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 結局白紙のまま、私は文芸部の部室で便箋を見つめていた。途中、前田君が彼女と一緒にやってきた。

 前田君のありがとうございました、の言葉も頭に入らなくて。手紙に集中するよう務める。


 ──私の友達の石川佳奈さんの気持ちを代筆させて頂きます。西谷君に代筆の手紙を書くのも変な感じね。


 気持ちが重い。変な感じなのは私で。

 なんで沈んでしまいそうで。

 なんで、全てを失いそうなんだろう。親しい人が幸せになってくれたら、これ程嬉しい事は無いのに。なんで、なんで、なんで──。

 便箋に無理やり文字を書き進める。


 ──佳奈は、西谷君のさり気ない優しさが好きだと言います。私もそれは分かるな、って思います。西谷君が声をかけてくれて、いつも私も気持ちが明るくなって、それだけで楽しくて嬉しくて。


 あれ? 便箋の文字を雫が濡らす。

 あれ? おかしい。目が霞んで、前が見えない。どうして? なんで? 佳奈の気持ちを書くつもりが私の事を書いているの?


 と、部室の戸が空いて、西谷君がいつもと同じ時間に入ってきた。今はマズイと私は慌てて、腕で目をこする。その手を、西谷君が掴んだ。


「え?」


 私は固まる。


「代筆を頼みたいんだけど」

「い、今は無理」


 私の答えは意味不明、と言った後に思う。西谷君は便箋に目を落とすのが見えた。西谷君も佳奈の事が好きなんだろうか。良かったね佳奈、って思う。そして全てを失ったように引き裂かれた気持ちになるのは、どうして?


「代筆を頼む。今じゃなきゃダメなんだ」

「…………」


 そんなに佳奈の事を想っていたなんて知らなかった。私は力なく頷くしか無い。この瞬間、私は私自身の気持ちに気付く。遅すぎるってこういう事なのかもしれない。私は便箋を取り出して、彼の気持ちを受け止めようとする。


「大原櫻、お前が好きだ。ずっと好きだった」


 一息で言う言葉に私は耳を疑った。


「不器用で、内気なくせに、妥協なんか一切しなくて。何より、落ちこぼれの俺にずっと言葉をかけてくれて。櫻がいてくれたから、バスケ部のレギュラーもとれたし、櫻が一緒に勉強してくれたから、底から這い上がれた。俺なんかと思ってたけど、今、櫻に言わなきゃダメだって思ったから」


 西谷君の言葉が私は信じられなくて。私のとった行動は無意識で。今までだったら考えられなくて。私は無心で、西谷君に抱きついて、泣いた。多分今迄で一番正直に。一番正直な言葉は声にならなくて。


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