こうざん・ジャパリカフェ

「はぁ、はぁ……博士。ほんとにこんなところにカフェ? でしたっけ――建物があったんですね」


 博士であるわたしと助手のふたりは、高山へとたどり着きました。

 そこには同じトリであるトキもいるらしいですからね。

 トリ仲間としては直接おもむきたかったのです。


 われわれはトリのフレンズなので。

 高いところに行くのなんてへっちゃらなのです。


「……博士。ならこのロープウェイ、でしたっけ。わざわざ私が漕いで登ってきた理由は……」


 助手が息も絶え絶えにたずねてきました。そんなこと、言わずもがななのです。


「飛ぶことができるとはいえさすがにここまで高いところまで行くのはめんど……いえ体力的に厳しいですからね。助手なら、ワシ的部分を発揮すればへっちゃらだと思ってですね? それとも、助手の猛禽もうきん類としての力はそんなものなんですか?」


「ぐっ……わ、われわれは猛禽類なので……! へっちゃらなのです」


「そうそう、それでいいのです。われわれは獰猛どうもうなので、労働もお手の物なのです」


 もちろん私も鬼――もとい、セルリアンじゃありません。カフェに入ったら、好きなだけ紅茶を飲んで休むといいのです。



 ――それにしても。


 アルパカの「スリ」のほうから話だけは聞いてはいましたが……この高山にある遺跡、『マチュ・ピチュ』というものを模しているんでしたっけ。


 こんなところにあるなんてね。どうりで、お客さんなんて普通にしてたら来るはずもありませんね。


 なんでもここでもかばんが、地上絵を書き上げるという叡智を見せたことで、客も来るようになったそうですね。

 

 ここもかばん。

 やはりあの存在は叡智をもとに発展をもたらすもの。

 しかしオオカミの聞くところによると……あれはヒトなのか、それとも……



「ふわああぁ! いらっしゃぁい! よぉこそぉ↑ジャパリカフェへ~! どうぞどうぞ! ゆっぐりしてってぇ! いやま゛っ↓てたよぉ! 嬉しいなあ! ねえなんにぃのんむぅ? 色々あるよぉ、これね、紅茶って言うんだってぇハ↓カセに教えてもらったンの! ここからお湯が出るからそれを使ってにぇ! ……って、ハ↓カセじゃないンの! どうしたぬぉ!?」


 アルパカ・スリ――律儀りちぎに構文お疲れ様なのです。


「アルパカ、私は疲れているのです。われわれはエラいので、さっさと紅茶をよこすのです」


「ワシミミズクは相変わらずしこってるのね! いいよぉ、紅茶はいっぱいあるから、いっぱい飲むといいよぉ」


「わーい!」


 助手のやつ、サーバルの口癖が伝染うつっているのです。あいきゅーが下がっているのです。ゆゆしきことなのです。


 なお、ここで解説しておくと、「しこる」というのはアルパカのしゃべる方言というやつらしく、「かっこつける」という意味らしいです。

 

 なんでそんなことまで知っているのかって? それはアレですよ、コノハちゃん博士ですから。



「あら、博士。久しぶりね」

「ん? トキ。来ていたのか、なのです」

「ショウジョウトキもいるわよ。どう? 久々に私の歌聴いていかない?」



 え゛



「なか~~~~~まが~~~~~~いっぱい~~~~~~♪ ジャパリ~~~~~~カフェ~~~~~~~♪」


 ――覚悟して聴いたけれど。これは、思いのほか……



「トキ。いつのまにか、少し歌がうまくなっている……!? いったい何をしたですか!?」


「のどにいい紅茶をれたんだゆぉ! ハカセも飲むといいんだよ!」


「ふむ……そういうことでしたら。飲まないこともないでしょう。わたしにも紅茶を。はやくよこすのです」

「はいはい。待っててねぇ」



 ベランダの座席で紅茶を待っている間に、われわれは今回来た最大の理由――かばんのもたらした叡智えいちを、トキたちに「伝道」したのです。



「なんてことなの。私のこれが外せるなんてね」


 トキが素足をさらす。


「でもこの色はファン第1号のあの子がきれいだと言ってくれたから、やっぱり外したくはないわね」


 トキはそう言って、脱ぎ捨てたあかき物を再び装着し直したのです。やはり、自分らしいところに関してはフレンズ化しても譲れないところがあるのでしょう。


 え、タイツは履いたままがいい? トキはわかってるって?

 ……あれ、タイツっていうのですね。

 ヒトの話すことは博士たるわたしでもたまによくわかりませんね。

 


 アルパカが到着し、慣れた手つきで紅茶をテーブルへ並べていく。


「お待たせぇ~! ねぇなになに、なんの話ぃ?」


「私たちの皮が脱げるんですって。アルパカ、知ってた?」


「えーーーーっ! 皮を脱ぐなんて、さむいよぉ! こんな高いところじゃ、カゼひいちゃうゆぉ!」 


「フフフ、アルパカらしいセリフね。でも」


 トキは立ち上がり、アルパカと目の鼻の位置まで迫ったのです。


「あなたはフレンズじゃない頃から皮で覆われていたみたいね。もふもふの皮で守られた身体はどうなっているの? 体を見たいわ」


 その子の体を見せてちょうだい! 

 

 ……とでも言いたげな顔をしてますね、ヒトよ。こほん。ま、まあいいでしょう。



「そ、そんな、いきなりそんなこと言われても、困るよぉ……」



 うろたえるアルパカの目の前で、トキはするりとみずからの白い「服」を脱ぎ捨ててみせる。タイツ? は履いたままで。


「……確かに、脱ぐとこれは寒いわね」

「でしょでしょぉ~? 向いているフレンズとそうでないフレンズがいるんだよ!」

「……でも、アルパカの淹れてくれる紅茶を飲めばすぐにポカポカになるじゃない。大丈夫よ」


「う、うぇぇ……? う、嬉しいような……なんか複雑だよぅ……」


「……確かに、身体は寒い。でも、なんだか、心はぽっかぽかなの」


「……トキ?」


「不思議よね。フレンズ化していなかった頃は皮を脱ぐなんてこと、考えたことすらなかった。……これが、ヒトの形になるということ。ヒトの形になったことで得られた悦び……。ヒトってすごい。フレンズってすごいのね」 


「……さむいのに、あたたかい? へんなの……」


「あなたも脱いだのね。肌色の顔が、赤く染まっているわ。なんだか私も、身体の内からぽかぽかしてくる感じ……私もそう見えているのかしらね、ショウジョウトキ」


「そうですね。ほほが鮮やかに……でも長時間この姿でいるとさすがに身体に悪そうですね」


「そうね。ならば答えはひとつ……協力してくれるかしら?」


 もう一人のトキの仲間、ショウジョウトキはうなづく。



「ふぁぁぁ!? ふたりともどうしたのぉ!? こ、怖いよぉ!?」



 おびえるようなアルパカの表情。そうか、あの子はフレンズ化する前、ヒトに皮を――


「大丈夫よアルパカ。脱いだ服はまた着れる。それに、なんで寒いちほーで過ごしていたヒトがあなたの皮を求めたのか。その意味が、わかるかもしれないわよ」


「ヒトが……私の皮を求めた……意味……?」


「そうよ。私もヒトによって、一時は絶滅させられかけた。まったくヒトをうらんでないかと言われれば、それは嘘になるわね」


「……」



「でもね。かばんという子。あの子がヒトだと聞いて驚いたけど……ヒトにもいい子がいると思ったの。こうしてフレンズとなってヒトの目線で見ることによって、ヒトの考えも少しはわかるようになった。フレンズになるということは、ヒトのことを学ぶことなのかもしれない――そう、思ったのよ」



「……トキ、意外と色々と考えてたのですね。ただ脳天気に歌っているだけだと思っていたのです」


「あら、博士。それはひどいわ」


「あはは……ふふふ」


 浮かない顔をしていたアルパカにも、少し笑顔がこぼれるようになりました。吹っ切れたのでしょうか、少し表情が軽くなりました。 



「そう、かもしれないね。ヒトのことを知る、か。……よろしく頼むよ」

「……ありがとう。気まぐれに付き合わせて、悪いわね」


 トキとショウジョウトキはアルパカを覆っている厚手の服をやさしく脱がせる。



「この格好で空を飛んだら、どうなるのかしらショウジョウトキ」

「いつもより寒いでしょうね。でもそれは、いつもよりも風を感じることができるということ。きっと、気持ちいいと思う」


「そうね――博士たちもどう?」


「わ、われわれはそのままで。ねぇ助手。……助手? どうしたのです?」

「博士。さっきは私がロープウェイをめいっぱい漕ぎましたよね?」


 じょ、助手の目がわっているのです。

 あ、あれは間違いない……獲物を定めたワシの部分なのです……!


「!? ……ちょ、ちょっと助手!? わ、悪かったから。あやまるから。お、落ち着くのです……」


「猛禽類の本能、久しぶりに思い出したのですよー!」

「わきゃーーーーっ!?」

「ミミちゃん助手。グッジョブ」

「トキーーーー! 覚えていやがれですよーーーー!!」


 フレンズ化した姿ではわからないですが、けものとしての姿はわたしよりもミミちゃん助手のほうがはるかに大きいのです。本気を出されたら、実はひとたまりもないのです……!



 そうしてまんまとわたしも身ぐるみがされてしまったのです。



「博士、かわいい。博士のすべては天からの恵みなのです」

「う、うるさいですよ助手」

「あらほんと。かわいらしいわね。その控えめな胸部も」

「こらトキ。それはお前も同じなのです。調子に乗るなですよ……!」

「博士の頬も猩々しょうじょうのように赤々としてますよ」

「う、うるさいうるさい! うるさいのです! コノハ博士ちゃんをからかうとは……許しませんです!!」

「うふふ。ごめんごめん。博士のそんな顔、見るのが珍しくて、つい」


 トキは穏やかな笑みを浮かべて、わたしの手を取り、しっかりと握りしめるのです。


「さあ。博士も。いっしょに、飛びましょ」



 そうして、わたしたちは、高山の上空を、素肌のままで飛び回ったのです。トキに抱えられたアルパカは身体を震わせながら叫ぶ。


「……しゃむい。しゃむいよぉ!」

 トキが応じて答える。


「そうね。さむいわね。寒さに慣れっこの私たちでも、服がないと寒いのね。分厚い体毛を持たないヒトは、あたたかいものを求めていたのね」


「……」


「それは、私たちも同じなのよ。アルパカ」

「……同じ?」


「のどがよくなるというのもあるけれども――あなたの紅茶を飲むとあったかくなれる。あったかさを求めるのは、ヒトも、フレンズも。同じだと、思わない?」


「!! ――うん、わかったよ。今日も明日もあさっても。いつでも、紅茶を淹れてあげる! いつでも、ジャパリカフェを開けて、待ってるよぉ!」


 ……トキのやつ。トキのくせにいいこと言うじゃありませんか。まったく、ふたりのあんな笑顔を見せられたんじゃあ――今回は、完敗ですね。



 ――でも。


「くしゅんっ! 寒い! 殺人、いや殺鳥さっちょう的な寒さなのです! 背に腹はなんとか! 火です! この寒さは火を使わないとやってられないのです!」


「そこは大丈夫だよ~。だんぼーっていうの? 入れられるから~! 中はとても暖かくなるよ~! ……まあそれやるとしばらく紅茶淹れられなくなるんだけどね」


「どっちかしか無理なんですか! 不便ですね!」

「あははは」

「むふ」

「ぷっ……はははは。まあいいです。許してあげます」


 身体の寒さが、少しだけやわらいだような気がしたのです。



 ――あなたたちヒトを乗せて行くのも面倒なので、以前われわれが訪ねた時のことを話してやったのです。われわれの話もせねばならなかったので少し複雑な気持ちでしたけれど……これで気は済みましたか。


 なに? その紅茶が飲みたい、ですって……!? 


 仕方がないですね。そこの水でアイスティーにするといいのです。

 

 え、温めたいだなんて……火を起こすということですか!? 

 無用に! みだりに!


 あまりわれわれをおどさない方がいいのですよ……! 

 われわれは猛禽類なので……! コフォォォォォ……!


 え、料理を作った時にさんざん火を起こしたじゃないかって?

 そ、それとこれとは別なのです。別なのです。


 もっと料理を作るから、って? 

 

 なるほど……そういうことでしたら、いいでしょう。

 これからもわれわれのために料理を作りやがれなのです。


 なんだか気分がよくなったので、もうひとつ、さばくちほーの話もしてあげることとしましょう。出血サービスってやつなのです。

 コノハ博士ちゃんに感謝するのです。

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