚を腰につけた巾着にしまう。

 そして案外高かった飲み物に驚いた。


「そりゃ酒場だ。酒より酒以外の飲み物の方が高いに決まってるだろ」


 俺は店主の謎の理論に頭を捻りつつ情報を催促した。


「さてと傭兵殺しについてだな。俺が得られた情報だと犯人の詳しい情報はなんもねぇ。が、奴は相当傭兵を憎んでる可能性があるな」


「その根拠は?」


「殺されたやつらの死因だ。酷いもんだぜ1発で殺さずに何度も何度も滅多刺しこれが憎悪による犯行じゃなきゃただのイカレた殺人鬼だな」


「1つ聞きたいんだが被害者は全員傭兵なんだな?」


「ああその通りだ。だから“傭兵殺し”なんて呼ばれてるんだろ?」


「そうかありがとな店主。お陰で色々とわかった」


 俺は店主に礼を言ってカウンターから立ち上がる。


「なああんたあんまりこの件には深く関わんない方がいいぜ。せっかく正規ルートでこの国に入ったんだろ?」


 店主の目線は俺の首元に向いている。

 俺は店主の心配をありがたいと思いつつ首を振る。


「俺もそう思うけど俺のツレがそう決めちまったんだ。だからもう関わんないってことは無理だな」


 俺は再度店主に礼を言い店を出た。

 最後に店主は少し苦い顔をしていたような気がした。



────────────────────



 レオと別行動することになった私は昨日同様都市会館や街のあちこちで傭兵殺しの情報を集めていたがやっぱり結果の方も昨日と同じであまり芳しくなかった。

 粘り強く調査しても得られた情報は昨日と同じものばっかりだった。


「あーもうイライラする!! なんで人が死んでるってのにこんなに街の人はあんまり関心ないわけ」


 そして私は気づいたら2日前と同じように不機嫌なオーラを放ちつつ街を歩いていた。


「やあやあそこの可愛らしいお嬢さん。私と一杯お茶でもどうだい?」


 そんな不機嫌な私に後ろから声をかけてくる輩がいた。

 私は声の主を確認するために振り返る。

 声の主は黄土色のトレンチコートに身を包み特徴的な両目を持つ男性だった。


「あら、あなたは……」


 私は一応お姫様だった頃のように丁寧な口調切り替えた。


「おや、私のことを覚えていてくださったのかな? ステラ・フリューゲルさん」


「ええ覚えていますわ。ボニラ・アベンジさん。こんな小娘を口説こうとした人を忘れるわけないじゃないですか」


「ははは、そんな謙遜を。あなたは十分美しい女性ですよステラさん」


「そう言っていただきますと女としては嬉しい限りですボニラさん。で、御用はなんでしょうか?」


 私は丁寧なお辞儀をする。

 ボニラさんはニコリと笑顔を絶やさず


「先ほども言った通りお茶のお誘いをしたいんですが今回はお時間空いておりますか?」


 ボニラさんの質問に私は少し考え込む。


 今私は傭兵殺しについて調べていたが正直成果はあまり芳しくない。そう考えると今お茶なんてしている時間はないが確かボニラさんは商人。もしかしたら何か知っているかもしれない。


 私はそれを思いつくや否や


「色々と行き詰まっておりましたのでそのお誘い是非受けさせていただきます」


 と答えた。


 するとボニラさんは余程嬉しかったのか


「そうですかありがとうございます!!」


 と少し興奮気味の返事が返ってきた。




 そして私はボニラさんと一緒に喫茶店に入った。

 この喫茶店はボニラさんの商会から資金を少し出しているらしく落ち着いた雰囲気の内装が個人的に気に入った。


「とてもいいお店ですね」


 私は素直な感想をつげる。


「そう言ってもらえると連れてきた甲斐がありました。私もここは気に入っていて妻と一緒に行きたいと何度か思いましたね」


「えっと奥さんがいるんですか?」


 私はボニラさんの発言に入っていた妻という単語に気づきそう尋ねる。


「あぁすいません。私から誘ったのに妻の話なんてしてしまった……ですが気にしないでください。妻は4年前に亡くなっていますから……」


 ボニラさんの暗い顔を見て私はこの人が本当に奥さんを愛していたんだということを感じた。

 だからこそ少し疑問に思った。


「申し訳ありません。辛いお話させてしまって、ですがそれだけ奥様を愛していらっしゃるのにどうして私を誘ったんですか?」


 私はその疑問をボニラさんに率直に聞く。

 ボニラさんは苦笑いしつつ


「失礼とは思うんですがそのステラさんが私の妻に少し似ていまして思わず声を掛けてしまったんですよ」


 と答えた。

 私はそれを聞いて


「ボニラさんは本当に奥様を愛していらっしゃるのですね。そうやって一途に想われ続けている奥様が少し羨ましいです」


 自然にこんな言葉こぼれていた。


 ボニラさんは変わらず苦笑いして「お恥ずかしいはなしです」と答えた。




 そのあと私はボニラさんから奥様との思い出の話を聞きこの都市でのあったことなど色々とお話した。


 そして気づいたら長い間話しており喫茶店に入ってからだいぶ時間が経っていた。


「すいません私から誘っておいてですがそろそろ商会の方での仕事に戻らなければいけないので……」


 ボニラさんにそう言われ私は自分が何をしなければいけないのかを思い出した。


「私の方もまだまだやらなければいけないことがあるので問題ありませんよ」


 私はニコリと笑顔を浮かべたが内心相当焦っていた。

 ボニラさんとの話が案外弾んでしまったため少しで終わらせるはずだったお茶の時間をかれこれ2時間近く伸ばしてしまった。

 そして支払いのために席を立とうとしたボニラさんを私は本来の目的のために慌てて引き止めた。


「すいませんボニラさんすぐに終わるので1つだけ聞きたいことがあるのですがいいですか?」


 ボニラさんは一瞬キョトンとした顔したがすぐに笑顔になった。


「問題ないですよ? 私で答えられることなら出来る限り答えますよ」


 私はそう言ってくれたことに感謝し本来の目的を果たすことにした。


「あのボニラさんここ最近噂になっている“傭兵殺し”っていう殺人鬼について何か知りませんか?」


 私のこの質問を聞いた瞬間ボニラさんの表情が一瞬消えたように見えた。私は背筋が凍るのを感じた。だが気づいたらボニラさんは少し硬い微笑みに変わっておりさっきの恐ろしい感じはしなかった。


「一応噂は聞いていますよ。だけどステラさんのお力になれるほどの情報は持っていません。すいません」


「あ、いえいえ大丈夫です。被害者はだいたい傭兵なので街の人が詳細を知らないのはしょうがないものですし」


 そのあと私はお茶と奥様との思い出話を聞かせてもらったお礼を言い喫茶店を出た。


「結局これといった情報はなしか……レオは何か情報を得られたかな」


 私はそんなことを考えながら少し寄り道しつつ宿に戻ろうと歩みを進めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る