#4 死ぬのはみんなヌイグルミだよ。

 「ああ、よかった。なんだか安心している」

 と、ユキからメッセージがきていた。

 仕事が見つかるかも知れない、と彼女に伝えたのだ。伝えたのは彼女だけだった。

 仕事の詳しい内容は伏せておいて、これからミーティングのようなことをする。とだけ返信した。

 「うまくやろうなんて思わなくていいから、根拠のない自信だけ持っておけばいいよ。わたしもそれでなんとかなったから」

 と、彼女のアドバイスだったが、そのアドバイスは僕には役には立たなそうだった。根拠のない自信というものをどうやって持てばいいのか見当もつかなかった。自信をもてと言われて自信を持てるのは、最初から自分を信じることができている人間だけで、僕はそうではない。

 

 僕とユキは幼なじみだった。

 もし幼なじみでなければ、ユキと知り合うことはなかっただろう。僕とユキはほとんど別の種族と言っていいほど違う種類の人間だった。

 ユキと知り合ったのはまだ子供の頃だった。

 彼女が外国から転校してきて、たまたま同じクラスになった。彼女は外国のやり方でクラスに参加しようとして、そのせいでクラスにうまく馴染めなかった。いっぽう僕は、ただたんにさしたる理由もなく孤立していた。

 そんな出会い方だった。

 僕は根本的に他人にあまり興味がないタイプの子供だった。だからユキにも普通に接した。彼女が孤立している外国からの転校生だろうが、そうじゃなかろうが、興味がなかったからだ。だから他のクラスメートに接するように彼女に接した。

 孤立していたユキには、僕のその態度が、とてもフェアで人間味あふれるものに映ったようだった。それは誤解だったが、まあ幸せな誤解ではある。それで友人になった。いまの僕にとっては、ゲームを介さないでできたただ一人の友人だった。


 ユキはすぐに適応し、思春期に入る前に孤立はとけた。

 大学に入ると、彼女はボランティア・サークルに入り、普通だったら行かないような国に何度も渡って奉仕活動につとめた。就職活動のためのポイント稼ぎではなかったと思う。もとの彼女の性格からくるものだ。

 外交的で、人間というものが根本的には好きで、同情心が深い性格。ごく少数だが、人間にはそういう「真の人類」みたいな人々が存在する。僕とはおおむね真逆と言っていい種族だ。

 もしもう少し大人になってから、たとえば思春期やそれを過ぎてからユキに出会っていたら、たぶんお互いに一切接点をもつことはなかっただろう。人生のある時点をすぎると、ちがう精神的種族の、それも異性とは、仲良くなるチャンスはぐっと少なくなる。金や実益があいだに入らない限りは。

 ユキが今でも僕を心配してくれるのは、僕が、彼女がこの国で最初に作った友達だったというただ一点に拠っている。それ以外に僕は彼女に提供できる魅力は何一つない。たぶん。


 僕が彼女のメッセージを読んでいたのは、オフィス街にあるカフェテリアだった。

 待ち合わせに指定されたのがそこだった。店の内装は北欧風で、客のほとんどは裕福そうなビジネスマンだった。安物量販店のシャツを着た僕は浮いていたが、店員の態度はとりあえず誠実だった。

 席につくとすぐにウェイターがきた。なにも注文したくなかったが、とりあえずコーヒーを頼んだ。コーヒーの値段は僕の二日ぶんの食費と同じだった。

 ベージュのジャケットを着た欧米人が店内に入ってきた。彼は店内を見回し、僕を見たあと、ウェイターに何か言って、まっすぐ僕のところにきた。

 「会えて嬉しい」

 彼はミシェルと名乗った。フランス人ですかと訊くと多少うれしそうな顔になった。

 ジャケットの下はさんご色のシャツ。ノーネクタイだが、洗練された着こなしではある。デザイナーか、あるいは怪しげなセミナーの講師といった風体だった。

 「私は食事をすることにします。良ければ君も」

 そう言って彼はウェイターを呼び、フランスなまりの英語で料理をいくつか注文した。僕のぶんも注文したようだった。僕は支払いが気になった。


 「昔は、キーボードのタイピングや簡単な計算ソフトが使えるだけで、そこそこましな仕事につくことができた。少なくとも最低賃金ではない仕事に」

 ミシェルはそう話を切り出す。

 「いま、そこそこコンピュータを使える人間はありふれている。それだけで条件のいい仕事につくことはできない。できて当たり前とされるし、あまり割は良くない」

 彼は運ばれてきたエスプレッソに砂糖をどばっと放り込む。

 「それはおもに供給面の問題だ。いまの労働者のほうが平均レベルは高いはずだ、でも、おなじ技能の持ち主がたくさんいる。だから給与は安くなる」

 ぼくは彼が何を言おうとしているのか、すこし推測する必要があった。

 「神経コンを使えるのはそんなに珍しい? ですか?」

 僕はそう言った。彼は満足そうな反応をした。

 「そう言っていい。才能と言っていいと思う」

 「そうかな」

 「技術が進歩したときに問題になるのは、むしろ人間のほうが技術に合わせられるかだ。人間の世代交代は、技術のそれよりずっと遅い。君たちの……ええと、なんだ。競技ゲーマーの世界では、脳波による入力デバイスは普通かもしれないけど」

 「ええ」

 「人類全体で言えば、かなり珍しい」

 ミシェルはそこから、すこし技術的なほうに話を移した。

 「まだ洗練されているとは言い難いテクノロジーだ。人間のほうが機械に合わせる必要がある。脳活動には個人差がかなりある。脳の個人差は手足の個人差の比ではないし……微調整もそのぶん難しく、なにより主観的なものになる」

 「機械に読み取りやすいような脳波を出すんです」

 僕は言った。

 ミシェルは目の色を変えた。

 「厳密な表現じゃないけど。そういうコツがあるんです」

 「それは、どうやる?」

 「自動音声読み取り装置に聞き取りやすいように話すのと、原理は同じです。機械に声を聞き取らせるときははっきり話すでしょう。あれと同じです」

 「もう少し具体的に頼む」

 「なるべく明確に思考する。志向的に、筋肉をちょっと過剰に緊張させるようにする」

 「なるほど?」

 「敵意を持つときは明確に持つ。敵キャラを殺したいときは殺したいとはっきり考える。他のことは考えずにマシーンみたいに思考する。なるべく言語化して、自分に言い聞かせるように思考する。あとは……特定の動作のときに足の親指を緊張させるとか、そういうサインを決めておいて、機械に覚えさせる」

 ミシェルはかなり真剣な顔で僕の話を聞いていた。

 「いいね。すばらしい」

 「神経コントローラを使うゲーマーの間では、わりと流通しているテクニックです」

 彼はしばらく、一人で納得するように頷いていた。

 「少し話を戻そう。なんにせよ。こちらの求めるような入力精度であのデバイスを使えるような人間は珍しい。だから、こうやってアプローチしている」

 「求める精度というのは、人を銃で撃てるぐらい?」

 「まあね」

 ミシェルはとくに悪びれもせずに言った。

 「実際にはもう少し高度なことをしてもらう」

 「というと?」

 「だからつまり、ただ人を撃つんじゃなく、その。なんだ」

 彼は曖昧な笑顔を作る。アルカイックスマイルというやつだ。

 「ちゃんと撃ってもらわないと困る」

 「できることは、やりますよ」

 「……いままでで君がいちばん説明が楽そうだね」

 サラダが運ばれてきて、会話は一時的に止まる。僕のぶんもあった。

 「条件の話に移ろう。うちで働いてもらうなら、約束してもらわないといけないことがたくさんある。そしてその約束のほとんどはどうでもいいようなもので、しかも重要だ。そういうものなんだ。うちみたいな会社で働くのは」


 「べつに戦争をするんじゃないさ」

 小エビのたくさん入ったサラダだった。シーフードなんて久々に食べた。

 僕はサラダを食べながら、じっと話を聞いていた。

 「うちの会社が扱う案件は、戦争未満のレベル。せいぜい抗争ぐらいのものだ」

 「どう違うんですか?」

 「対戦車兵器なんかが出てくる案件は扱わないってこと」

 「理解しづらいです」

 「つまり……まあ、言ってしまえば、我々が『対処』するような人々は、ほとんどがごく貧しい人々だ。貧しいというのはわれわれ先進国の基準でね。ありあわせの、ろくに統一されていないような武器を使っていたりする」

 緑色のポタージュスープが運ばれてくる。

 もちろん僕のぶんもだ。どうやら、彼はコース料理のような頼み方をしたらしかった。僕は音を立てずに飲むのに神経を使わなければならなかった。

 「ようするにどこかの国の正規軍とかと戦うような話じゃないってことさ。それはうちのビジネスじゃない。スポンサーも国家とかではない。もっと……」

 「たとえば?」

 彼の言い方は歯切れが悪くなる。

 「仮定の話だよ。これは。実際にあったケースじゃない。そう思って聞いてくれ。たとえば、民族がらみのいさかいがある地域に、たまたま鉱物資源がある。土地の権力者はそれを掘りたいが、別の先住民族がそこに昔から住んでいる。誰も彼もが金を受け取って移動に同意するとは限らない、おだやかなやり方では移動してくれそうにないグループが残る」

 トリュフの乗ったクリームパスタが運ばれてきた。

 「とはいえ、鉱物資源は魅力的だ。先進国はそれを高い値段で買ってくれそうで、そこの人々にちょっと乱暴なやり方でどいてもらう程度の価値はある……そういうケース。ああ、冷める前に食べて」

 僕はパスタを食べた。トリュフはジッポライターのような味に感じられた。

 正直、美味しく感じなかった。べつに僕はグルメではない。

 「汚い仕事をやるプレイヤーが必要になる。まあ、そこで、いくつかの……当社の『作業機械』が投入される。遠隔操作で動く人間型汎用機械だ。もちろん土木作業と調査が目的だ」

 「建前上は?」

 「さあね。とにかくその機械はそれなりにタフだ。力は人間の何倍もあって疲れない。人型で人間が遠隔操作するから、人間用のツールがだいたい使える。人間用のツール。それがスコップだろうがチェーンソウだろうがライトマシンガンだろうが」

 「だいたいわかったけど、最後まで聞きます」

 「その土木作業現場で、まあ、不幸な『事故』が起こる。作業場にいた無関係の人々が巻き込まれてしまうが、それはビジネス上のトラブルだ。死体が土砂に埋まって出てこないときもあれば、地元の権力者がトラブルを収拾するときも。まあケースバイケース」

 「その作業員が、僕ですか」

 「土木作業の機械を遠隔操作するだけだ」

 しばしの沈黙があった。

 二人で黙ってパスタを食べ続けた。

 「報酬はとても高い。失礼な言い方だが、きみの経歴でうちより高い報酬をきみに提示する会社はないはずだ。断言する」

 「僕の経歴を調べたんですか」

 「調べるに決まってるじゃないか」

 ミシェルはかなり器用なやり方で最後のパスタをすくって食べた。

 「重ね重ね失礼だが、いくつかのゲームのチャンピオンシップ以外で、とくに華々しいといえるものはなかった」

 「まあ、事実ですね」

 僕はため息をついた。

 「契約書をメールで送るが、一部プリントアウトしてきた。見てみてくれ」

 ミシェルは紙を僕に手渡した。ちょっと冗談みたいな金額が書かれていた。

 「君の国の通貨じゃないから、報酬額を検討するときにケタを間違わないでくれ。それから、もう少し座っていてくれ、ピスタチオのアイスクリームが来るはずだから」

 「……」

 「ところで。イヤなものを見ることになるんじゃないかと心配する必要はないよ。死ぬのはみんなヌイグルミだ」

 ミシェルは僕にそう言った。

 「ぬいぐるみ?」

 「きみにはそう見える」

 「ぬいぐるみに?」

 「地球の裏側の、どうだっていいぬいぐるみだよ。殺せばお金がもらえる」

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