火災調査団スクワッド

ペンネーム梨圭

第1話 時空侵入者

 緊急車両が何台もサイレンを鳴らして走り去っていく。近隣の消防署と出張所に通報が入ったのか途中の道で合流する。

 高尾山に続く道路に駆けつける消防車。レスキュー隊を乗せた車両や山岳救助隊まで出動している。高尾山周辺の消防署や出張所から応援要請で駆けつけている。自分は八王子消防署で勤務になって一年である。それ以前は横浜中消防署で二年勤務していた。その頃は消防学校を出たばかりの新人消防士として勤務していた。自分の目の前で数十台のトラックや車が多重事故を起こしている。

 場所は甲州街道で八王子駅方面からアクセスするのが一般的だが八王子南バイパスの開通、圏央道高尾山ICの開通で、反対の高尾山IC側からアクセスする車が増え、これら新しい道も混雑し、八王子南バイパスのトンネルは休日には抜けるのに三十分ほどかかる渋滞がおきているが空いているときは五分ほどで通過できる場所だ。甲州街道も含め高尾山周辺は抜け道がまったくなく、渋滞にはまると抜け出すことが難しかった。

 アントニオ猪木のようにあごがしゃくれた中年の消防士が部下達に指示を出す。彼が現場を指揮する隊長なのだろう。

 救急車も何台も駆けつけ救急隊員が助け出された負傷者を応急措置をしている。

 風が唐突に吹いた。なんともいえない生っぽい風だ。

 振り向くと大型トラックの運転席から赤い光が出現。直径は十メートル位。その光は稲妻をともないながらやがて大型トラックを飲み込んだ。

 「あれは何だ!!」

 野次馬が叫んだ。

 消防士達が振り向いた。

 赤い光は稲妻をともない近くの車がぞうきんをしぼるように捻じ曲がり自転車や看板がらせん状に捻じ曲がった。

 その時である。急激に気配が生まれたのは。球体から飛び出す大蛇や巨大ムカデ。大蛇もムカデも全長二十メートルはあろうかという巨大な物だ。両目は赤く輝き、手前にいた消防士をくわえ飲み込んだ。

 ムカデと大蛇が動いた。その動きは早かった。新幹線が通過するような音をたててスポーツカーが動くスピードで動き、何人かの野次馬がムカデに丸呑みになり、大蛇に何人かの負傷者に噛みついて丸のみにする。

 悲鳴を上げ逃げ出す人々。

 「魔物だ。八木・・・」

 電動カッターをつかみ身構える女性消防士。

 見るとそばにいた同僚の消防士は右半分が食われなくなっていた。

 大蛇の尻尾がムチのようにしなった。気がついたら自分は消防車にたたきつけられ、消防車はムカデのアゴで真っ二つに千切れた。

 体が動かない・・・やられる・・

 全身に走る激痛。揺らぐ視界。

 どこか遠くの方で呪文を詠唱する声や爆発音が聞こえたがその後は何がなんだかわからなくなった。

 気がついたら病院のベットで右腕は肩口から指先までサイバネティックスーツの腕が移植されていた。

 医者からはその腕はマシンミュータントの腕で移植したのはサマーセットという老外科医だという事だ。自分は一週間寝ていたという。でもショックだったのはあの現場にいた三十人以上いた消防士と救急隊員のうち二十五人が魔物に食べられ死亡。野次馬や負傷者も四十人以上食べられたという事だろうか。

 私は柴田良美。横浜中消防署に勤務する消防士である。あの事件から三年。自分は点々と異動していた。

 「柴田」

 不意に呼ばれて振り向く柴田。

 「時雨(しぐれ)。柳楽(やらく)」

 そこに童顔の消防士と幼さを残す顔立ちの消防士がいた。

 時雨悠斗は厳密にいると人間でもなくマシンミュータントでもない。ましてや男女の区別はなく両性具有の金属生命体である。あのオレンジの救助服の下はサイバネティックスーツに覆われ赤色の篭手とショルダーパット、胸当てに覆われている。

 彼は宇宙漂流民という金属生命体である。有名なのがTフォース所属のオルビスと自衛隊にいるリンガムや海上保安庁SST部隊にいる芥川明である。三人だけでなく地球には数百人の宇宙漂流民が隠れ住んでいる。彼らは大昔、別の銀河系で数百の植民地を持つ大帝国を築いていたがサブ・サンの種族との戦争に負けて自分達が住んでいた惑星と植民地を取られて仲間はちりぢりになり流浪生活になっていたのを三十一世紀の未来人に助けられ地球に流れ着いて隠れ住んでいる。地上だけでなく月や火星に隠れている者や太陽系以外の惑星に異星人と住んでいる。彼らはお互いに連絡を取り合い、いつの日か自分達の国家を再建する事を夢見ているという。

 オルビスは明治時代に宇宙から落ちてきた子供でTフォースの創設者で長官の葛城庵と出会い養子になった。葛城庵は和菓子職人になるために伊豆から東京に上京して初日にトラブルに巻き込まれ邪神ハンターになり日英同盟の締結の手伝いや日露戦争に従軍した。戦後は渡米してタクティカルフォース・・・通称、Tフォースを創設して初代長官になり彼から五代目が葛城博で長官である。彼には翔太という息子がいる。時空武器という彼らにしか扱えない武器を持っている。それは三十一世紀からやってきた未来人からもらったもので時空の亀裂や揺らぎを塞ぐ事ができて時間や時空空間を操れて時空フィールド内でも自由に活動ができた。

 柳楽要は元人間で暴力団の構成員だったが五年前に見知らぬ者達に拉致され人体実験により手足をマシンミュータントに、胴体は金属生命体の物でサイバネティツクスーツに覆われ、緑色の胸甲と二の腕は金属繊維できた袖が折りたたまれているが能力を使う時はパンパンに膨らむ。篭手からナイフや短剣が内臓されている。彼は機械の心臓が移植された改造人間である。彼は頭にチップを埋め込まれる寸前に邪神ハンターにより助けられ名前を変えて消防士になった。

 「東京消防庁から火災調査団スクワッドが正式に発足になり、海上保安庁や警視庁と合同捜査や協力する事になる」

 時雨は話を切り出す。

 「わかった。私も時雨も柳楽も高浜隊長、火災調査官の五十里さんも選ばれた。消防団から下司という元暗殺者の賞金稼ぎがくわわる。連絡役は貝原という海上保安官でしょ。時空の亀裂や穴の通報は時空監視所からになり、自分達がいる消防署で入電になる」

 柴田は答えた。

 自分達が今いる場所はその施設の屋上だ。きっかけは二年前の東日本大震災と尖閣、先島諸島の戦いである。時空の亀裂が南極点に出現したのを受けてお台場に時空監視所が発足した。所長はアーランという深海の民である。彼女の種族はサブ・サンが連れてきたカメレオンとは対立している。尖閣諸島の戦いの時に彼女達からTフォースに接触してきた。見かけは人間だが髪は銀髪で皮膚は青白い。紺色のピッタリフィットした戦闘スーツを着用している。そして大昔に地球に流れ着いたが宇宙船を建造する技術や四十万キロ離れた火星に何かが接近してもわかる捜索技術を要している。というのも地球の科学技術では時空の亀裂や揺らぎは探知できないからだ。小さな時空の亀裂をほっておけば三年前の八王子魔物事件のような惨事になり時空侵略者の軍隊を入れてしまう事になる。だから小さいうちに魔物や時空侵略者を退治して塞ぐのだ。Tフォースによると今の段階は偵察やつまみ食いして帰る程度なのだという。塞いでも別のがやってくるというイタチごっこだがやらなければいけない。

 「場合によっては特命チームや沿岸警備隊チームの協力も必要だから名簿だ」

 時雨は名簿ファイルを渡した。

 「こんなにいるんだ」

 驚く柴田。

 彼の言う時空侵略者は時空の亀裂や揺らぎの向こうからやってくるエイリアンの事を指す。古代エジプト時代から人類は彼らに悩まされその度に彼らを追い出す”特命チーム”が作られている。国連組織タクティカルフォース・・・通称Tフォースの管轄で国連から召集指令が出るのだ。Tフォースは魔物退治や管理、邪神信奉者、テロリストの取り締まりや時空の揺らぎ、亀裂の監視が主な仕事である。というのも一年前、百十二年前の日露戦争でニコライ二世を操っていた時空侵略者サブ・サンが中国政府に侵入している事に気づいたがすでに遅く、中国軍は尖閣、先島諸島に侵攻、占領した。その時にサブ・サンが連れてきたのが宇宙生命体のカメレオンだったのである。彼らはマシンミュータントのように地球の艦船や船舶と融合。船体のどこかに光るまだら模様があり船内に射程の長い光線を放つ砲台を格納している。彼らは人間やミュータントも捕食するが好物はマシンミュータントで天敵でもあった。

そして沿岸警備隊チームは特命チームでは対処できない事象に海上保安庁と沿岸警備隊の隊員の中から特異能力を持つ者達が選ばれて中国海警局や中国漁船、カメレオンを取り締まりや魔物退治、時空の亀裂を塞ぐ事が任務である。海上保安庁から三神、朝倉、沢本、三島、大浦の五人が特命チームや沿岸警備隊チームで要請があれば東南アジアのミュータントと合流する。それだけではなくインドやロシアからも軍人がくわわるうえに政府機関のパイプ役に政府高官がいる。時空監視所の協力者に民間人もいる。

 「やるしかないですね」

 柳楽は名簿を見ながらうなづいた。

 「そうね」

 柴田は視線を空にうつした。



 「あれ?翔太。他のメンバーは帰ったのね」

 一階に降りてきた柴田はロビーにいた三人の未成年の男女に声をかけた。

 「帰ったよ。まだ三神さんと朝倉さんはいるし、オルビスと芥川がいる。高浜さんと五十里さんと下司さんはまだいるよ」

 翔太が振り向いた。

 「君が椎野さんと稲垣さんね」

 柴田が声をかける

 「よろしくお願いします」

 名前を呼ばれた女子高生と大学生は答えた。

 二人は人間で時空の異変を感知できる能力がある。椎野はテレパシー能力者で他人の心が見えて、操れる。

 稲垣は早稲田大学に通う大学生で念力が使える。改造したアマチュア無線機でありとあらゆる信号を送受信できて手持ちのパソコンでコンピュータウイルスを植えつけたり、ハッキングもできる腕を持っていた。

時雨と柳楽が降りてくる。

 「時雨、柳楽。手合わせしないか?」

 オルビスと芥川が近づいた。

 「いいよ」

 「構いませんよ」

 時雨と柳楽は答えた。

 「訓練場に来て」

 オルビスは手招きした。

 柴田達は二人のあとをついていく。長い廊下といくつかの部屋を通り抜けて訓練所に出る。そこには高浜と下司、アーラン、リンガムと三神、朝倉、貝原がいる。

 三神と朝倉、貝原は海上保安官である。彼らは人間でもミュータントでもない。マシンミュータントと呼ばれる機械生命体である。

 マシンミュータントは乗り物と融合する者達で古代エジプト時代から人類は共存している。金属生命体の時雨や芥川と違うのは男女の区別があり乗り物と融合すると一生それと付き合う事になる。体内を血液のように流れる潤滑油は緑色に変わり、ミュータントだった時の超能力や特殊能力は受け継がれそれを行使できる。平均寿命は三百年だった。

 柴田はチラッと三神を見る。

 自分は六年前に彼と一緒に火災現場に駆けつけた事がある。六年前は自分も新人で三神もマシンミュータントになりたてであった。彼は非番で横浜繁華街にいたらマンション火災でわりこんできた。火災の原因は時空侵略者で摂氏二〇〇度という体内温度を持ち全身を炎に覆われたエイリアンだった。でもその頃の彼は慢性戦闘中毒者といってもよく仲間や他人のことを考えない性格でひたすら突っ走っていた。それが一変したのは三年前。ある任務に参加して拉致され人体実験と拷問されてモーリタニアの砂漠のゴミ捨て場に大きな傷を負って捨てられ記憶喪失になった。それが再び再会したのは最近だ。埠頭の倉庫火災で出会った。出会ってこの時空監視所に来ている。

 時雨は上着を脱いだ。

 丸いラインの内側に入るオルビスと時雨。

 二人は遠巻きににじり寄ると動いた。時雨の速射パンチをすべて受け止めるオルビス。彼は鋭い蹴りを入れる。時雨はすんでの所でかわした。

 オルビスのローキック。

 時雨は飛び退くと後ろ回し蹴り。オルビスは受身を取るとパンチを二発入れた。

 時雨は腹部にボディブローを受けバリアにたたきつけられる。

 オルビスの腕と足はプロテクターに覆われ体は鎧のように硬質化する。

 時雨は口からしたたる青い潤滑油をぬぐう。彼の腕と足はプロテクターで覆われ体から金属のウロコが出て鎧を形成する。

 二人が同時に動いた。何度も交差して時雨が地面や壁にたたきつけられた。

 「ぐはっ!!」 

 時雨は口をから青い潤滑油を噴き出す。彼は顔をしかめ腹部と胸を押さえた。鋭い痛みと鈍痛が電子脳を刺激する。腹部の内部機器と胸のコア周辺部と循環装置が破損と表示される。

 「今すぐやめさせろ」

 声を荒げる高浜。

 「無理ね。成人の通過儀式よ」

 リンガムが首を振る。

 「早いな。もう通過儀式なんだ」

 顔を見合わせる三神と朝倉。

 黙ってしまう柴田と柳楽。

 腕を組む高浜と五十里

 身を乗り出す下司。

 「僕達は二〇〇歳になれば成人として認められる。でもそれまでに自分の意志や力を大人達に見せないといけない」

 オルビスは目を吊り上げる。

 「それが通過儀礼なんだね」

 時雨は身構える。

 オルビスは片腕を機関砲に変えて連射。青い光線が連射される。

 時雨はバリアの壁を駆け回りながらかわし両腕から青く光る円形状のバリアを出して光線をそれで弾きながら飛び膝蹴り。

 オルビスはひっくり返った。

 時雨のかかと落としからの踏みつけ。

 オルビスは床を転がりかわして跳ね起きて膝蹴り。

 あごに鈍い痛みが走りよろける時雨。

 オルビスの足払いされて転がる時雨。

 彼は時雨に飛び乗り、鉤爪を両方のわき腹に突き立て背中から一〇対の金属の触手を出して先端を槍に変えて時雨の背中やわき腹に突き刺した。そして彼の胸にのしかかり足の鉤爪で強く引っかいた。

 「ぐああぁぁ!!」

 時雨は激痛にのけぞり身をよじった。金属のウロコがボロボロと剥がれ落ちた。

 「時雨。もっと抵抗してよ。僕達は順応を繰り返して寿命が尽きるまで死なない」

 オルビスは冷静に強く引っかいた。

 「ぐふっ!!」

 時雨は身をよじり暴れた。傷口から部品や歯車が落ち、青色の潤滑油がしたたり落ちる。

 「時雨。それだと戦えないよ」

 オルビスは傷口から部品やケーブルを引き抜き見下ろす。

 時雨は叫び声を上げた。

 ミシミシ!メキメキ!!

 時雨の体から肉が割れ金属が軋む耳障りな音が響き、金属骨格が歪み、ケーブルや配管が激しく蠕動運動をするのを感じた。

 この体は・・・いつも僕を苦しめる・・

 戦えば戦うほど順応して常に造り替える度に体が軋み歪む。軋み音がして歪むと鋭い痛みとなって電子脳に変換される。

 時雨の目に呼吸の度に胸が激しく上下して胸当てがへこむ度にシワシワになる。傷口からは配管やケーブルが激しく蠢くのが見え、その度に蛇が這い回るように盛り上がる。なんともいえない違和感を感じた。

 ズン!と冷たく突き上げるような痛みに時雨は身をよじり目を剥いた。


 「・・・太田教官。Tフォースにオルビスがいるけど僕達の仲間の大部分は隠れ住んでいるのですね」

 時雨はTフォースの訓練所で口を開いた。

 「そうだ。地球に数百人。月や火星にも隠れているし太陽系外の銀河系の惑星には異星人と一緒に住んでいる。そして彼らは集合意識下でつながり定期的に連絡を取り合っているんだ。地球の科学技術が進んで外宇宙を飛べる宇宙船を建造できるようになればその仲間の元へ行けるだろう」

 太田と呼ばれた中年の海上保安官は答える。

 「僕達の仲間は隠れ住まなくていいように時空侵略者と戦わないといけないですね」

 時雨は声を低めた。

 自分達で自分の身は守るし、隠れなくて住む方法だってあるはずだ。

 「だがその前に戦闘訓練でねじ伏せられては勝てないぞ」

 太田はうーんとうなる。

 黙ってしまう時雨。

 「養父が消防士をしているのを見て消防士になるのはいい心がけだ。だが時空侵略者は確実に地球にやってくる。侵入してどこかの政府機関と手を組んだなら特命チームが結成される。おまえももしかしたらメンバーに入るかもしれない。それまでは戦闘訓練は怠るな。備えるんだ」

 太田は時雨の肩をたたいた。

 すると唐突に場面が変わった

 「太田教官・・・」

 時雨は新聞の死亡記事を見て絶句した。

 ビキニ環礁の時空ホール事件と同じ頃に太田は何者かに殺害された。太田教官を殺した犯人を自分は知りたい。

 バキバキ・・・メリメリ!!

 時雨は目をくわっと開いた。

 激しく歪み体内で何かが這い回り激しく盛り上がる胴体。大きく口を開けた十ヶ所以上の傷口からは脈動して蠕動するケーブルや配管が見える。自分には最初から生身の部分はなくケーブルや配管が血管のように張り巡らされ、すべて生きた機械でできている。自分は小さい頃からこの体に悩み苦しんできた。

 自分は大きな傷を受けても死なない。体が順応して造り替えてしまう。

 「僕は・・・太田教官の死の真相を知りたいんだ!!」

 時雨は両腕に力を入れ、掌底を向けた。オルビスは閃光とともに衝撃波に弾かれバリアの壁にたたきつけられ、時雨の背中から飛び出した二対の金属の触手に胸を貫かれた。

 くぐくもった声を上げるオルビス。

 「僕を仲間に入れろ!!」

 時雨の膝蹴り。

 オルビスは再びバリアの壁にたたきつけられ、口から青い潤滑油がしたたり落ちる。

 よろけ片膝をつき胸や腹部を押さえる時雨。

 「いいよ。一緒に戦おう」

 オルビスはうなづいた。

 笑みを浮かべる時雨。

 「ぐふっ!!」

 時雨は口から青い潤滑油を噴き出し倒れた。


 「高浜。時雨を傷つけてごめん」

 オルビスは視線をそらした。

 「習慣のちがいはどこの国にもある。成人の儀式は民族によってちがうのは知っている。君の種族は命を繫ぐとか助けるとか手加減という概念がないね」

 高浜は腕を組むとベットで眠っている時雨を見下ろした。

 オルビスは視線をそらして黙ってしまう。

 時雨はマシンミュータント用の医療用チョッキを着用されている。そのケーブルはベットの正面にある量子コンピュータからいくつも伸びて接続されている。

 翔太はおもむろに時雨の胸を触った。それはなんともいえないゴム皮革のような質感で押すと深くへこみシワシワになった。

 「まるでゴムみたい」

 それを言ったのは柴田である。彼女は時雨の胸を触る。ゴムのようにへこみシワシワになる。

 「マシンミュータントも似たような所はあるな」

 三神と朝倉は顔を見合わせる。

 「私の右腕もダメージを受けるとゴムのようにへこんでシワシワになる」

 柴田は上着を脱いで右腕を見せた。

 彼女の肩口から手先までサイバネティックスーツに覆われていた。篭手は紫色だ。

 「これはマシンミュータントの腕じゃない。オルビスの仲間の腕だ」

 声をそろえる三神と朝倉。

 「サマーセットという医者は天才だな」

 柳楽が口をはさむ。

 「私の父は邪神ハンターだった。別名「水の魔術師」と呼ばれ、俊足のハンターと言われた三神司令官と組んだ事もあったの」

 柴田は口を開いた。

 「俺の親父と?」

 身を乗り出す三神。

 しかし三年前の任務で事件に巻き込まれ記憶がない。そればかりか三年前以前の出来事や仲間、家族、子供の頃の記憶がない。

 「あなたの事は資料で見たわ。マシンミュータントで記憶喪失は珍しいね。高次脳記憶障害の第五福竜丸も珍しいけど」

 柴田は腕を組んだ。

 「三年前の俺は劣等感コンプレックスの塊でひたすら前に進む慢性戦闘中毒者だった。人の話を聞かないでどんどん進んだ結果、人体実験されて拷問を受けてモーリタニアの砂漠のゴミ捨て場に大きな傷を負って記憶がなかった。だから二度と仲間や記憶は失いたくない。それを今頃気づくって最低なのはわかっている」

 三神は重い口を開いた。

 「それに気づいただけでも成長と言えるし特命チームや沿岸警備隊チームに選ばれた。時空を歪められる程の韋駄天走りを巡視船に変身してもできるのはすごいわ」

 柴田は笑みを浮かべる。

 「俺は韋駄天走りが得意だけど魔術が使えない」

 「そこは大丈夫よ。仲間がフォローしてくれる。消防士も海上保安官も似たようなものだけど海上保安官は海の警察で救助やテロの防止に海域の警備もする。消防は火災の鎮火とレスキュー。仲間のチームワークで助けられている」

 「そうだな」

 三神と柴田はうなづいた。

 「こちらアーラン。東京メトロ千代田線で光の玉と火の玉が多数飛びまわっているという報告あり。火災調査団は現場に向かってください」

 場内アナウンスが聞こえた。

 「時雨はこの状態だ。我々で行くしかない」

 高浜は口を開く。

 「俺達も手伝う。貝原も行くよ」

 三神が名乗り出る。

 「え?僕も?」

 少し驚く貝原。

 「連絡役に抜擢されたんだから行くに決まっている」

 朝倉がしれっと言う。

 「行ってやる」

 ムッとする貝原。

 「僕も行きます」

 名乗り出る翔太。

 「それはありがたい。柳楽。現場までテレポートを頼む」

 高浜はうなづいた。


 東京メトロ千代田線

 コンコースから駅構内に入るオルビス、高浜。柳楽、柴田、三神、朝倉、貝原、翔太の八人。

 「こちら地上班の五十里だ。稲垣の無線機におかしな信号が傍受されているそうだ。椎野のテレパシーもおかしな音が聴こえるそうだ。何もなければ帰ってくるしかないが」

 五十里の無線が高浜と翔太、柴田の小型マイクに聞こえた。

 「こちら下司。五十里といるが地上には異常はない」

 下司が報告する。

 「誰もない地下街は不気味だな」

 朝倉がつぶやいた。

 地下街のレストラン街から四人の男女が出てきた。

 あの四人も任務によっては手伝いでくわわる。警視庁の刑事の羽生と田代だ。捜査一課の刑事だったが葛城翔太との出会いがきっかけで魔物対策課に異動になった。

 もう二人はエリックと和泉。魔術師協会から警視庁に出向している。

 「警視庁と警察署総出で地下街や駅構内にいた人達は地上にひとまず出てもらった。渋谷駅を閉鎖したんだ」

 羽生はため息をついた。

 「地下鉄に入るけど一緒に行ってみる?」

 翔太が誘った。

 「そのつもりよ。警視庁もこの件に関しては早急に解決するように言われた。解決できればいいけどね」

 田代は周囲を見回した。

 「原因は何か見ないと始まらない」

 高浜はあごでしゃくった。

 駅のホームに入る高浜達。

 「火の玉と光の玉だらけ」

 声をそろえる三神と朝倉。

 「これはオープだよ」

 翔太は時空武器を出した。

 オープは精霊が人間達にわかりやすいように姿を変えてやってくる。でもこのいいしれぬ不安はなんだろう。奥に何かいる。

 「よく心霊スポットに出てくるあれか?」

 羽生がわりこむ。

 「なんでこんなに発生しているのか原因を見ないとね」

 和泉はホームから身を乗り出す。

 その時である轟音が響いた。

 「電車は止めたのにまだ走っている電車があるのか?」

 羽生とエリックは顔を見合わせる。

 「魔物だ」

 高浜は日本刀を抜いた。ただの刀ではなく魔術武器である。

 田代とエリック、和泉は長剣を抜く。

 三神達は片腕を機関砲に変えた。

 ホームに入線してくる電車。車内には誰も乗ってない。すると電車の車体が分解して変形して金属のクモや金属の芋虫になった。

 「こいつらはいったいなんだ?」

 ショットガンを抜く羽生。ただの銃ではない魔物専用の銃である。

 金属のクモも芋虫も全長一メートルある。それがいっせいに飛びかかる。

 翔太は時空武器を長剣に変えると噛み付いてきた芋虫やクモを袈裟懸けに斬りおとしていく。

 オルビス、柳楽は片腕のバルカン砲を連射。

青い光線が正確に命中した。

 高浜は日本刀で芋虫を斬りおとしていく。

 柴田は両腕の掌底から水がどこからともなく集まり拳にまとうとその拳で金属のクモや芋虫を殴った。パンチされて粉々に砕けていくクモと芋虫の群れ。

 貝原は片腕を砲身に変えた。ただの砲身ではなく音波がいくつも飛び出し噛みついてきたクモは砕け散った。

 朝倉は泡を投げながら片腕の機関砲を連射。

 芋虫が銃弾を受けて頭部を破壊され続いてやってきたクモの群れに泡という泡が降りかかり火花が散って動かなくなった。

 三神が動いた。その動きは羽生達には見えなかった。青い稲妻をともなった残影が群れの中を動き回っているしか見えなかった。

しばらくすると彼らの足元には無数の金属のクモと芋虫の残骸が転がっていた。

「三神。あなたすごいね」

感心する柴田。

「俺は走っただけ。君は水を自在に操れるんだ」

三神が息を整える。

「私は物心ついた時から水を操れる。今じゃあ芸術的に操れる」

柴田は手のひらを出すとどこからともなく水が集まりバレリーナのように舞う。

「すげえな」

感心する朝倉と貝原。

翔太は線路へ降りた。

高浜達も線路へ降りる。

しばらくトンネルを進むと壁に穴があった。

「ここでトンネル工事をやっているというのは聞かない」

地図を出す羽生。

「工事しているのはマークシティだし、他の現場も反対の方向よ」

和泉は赤ペンで印をつける。

「この装置は何?」

オルビスは消化栓を開けた。中には円筒形の物体が入っていた。

「消化栓にこんな物は入れない。なんだこれ?」

高浜は首をかしげた。

「たぶんこれが発生源だよ」

オルビスは円筒形の物体を取るとジュラルミンケースに入れた。

「どこかと暗号通信をしている。信号が飛び交っている。この奥だ」

耳をすます貝原。

「突入!!」

高浜は合図した。

三神達は穴を進んだ。しばらく進む教室のような大きさの部屋に出た。部屋には無線機器やレーダー機器が並びちょっとした野戦陣地となっている。

「カメレオンだ」

声を上げる三神と朝倉。

「あれが?」

高浜と柳楽、柴田が声をそろえる。

世界的に猛威を振るっているタイプの連中がそこにいる。首筋に幾何学的な模様のタトゥがあり戦闘服を着た二十人の男女がいた。

翔太はとっさに時空武器をライフル銃に変えて棚の横にあった銀色の球を撃った。

オルビスは片腕をバルカン砲に変えて木箱を何個か撃つ。

「なんだ?」

驚く高浜と羽生。

「カメレオンの卵だ」

貝原が声を上げた。

二人の男女が叫び三神が動いた。

男の速射パンチをかわし、女の蹴りを受け払い三神は両腕の剣で男女を袈裟懸けに切り裂いた。

オルビスと柳楽は片腕の剣で飛びかかってきた男の胸を突き刺した。

呪文を唱える和泉とエリック、田代。

稲妻を伴いながら青色の槍が男女達に突き刺さる。

羽生はライフル銃でその男達を撃っていく。

柴田は駆けながら両手に水をまとわせそれが斧となって男女達をなぎ払った。

よろける男女達にとどめを刺す田代と高浜。

朝倉は泡を投げた。

片腕をバルカン砲に変えた男に命中。くぐくもった声を上げて倒れた。

彼らの足元にはカメレオンの偵察兵達の死体が転がっていた。

「やった・・・倒した」

ホッとする羽生。

木箱を開けるオルビス。

そこには機雷に似た銀色の球が三個入っていたがさっき自分が撃ったから穴が開いている。それは他の木箱の卵も穴が開いていた。

「奴ら橋頭堡を作ろうとしていたのかも」

三神は壊れた無線機をのぞきこむ。

「侵攻の拠点を造ろうとしたのね」

柴田はレーダー装置をのぞく。

「いずれにしても自衛隊に連絡だ」

高浜は言った。



一時間後。

駅のホームや線路に散らばった残骸を自衛隊員やハンター達が片付けている。

「模型漁船だ」

柴田が思わず口にする。

電動台車に載った全長一メートルの木造漁船が近づく。

「第五福竜丸よ」

ムッとする第五福竜丸。

「本当に放射能病で高次脳機能障害なのね」

柴田はしゃらっと言う。

「なんか勘違いしてない?僕はなりたくてなったわけじゃないから」

強い口調で言うと第五福竜丸はカメレオンが掘った穴に入った。

「怒りっぽい漁船」

つぶやく柴田。

第五福竜丸が夢の島にある第五福竜丸展示館にいるのは知っているし彼女がミュータントなのは最近知った。尖閣諸島の戦いで自衛隊は戦後初めて外国艦隊を追い出した。その数ヵ月後にビキニ環礁の時空ホール事件が起きた。この事件で太田という邪神ハンターが殺害されてあらぬ容疑をかけられた彼女は翔太達の力を借りて五〇年ぶりに旅に出た。そしたらビキニ環礁上空に繰り返しの核実験のせいで時空の亀裂や穴が出来ていて時空侵略者が侵入しやすくなっている事を警告した。彼女はそれがきっかけでTフォースに技術者枠で再就職をした。

「ここからいくつか経由して南太平洋と南シナ海と暗号が行き交っています」

稲垣は無線機のダイヤルを調整しながら耳をすます。

「一番多いのは南太平洋だよ」

貝原はタブレットPCを出して地図を出した。南太平洋の地図を指さす。

「南太平洋のミクロネシアやパラオ、マーシャルは時空の異変が集中するみたいね」

模型漁船が割り込んだ。第五福竜丸である。

「わかるのね」

椎野が声をかける。

「アメリカが核実験を繰り返したせいであそこは不安定になっている。それは世界各地にある核実験場跡はみんなそうだよ。ここに時空の亀裂が発生したせいでまた僕はミュータントに戻れない」

不満を言う第五福竜丸。

柴田が部屋に入った。

自衛官が忙しく行き交う。

「佐久間さん。何か異変があったとかは聞いているの?」

翔太が聞いた。

「今の所は聞いていない」

佐久間と呼ばれた女性自衛官は振り向いた。

「俺達もそれは聞いていない」

沢本が口を開いた。

「なんで卵を持ち込んだのかしら?」

三島は木箱をのぞきこむ。

「ここで卵をかえそうとしたのかも」

大浦が卵の穴をのぞく。内部はオルビスや柳楽の撃った光線が貫通して焼かれていた。

柴田は淡く光る球がフワフワ飛んで行くのが見えて部屋を出た。

翔太は死者の羅針盤をのぞく。

「横浜保安署にいったん戻ろうか」

三神が言う。

「報告書を書かないと」

朝倉はうなづく。

二人は掘ったトンネルを抜けて線路を進む。

すると駅のホームの隅で柴田がいたが誰かと話しているのが見えた。

「あの消防士・・・幽霊が見えるのか?」

朝倉が怪しむ。

「水を操るだけじゃないんだな」

感心する三神。

柴田はうれしそうにしゃべっているのだがそこには誰もない。ゴミ箱があるだけだ。

「・・・祐樹。この現場まで来てくれたの」

柴田は少年に声をかけた。

「お姉ちゃんがどうしているのか心配だから来た。お母さんを待たせている」

祐樹と呼ばれた少年は無邪気な笑みを浮かべる。

柴田は笑みを浮かべ弟の頭をなでた。

「じゃあね」

祐樹は階段を駆け上がっていった。

柴田は鼻歌を歌いながら階段を上がった。

「三神、朝倉。協力ありがとう」

不意に声をかけられ振り向く二人。

ホームに上がってくる高浜と沢本。

「どうした?」

沢本が聞いた。

「高浜さん。柴田という消防士は幽霊が見えるのですか?」

朝倉は疑問をぶつけた。

「え?」

「水を操るだけじゃなく幽霊も見えるのはすごいですね。幽霊の仲間が祐樹でお母さんを待たせているとか言いながら地上へ上がって行った」

三神が思い出しながら階段を指さす。

「そんなハズはないな。地上は警察による規制線によって入れない」

高浜は答えた。

「自衛官の中には幽霊が見える人もいるけど幽霊を見たという隊員はいない」

首をかしげる沢本。

「それに柴田には祐樹という弟と母親はいないしすでに亡くなっている」

後ろ頭をかく高浜。

「そうなんだ」

納得する三神と朝倉。

「時空監視所に戻ります」

翔太、稲垣、椎野はホームに上がり帰っていった。



耳障りな軋み音が聞こえた。

この体は僕を苦しめる。

人間やミュータントとちがい自分達には生身の部分はなくすべて生きた機械で出来ている。マシンミュータントとちがいは彼らは融合した乗り物と一生付き合うが乗り物を交換できない。自分達の種族は乗り物を交換できる。交換する度に融合の苦痛が起きて苦しむ。

子供の頃は成長痛に悩んだ。人間やミュータントと違い、骨だけでなく内部機器もそれに合わせて造り替えられ成長する。その度に体は歪み、軋むのだ。成長痛で痛む間は制御チョッキを着用。手足に制御プロテクターをつけてTフォースの学校に行っていた。

ミシミシ・・・

誰かが体内にケーブルを挿入している。

鋭い痛みに目を開ける時雨。

視界にマシンミュータント用の医療用チョッキとそこから伸びるいくつかのケーブルが見えた。

「気がついたんだ」

翔太や椎野、稲垣の顔が見えた。

身を起こす時雨。

「高浜隊長は?」

時雨が聞いた。

「消防署に帰ったよ」

翔太が答えた。

時雨はヘッドホンを取った。

消防無線や警察無線が入ってくる。東京メトロ千代田線の事件の詳細が入ってくる。

「渋谷駅で大変な事が起きていたんだね」

時雨は医療用チョッキから伸びるケーブルをつかんだ。

「それは簡単に抜けないけど」

シドと平賀が入ってくる。

振り向く時雨。

シドはスイッチを入れる。するとケーブルがひとりでに外れてスルスルと引っ込み、医療用チョッキが外れて落ちる。

「僕も行かないと・・」

ベットから立ち上がる時雨。せつな胸や腹部に鋭い痛みが走り、ベットに倒れ身をよじりのけぞる。

時雨は思わず鋭い痛みに胸当てを引っかいた。軋み音が響き痛みが広がる。そして引っかく度にゴムのようにへこみシワシワになる。

「あなたはオルビスと戦ったの。成人式の通過儀礼で仲間入りを果たせたけど傷は深いわね。内部は治ってない」

平賀はMRI画像を見せた。

黙ってしまう時雨。

体内のあっちこっちの機器が壊れ、血管のように張り巡らされた配管やケーブルも断線している。

「大丈夫よ」

椎野は時雨に抱きついた。

ドキッとする時雨。

「時雨さん。あせらないの」

子供に言い聞かせるようにギュッと抱きしめて言う椎野。

「時雨のお母さんみたいだ」

時雨は顔を赤らめる。

自分達の種族は親は卵で産むとブラックホールに放置されて他の子供と育つ。親達はほったらかしで来ない。でのこの惑星では親は子供を育て面倒を見る事のギャップには驚いた。ここでは普通だが自分達の種族にはないものだ。

「君やオルビスの種族に子供を育てる概念がないのはお父さんやおじいさんから聞いて知っている」

翔太は視線をそらす。

宇宙漂流民達には子供を産むとブラックホールや中性子星内部で育てるが基本ほったらかしで親達は様子を見るだけだという。読み書きそろばん的な物は一〇歳で親達から教わり戦闘訓練は二十歳から始まり、二〇〇歳で成人の儀式が始まり、大人達に自分の意志や凶暴性を見せるために通過儀礼で戦う。そして乗り物と融合するのだ。平均寿命は約五万年と長い。

部屋に高浜が入ってくる。

時雨は椎野とあわてて離れた。

「火災調査団スクワッドは通報の入電が入れば俺と柴田がいる横浜中消防署に集まってから出動する」

高浜は言った。


オルビスは柴田の腕をのぞきこむ。

「あなたの腕は私達の仲間の腕ね」

リンガムは医者のように腕を触診しながら指摘する。

「マシンミュータントの腕じゃないと気づいたのは最近よ。以前の火災現場で倒れてきた炎の柱を思わずこの片腕で支えた。普通なら潰れるのに二トンを越える家屋を支えても平気だった。思い当たるのはそれだけでなく事故現場で車のドアが開かなかったのを簡単にこじ開け、家の火災では猛火を片腕の砲口から激しい水流が飛び出して消火した。ただの機械の腕じゃない」

柴田は袖をめくる。

オルビスは手首からケーブルを出すと柴田の腕に差し込んだ。

柴田は注射されてチクッとする痛みを感じた。そして体の火照りが消えていく。

「これが制御腕輪」

アーランが渡した。

柴田は腕輪を装着する。

「月に一度は調整と検査に来て」

アーランは肩をたたいた。

「トンネルで見つけたあの装置はなんだ?」

高浜があっと思い出す。

「探査装置ね。地中をモグラのように進んで探査する。持ってきたのはカメレオンね」

アーランがMRI画像を見せる。

のぞきこむ翔太達。

「海上保安庁や自衛隊、Tフォースに画像と用途は送信した」

アーランが答える。

「地中を進むモグラ装置じゃ追いかけるのは難しいな」

難しい顔をする高浜。

「僕達なら追いかけられるかもしれない」

それを言ったのは時雨である。

「カメレオンの信号パターンや電波の種類も知っている」

リンガムが口をはさむ。

「電波をたどればどこから侵入させて発射させた場所もたどれる」

オルビスは手首からケーブルを出して接続する。目を半眼にしてデータ内部に侵入するが複雑な暗号で進めなかった。

「間村さんの所へ行ってくる」

オルビスは困った顔をする。

「説明に一緒に行こう」

リンガムが言うとオルビスはうなづく。

「頼んだ。俺達は署に帰る」

高浜は言った。


また頭痛だ。ただの偏頭痛ではない。

柴田は顔をしかめこめかみを押さえる。ハンマーでたたかれるようなそんな痛みだ。

異様な重苦しい空気に窓の外を見ると土気色の顔の男女がいる。男はサラリーマン風で胸に穴が開き、女はOLで右即頭部が四分の一がない。ここは消防署の二階である。男女は存在しない。

ある映像が入ってくる。それは核戦争で壊滅して焼け野原になった都市やゾンビのように歩き回る人々。そして火災調査団スクワッドメンバーの死体や海上保安官達の死体が転がっている。

「お姉ちゃん」

「柴田」

正気に戻り振り向く柴田。

そこに高浜がいた。

周囲を見回す柴田。

事務仕事をする消防士やお茶を飲む消防士の姿が見えた。

「来い。話がある」

高浜は手招きした。

車庫に降りていく二人。

「六年前は新人だったが成長したなと言いたいがおまえは変わったな」

高浜は重い口を開いた。

「そう思いますか?」

視線が泳ぐ柴田。

「三年前の八王子魔物事件でおまえは片腕を失い、金属生命体の腕を移植された。病院の心療課には行っているのか?」

「必要ありません。任務は遂行できますし、迷惑かけてません」

「そういう問題じゃない。この三年で二十ヵ所の消防署や出張所を転勤している。ウワサはすぐ届く。他の消防士や救急隊員から幽霊が見える消防士とか水を芸術的に操れて怪力の消防士と呼ばれているがコミュ二ケーションができずに転々としているというのを聞いている。祐樹はおまえの弟で母親も友人も三年前の八王子魔物事件でたまたま遊びに来ていて巻き込まれた。おまえと仲がよかった八木という同僚も死んでいるのは資料で見て知っている」

「同僚達が死んだのは知っています。でも祐樹は死んでいません」

「それは幻覚というんだ」

「知っています。私は祐樹がいないと生きていけません。祐樹が母親と友人を連れてきてくれる。迷惑かけていません」

「おまえの症状はPTSDだ。それによって幻覚と幻聴を見る。それ以外に誰かに怒ってしゃべっているのを見た者もいる」

「サラリーマンとOLが出てきます。それは死人です。私は迷惑かけてませんし、チームで上手くやれてます」

「それをほっとけばどうなるか知っているのか?精神病院送りになる」

はっきり言う高浜。

ムッとする柴田。

「まだ発症してません」

「発症しているではないか。君は病院へ行って治療しろ」

柴田の腕をつかむ高浜。

それは左腕だったがゴムのようにへこんで思わず引っ込める。

「え?」

柴田は違和感を覚えて左腕を見た。それは人間の皮膚ではなくサイバネティックスーツに変わっている。

「時空の亀裂がどこかに出現する時は両腕が金属生命体の腕に変わってしまう。現場で使えば使うほど右腕だけじゃなく左腕も変わって最近は体がサイバネティックスーツに変わる。その頻度は頻繁にある。私は人間ではなくなったの。金属生命体と人間のハーフになったのよ」

視線をそらす柴田。

「時雨やオルビスと同じになったのか。俺はそれは構わない。今は一人でも人材はほしい。おまえは合同調査でジョコンダという政府高官や米軍から誘われた。アメリカの大統領は素人のスレイグに代わった。あのジジイはすごい強欲だ」

ハンカチを差し出す高浜。

少し驚く柴田。彼女はハンカチを受け取り涙を拭いた。

「人間でなくなったのが怖いのはわかる。それはマシンミュータント達だって同じ事が言える。おまえはマシンミュータントと同じだ。三神保安官や朝倉保安官とその気持ちを共有するんだ。力の使い方はオルビスや時雨が教えてくれる。PTSDをほっといたら本当に病院行きになる。そんな幻の弟や友人に頼らなくてもいいように彼らがサポートしてくれる。隊長の俺にもう一度ついてきてくれないか」

高浜は手を差し出した。

柴田はしぶしぶ手を差し出し握手した。

「東京消防庁から火災調査団スクワッドへ入電。大田区にある工場で時空の亀裂と火災発生」

場内アナウンスが入った。

「柴田。行くぞ」

高浜は彼女の肩をたたいた。

上空から金属の翼を生やした消防士が舞い降りる。時雨である。柳楽、五十里、下司、貝原がテレポートしてくる。

「柳楽。現場はわかっているのか?」

高浜が聞いた。

「時空監視所から地図は送信されているし場所はわかっている」

柳楽は答えた。

「よし。出動」

高浜はうなづく。

柳楽達の姿が青い光に包まれて消えた。再び姿を現したのは町工場や住宅街がある場所である。

そこには数十台の消防車がいた。消防士達が忙しく行き交い、ハイパーレスキュー隊や救急隊員も様子を見ている。

柴田は右腕を押さえ顔をしかめる。

「柴田。君は時空の異変を感知しているんだね」

時雨が気づいた。

うなづく柴田。

この間の合同調査で自分は金属生命体と人間のハーフになり時空の異変を感知できるようになった。そして感知すると全身サイバネティックスーツに覆われ腹部から胸部までの紫色のコルセット型の鎧に変わり、足も紫色のプロテクターに変わってしまう。時空を感知できるのは翔太や椎野、稲垣、智仁だけでなく地下鉄トンネルにいた第五福竜丸と、海上保安官の三神と貝原やランディというアメリカ人少年がいる。

工場の屋根に大きな炎が見えるがそこから他の場所に燃え移らず、風が吹いてもその方向になびかず、炎の噴き出し口から煙が立ち込めないという火災はない。

「信号が飛び交っている」

貝原は耳を澄ませる。

「時空侵略者か?」

高浜は聞いた。

「工場内部に時空の亀裂が発生している。信号は南シナ海と海南島を行き交っている」

貝原は視線を火災現場に移した。

「内部にいた従業員は発生と当時に逃げたなら暴れられるわね」

下司は長剣を抜いた。

「ファルシオンか」

五十里がつぶやく。

「もちろん魔術師協会から借りた」

許可証を見せる下司。

「それならいいさ」

五十里が視線をうつす。

「では突入」

高浜は日本刀を抜いた。

柴田達は工場内部に入った。

内部は印刷工場なのか印刷機械とベルトコンベアーが所狭しと置かれている。その中を炎の玉がたくさん飛び交い、円陣を組んだスーパーコンピュータがある。その中央に赤い稲妻をともなった球体が浮かぶ。

そこから炎の玉が飛び出している。

炎の玉が集まりだし一つの大きな塊になる。真っ赤な鉄の塊から巨人になった。全長五メートル。全身を黒金の鎧に覆われている。巨人は持っていたバトルアックスを振り下ろす。

飛び退く柴田達。

時空の亀裂からもう一人の巨人が現われ斧を振り払った。

すんでの所で伏せる五十里と下司。

巨人が斧を振り上げる。

高浜は日本刀でなぎ払う。

巨人の足のジョイントが外れた。

下司は銃を抜いた。巨人の足のジョイントに命中した。

もう一人の巨人の蹴り。

時雨と柳楽は飛び退いた。

柳楽の拳の周りに黒い球体がいくつも出現。その拳で速射パンチを入れた。

時雨の拳が青白く輝いて速射パンチを腹部にたたきこむ。

巨人はよろけ斧を落とした。

貝原は片腕を砲身に変えて音波を連射。

巨人の腕にヒビが入った。

時雨の拳の周囲に輪っかのように青白い円盤がまとわりつき、それを巨人の胸にボデイブローをたたきこんだ。

巨人はよろけ倒れた。

もう一人の巨人のパンチをかわし、蹴りをかわす柴田と高浜。

柴田の片腕が長剣に変わり、水がまとわりついてその剣で袈裟懸けに斬った。

「ブリザド」

五十里は呪文を唱えた。力ある言葉に応えて虚空から氷の粒が無数に降り注ぎ二体の巨人は凍りつき砕けた。

時空の亀裂から飛び出す火トカゲの群れ。

時雨、柳楽、貝原は片腕をバルカン砲に変えて連射。飛びまわる火トカゲを撃墜した。

亀裂から炎がなぎ払うのように放射された。

ジグザグに駆け回りかわす柴田達。

柴田はとっさに炎の玉を蹴った。スーパーコンピュータに命中した。

時空の亀裂が揺らいだ。せつな、背後から剣が突き刺さり胸を貫通する。

「ぐふっ!!」

時雨は胸を押さえた。

「時雨」

柴田は駆け寄った。その時である蹴り飛ばされたのは。ベルトコンベアーにたたきつけられた。

「ひさしぶり柴田」

緋色の外套を羽織った女は声をかけた。

「島渦?」

柴田はひどく驚く。

振り向く高浜達。

「この間は八木がご迷惑をかけたみたいね」

島渦を名乗った女は拳で柴田の腹部を殴った。衝撃波で後ろの印刷機械に激突した。

「ぐはっ!!」

青い液体を口から噴き出し、柴田は腹部を押さえた。腹部の鎧は砕け、穴が背中まで貫通していた。その傷口からも部品とともに青い液体がしたたり落ちた。

「・・嫌・・・」

愕然とする柴田。

すっかり自分の体は生きた機械に内臓も組織も変わっている。青い潤滑液は血液ように体内を循環している。金属生命体は青色でマシンミュータントは緑色なのだ。

軋み音をたてて傷口から鉄の芽が出て塞がっていく。

島渦と貝原と時雨、柳楽が動いた。貝原のパンチをかわし、時雨の速射パンチを受け止め、柳楽の蹴りを受け払った。

五十里はスーパーコンピュータに斧を振り下ろした。

下司はショットガンで撃った。

ショートして火花が散るコンピュータ。

「柴田」

駆け寄る高浜。

柴田はとっさに布切れで傷口を隠す。

「俺だって時雨やマシンミュータントを見てきている」

言い聞かせる高浜。

とっさに柴田は高浜を押しのけ、島渦の速射パンチを受け払った。

島渦は柴田の腕をつかみ膝蹴り。

腹部に鈍い衝撃が走り柴田は顔をしかめる。

島渦は鉤爪で柴田の胸や腹部を何度も引っかき、傷口から部品やケーブルを引っこ抜いて足払いして転ばせ、わき腹をつかみ上げると力を入れた。

「ぐあああ!!」

わき腹に鉤爪が食い込み柴田はのけぞる。

「動くとこいつに当たるよ」

島渦は悪魔のような笑みを浮かべる。

舌打ちする高浜達。

島渦は二対の触手を背中から出して柴田を何度も突き刺した。彼女は柴田の敗れた救助服を引きちぎった。サイバネティックスーツに覆われた体があらわになる。そしてもう二対の触手を出した。四対の触手で柴田を締め上げた。

いけない。意識が・・・


「・・・私達はチームで時空侵略者を追い出すの」

誰かの声が聞こえた。

「我々にはヒーローはいらん。だがそこに要救助者がいるから出動するんだ」

消防学校での教官の声やこの間の合同調査でのいろんな人の声が交錯する。

「いいか。現場ではどんな部屋に入るのかわからないで家に入るんだ。音をよく聞け」

消防学校で教官に自分を入れた新人達はしごかれた。

消防学校に入ると人間はそのまま入隊になるがミュータントはメイン組とサイド組に入る。マシンミュータントも専用の訓練所へ行くのである。人間だった自分はそのまま入隊した。ミュータントやマシンミュータントはメイン組とサイド組に別れるのは警察学校や海上保安学校、自衛隊も同じだ。それはどこの国も一緒なのだ。

「・・おまえらがつらいのはわかる。俺だってつらい。しかし要救助者はそれでは助けられない。つらい顔をはするな」

「つらいならやめるか?」

教官の激が飛ぶなか消防士になるための訓練を受けた。

・・・助けて・・・

どこかで呼ぶ声が聞こえる。誰かが助けを求めている。自分は行かなきゃ!

クワッと目を開く柴田。

「こ・・・こんな女ギツネに命をくれてやるものかぁ!!」

柴田の胸、腹部、背中、わき腹、両腕、膝から金属ドリルが飛び出し、触手を千切り、島渦の手足をちぎって胸や腹部を貫いた。

「バカな!!」

島渦は地面に転がった。

高浜は日本刀を振り下ろした。島渦の首が転がった。

スーパーコンピュータが爆発して時空の亀裂が消滅した。

金属ドリルが体内に格納されてふらふらよろける柴田。彼女は口から青い液体を噴き出して倒れた。

「彼女は金属生命体になってしまったね。といっても人間とのハーフだけど」

時雨は柴田を抱き寄せる。

「時空監視所へ運ぼう」

貝原が促がす。

「そうしよう」

高浜はうなづいた。


・・・幻といるのはやめろ・・・

嫌よ。祐樹が消えちゃう。

・・・幻覚の友達や僕がいなくても君には仲間がいる・・・

気がつくと花畑で弟の祐樹といる。自分はラフな格好で立っている。

でもなんて気持ちいいのだろう。

・・・護れ・・・戦え・・・

謎の声が聞こえる。もちろんどこから聞こえるのかわかる。移植された右腕だ。持ち主は金属生命体だ。合同調査の時でもしつこく声が響いていた。

無視する柴田。

「僕達がいなくてもお姉ちゃんは十分にやっていける」

祐樹が無邪気な顔で言う。

「怖いのよ。機械の体になってしまった」

「それはマシンミュータントとその痛みを共有する自助グループがあるし、オルビス達もいる。いつまでも幻といなくていいよ」

「なんで?」

「なんでって幻といつまでもいてどうするの?解決にならないよ」

「はっきり言うわね」

「金属生命体になってしまうのが怖いのはわかる。それはマシンミュータントが誰しもが持っている感情だからね」

「信用できない」

「信用してもらわないとまずいでしょ」

「人間やミュータントに何ができるの?先頭奴隷になって支配された方がよくない?」

「それを合同調査の時も言ったよね。いいわけない。人類は滅亡を迎えるし。邪神クトゥルーは復活して地球は滅亡する。愛や命を繫ぐ事だよ」

「・・・そうだっけ?」

「消防士でしょ。なんのためになったんですか?」

「なんだっけ?」

「なんだっけじゃねえよ」

声を荒げる祐樹。

「おまえが閉じこもっているから周囲は不気味がって近づかない事だろうが!」

「その言い方はなんだ!!」

カッとなる柴田。

「やめなさい」

一喝する母親。

振り向く二人。

祐樹は母親のもとに駆け寄る。

「あなたは幻の私達がいなくても十分にやっていける。居場所も仲間もできた。あの人達についていきなさい。そして金属生命体の体を受け入れて奴らと戦いなさい。愛や命をつなぎなさい」

ピシャリと言う母親。

「・・・そんな」

絶句する柴田。せつなズン!と突き上げるような痛みに身をよじった。すると皮膚が白色のサイバネティックスーツに変わり、腹部から胸までの紫色のコルセット型の鎧に変わり、篭手も形成される。

「嫌・・・この体!!」

柴田は鉤爪で鎧を引っかいた。しかしゴムのようにへこみ傷がつかない。肌触りも皮革を触っているような質感だ。何度も引っかいてもへこむだけで傷つかない。

視界が揺らいで目を開けた。とたんに激痛が走った。

「いやああぁ!!」

柴田は痛みに身をよじった。分厚いコルセット型の鎧が目に入る。厚さは十センチ位に厚みが増している。そして耳障りな音をたてて波打っている。彼女は鉤爪で皮鎧を何度も引っかいたが深くへこみシワシワになるだけで傷がつかない。

誰かに腕をつかまれてベットにロープでくくりつけられる。

苦しげな呼吸とともに激しく上下する鎧。鎧なのに激しくへこみシワシワになる。ふさがっていた傷口が開いた。胸やわき腹、腹部から蠢くケーブルや配管が飛び出し、激しく回転する小さな歯車や部品が見え、血管のように配管が蠕動運動を繰り返し、機械の弁や神経ケーブルが激しく伸び縮みするのが見えた。

そして果てしない違和感。

メキメキ!!バキバキ!!

「この体・・・嫌ぁぁ!!」

何かが這い回るかのように胴体が盛り上がり軋み歪み右腕が砲身に変形し、左腕が電動カッターに変わった。

金属骨格が激しく歪むのが見えた。

ドクッドクッ!!ドクドク・・・

「この心臓・・・取って・・」

柴田は傷口から見える光り輝く金属と機械の心臓を見て叫んだ。心臓は耳障りな鼓動を上げている。

ギシギシ・・・!!

背中から一〇対の連接式の金属の触手が飛び出し、先端はレスキューで使うようなアタッチメントになっている。

激しく身をよじるたびにゴムのようによれて深いシワがよった。

ドクッドクッ!!

自分の心臓が激しく鼓動している。機械の心臓で青白く輝く。そしていくら深い傷を負っても心臓を貫かれても死なない。

こんな体・・・嫌・・・


誰かが体を触っている。皮膚センサーを通して感知できる。自分には皮膚がなくサイバネティックスーツに変わり、腹部から胸を覆うのはコルセット型の皮鎧である。この皮鎧は戦う時は硬質化して金属鎧になる。皮鎧の厚さは五センチだが金属鎧になると十センチと分厚くなる。

唐突に胴体が軋み、鋭い痛みが走る。ケーブルを挿入しているのがわかる。

この体は嫌・・・・

わき腹をナイフでえぐられるような痛みに目を開けた。

平賀の顔が視界に入った。彼女は柴田の胸からケーブルを引き抜いた。

鋭い痛みに柴田は身をよじり胸を押さえた。乳房はなく分厚い紫色の皮鎧が目に入る。

大丈夫だよ。お姉ちゃん・・・

柴田は飛び起きた。しかしそこには弟はいない。

「柴田さん。気がついてよかったね」

翔太と椎野、稲垣がベットのそばにいた。

「あなた学校は?」

「大学の午後の授業は休講」

「今日は土曜日で午後はないし」

「僕は通信制の学校だし」

稲垣と椎野、翔太は答えた。

稲垣は柴田を抱き寄せた。

ひどく驚く柴田。

「デートしない?」

稲垣は切り出した。

「やだ。彼氏くらい選ぶ・・・でもしばらくそのままでいい」

きっぱり言うと柴田は笑みを浮かべた。

顔を赤らめる稲垣。

柴田はギュッと抱きしめる。

自分の体からなくなったものが全部そこにある。なんて暖かいのだろう。心音といい体温といい。生命の鼓動がそこにある。

すごい暖かくて落ち着く。できれば人間に戻りたい。

柴田の目をつむった。両目から涙が流れ落ちた。

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