第43話 ホームとアウェー

 現地に到着すると、私はさっそくスタジアムのコンディションを調べた。クアドロップはノールランドと隣接している国だから当日現地入りでもよかったんだけど、初めてのコロシアムを視察するのとしないのとでは気分的に大きな違いがあるの。芝はティキタカコロシアムと同じくらいだけど、明日は雨も降らないだろうし、スピーディーな試合になるだろうなと思った。


 ここだけの話、私は今期のノーブラの躍進にはノール・コロシアムの影響が大きいと思ってる。どのチームもホームとアウェーではホームの勝率の方が高いけど、それは例えばファンの声援とか、陽の当たり方とか、風の吹き方とか、気温とか、それら色々な要素をひっくるめて慣れた環境ってものが大きいと思うのね。場所が違うと本当に全然違うのよ。


 特に芝は大事で、身体が小さい選手ほど影響が大きいみたい。ノール・コロシアムの芝は予想以上に走りにくいらしく、多くのチームが苦戦してるのよ。前回のポメラニアンズの素早いゴブリンがうちの守備陣に捕まったのは、そのせいもあると思うの。実際、試合を見なおしたら、ゴブリンたちの動きが他の試合と比べて悪かったのよ。ほんの少し、ほんのちょっとの差なんだけど、この一瞬の差が本当に大きいの。


 逆にうちの選手たちがここのフィールドのようなスピード型の芝だと、もっと速く走れるのか? というと、実はそこまで簡単な話でもなくて、筋力や体重や走り方が大きく関わってくるみたい。いずれにせよ明日のプレーには素早い判断が求められることは間違いなさそうね。


 視察が終わって練習用グラウンドに到着すると、マスターはすでに取材陣に囲まれていた。クアドロップでは試合前日に両チームのマネージャーとキャプテンの記者会見が開かれるのが定例化しているようで、ノールランドにはまだまだスポーツ文化が浸透していないんじゃないか、と私が思うくらい熱がこもっていた。


 というのも前回の遠征のティキタカ連邦もここクアドロップも地元メディアの報道陣の熱意がすごくて、ファンの数も全然違うのよ。単純に国の人口が違う、というのもあるけど、3万人規模のコロシアムが毎回満席で、無料チケットを取るのが大変らしいの。チケットの転売も横行しているんだって。そういえば、さっきコロシアムに一般人の列ができていた気が……きっと徹夜組なんだね。明日ノールランドから来るファンの席はあるんだろうか、と少し心配になった。


 私はそのままグランドに入って練習状況を確認したんだけど、みんなの努力と戦術理解の早さもあって仕上がりは上々。これなら明日はアウェーということを差し引いても互角に戦えるんじゃないかな。



 マスターが取材から解放されたのを見計らって私が報告に行くと、見たことのある報道記者と運悪く目が合ってしまった。


「あ、ミオさん! マナミーズの活動状況はいかがですか? 全国的にファンクラブがすでに複数立ち上がっているようなのですが」

「え、えーっ!?」


「全国のファンの皆様に一言お願いします!」

「そ、そうですね、明日の試合に勝って、みんなと一緒に盛り上がれるよう、応援よろしくお願いしますっ!」


 思いついたことをとっさに言っちゃったけど、良かったかしら? 「明日の試合」って言ったから主語はノーブラだと認識してもらえるとは思うけどさ。



 練習を終えた私たちは、今日泊まる宿にチェックインした、んだけど……。



 え? 私が相部屋? 誰と?



「ん? なんだ? ひょっとしてお前が俺と同じ部屋なのか?」

「は? マスターと? なんで?」


「なんでってお前、『新人が3人入ったから今回はマスターも相部屋でよろしくね』って言ったの、お前だったよな?」

「あ、そうでしたね。予算の都合で……。だ、だけどなんで私がマスターと?」


「そんなこと知るか! お前が決めたんじゃないのか?」

「ええっ?」


 近くにいたトミーの視線が突き刺さって痛い。

 私はあわててフロントに確認した。


「確かにノールランド・ブラウザーバックス御一行様、ツインルーム14部屋をご準備しておりますが?」

「そ、そうでしたっけ?」


「はい、総勢28名様、全てツインとお伺いしております。名簿の記名順にお部屋を割り当てさせていただきました」


「やっぱお前が手配してんじゃねーか。そんなに俺と同じ部屋が良かったのか?」


 後ろからマスターにからかわれたけど、となりのトミーは半泣きだった。


「いやいや、待って、私がそんな失敗をするはずが……確かいそがしくて名簿を作る時間が無かったから、めんどくさくなって選手名簿をそのまま……」

「……おい」


 だーっ!! 失敗したーっ! そりゃそうよね! よもやスポーツチームに女性選手がいるなんて誰も思わないわよね!?


「あの、すみません、もう一室ご用意していただけませんでしょうか?」

「あいにく本日は全ての部屋が埋まっておりまして……」


 ですよね~。ティモニーズのみなさんは今回、当日入りだから来てないし、完全に詰みました。


「別に俺じゃなくてババンと一緒でもいいんじゃねーか? まあ決めるのはお前だがな(笑)」


 ううっ、よもやこんなところでそんな選択をせまられるとは……。

 マスターはニヤニヤしてるし、トミーは子犬のような目でこっちを見てるし……。




 そんなわけで、私は現在、トミーと同じ部屋に二人きりです! いえーい!

いやいや、私トミーのこと、別に嫌いじゃないしー、付き合ってあげてもいいかなーって、少しは思わなくもないしー、ただ、こんな状況で二人きりってのはちょーっと想定外っていうかー。


 って、違う! そうじゃない! 本当に大変なのはトミーの方なのよ。明日試合に出るのはトミーなんだから、今日はしっかり休ませてあげなきゃ……。


「ミオ、あ、あのさ……」

「は、はいっ!」


「俺、明日……頑張るから……」

「う、うんっ! そうだねっ!」


「今日は俺と一緒の部屋で、ごめんな?」

「ううん、ぜんぜん! っていうか、手配ミスったの私だし……」


「あ、俺、先に身体を洗っても、いいかな?」

「え? あ……ど、どうぞどうぞ……」


「ありがとう」



 そう言ってトミーはお風呂場に入った。深い意味は……ないよね? でも水が流れる音が聞こえてくると、なぜだ? なんかドキドキするぞ!


 やばい、意識してしまう! ちょっと部屋を出て気持ちを落ち着けないと……。


 そう思った私が外に出ようとドアを引いた瞬間、


「うわっ!」「ひっ!」「あっ!」


 カルナックとティポーとベンちゃんが突然外から転がりこんできた。


「ちょっと! あんたたち、こんなところで何してんのよ!」


「「「なんでもないです!」」」


 こいつら! 外から聞き耳立ててやがったな!?


「とっとと出てけーっ!!!」


「「「ごめんなさーい!」」」


 と、彼らを追い出した私は、少し考え、ロビーに下りた。しばらくトミーを1人にしておけば、疲れているだろうし、すぐに寝るんじゃないかなって期待したのよ。



 買ってきたエールを手にロビーのソファに座ると、私は明日の展開をイメージしてみた。序盤から終盤まで想像してみたけど、なかなか難しいな、と思ったの。


「ジョセフが私の立場だったら、どうするかな?」


 私は独り言をつぶやき、思考の海に沈む。





「ミオ、部屋に戻るぞ」


 声をかけられて目が覚めた。明日の事を考えていたら、いつの間にかソファで眠ってしまっていたの。


「トミー?」

「ん? どした?」


 周りをみるとメインの灯りは消されていて、トミーの他は誰もいない。


「ひょっとして……迎えに来てくれたの?」

「ああ。だって『アネゴを追い出して一人で寝てた』ってことになったら、みんなに怒られるに決まってるだろ?」


 そう言ってトミーは私の横に座る。


 私はまだ少し寝ぼけていたのか、こいつがそばにいることが、なんとなく心地良く思えたの。前から見る表情はまだ少し子供っぽいけれど、横顔はなぜか凛々しく引き締まって見えた。


 そうだよ……こいつは兄貴じゃない。ちょっとだけ似てたから、これまでいろいろと勝手に思い込んでいただけなんだ。わかってはいたんだけど、ふっきれてなかったんだね。バカだね、私って……。


「ねえ、トミー」

「ん?」


「私ね、今、すごく充実してる。今、これまでの人生の中で一番幸せかも」

「え?」


「ううん……なんでもない。もう遅いし、寝よっか」

「ああ」


 割とそっけなく言って立ち上がったトミーに、私は自然と左手を出していた。


「手、つないで。部屋まで連れて行ってよ」


 トミーは一瞬、びっくりした顔をして、その後ほほ笑むと、手をつないでくれた。きっと私が酔っぱらっているとでも思ったんだろうね。


「明日も勝つぞ~!」

「そうだな」


 いっぱい走って、早く迎えに来てね! 私の勇者さま。

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