第41話 ジョセフの壁

 試合を見続けていると、69ersの何人かの選手の特徴がなんとなくわかった。WRはみんなフェイントで相手をかわすのが上手なんだけど、クラウゼヴィッツのCコーナーBバックには通用していなかったの。肩と膝の動きで動きを見切られていたからか、きっちりブロックされていた。彼らが今回どこまでくせを修正してくるかはわからないけれど、無修正のままであればうちのティポーたちなら抑えられそうな気はする。


 ちなみに69ersの戦略は、非常にオーソドックス。ランとパスをうまく混ぜて正攻法で攻め、正攻法で守るイメージ。


 問題なのは『なぜ彼らが負けたのか』がわからないこと。クラウゼヴィッツはフィールドキックでしか得点しなかったけれど、それ以外は極めて普通のゲームだった。確かにクラウゼヴィッツに攻撃を抑えられてはいたけれど、スカウティングだけで選手の能力差を埋められるほど、とも思えなかった。というのも、選手のレベルで言うと、クラウゼウィッツのレギュラーは69ersの控え以下なの。


 だから絶対にクラウゼヴィッツには意図的な何か、戦略的な仕掛けがあったのだと思うけど、それが見えない。どこに69ersの弱点があるのか、どこを抑えるべきなのかが見えてこないのよ。



 翌日、マスターやジョンモンタナ、カルナックとミーティングを開いた時、ジョンがジョセフモンタナのことを教えてくれたのね。ジョセフは小さい頃から天才だったらしい。スポーツマンとしても完成していて、動きに無駄がないんだって。


 パスの精度は精密機械のようだし、身体も強いからギリギリまで相手ディフェンスを引きつけられるし、なにより判断力に優れているからミスらしいミスがない。今のリーグのQBの中では2つ以上レベルが上なのだとか。


 そういった司令塔がいるチームは、守備陣も影響を受けてレベルがあがるから当然強いし、全体的に隙がない、と。


 マスターの意見では、69ersのマネージャーは攻撃のサインを出してないんじゃないか? って話だった。ジョセフのような司令塔がいるなら、ベンチワークが必要だとは思えない、って。選手の交代などについてはベンチが担当するとしても、攻撃の戦術レベルは全部ジョセフが仕切ってるんじゃないかって言ってた。まあ私たちもベンチからは大まかな指示しか出してなくて、ほとんどジョンやカルナックに任せっきりだから同じなんだけどさ。


 ただ、それが正しければクラウゼヴィッツは、やっぱり過去の情報からジョセフの戦術を見切ったってことになるわけだけど、いったい彼のどこを見たのだろうか? 誰も私とクラウゼヴィッツのマネージャーを比較なんてしてないだろうけど、自分の目が節穴だと認めざるを得ないようでなんか嫌だ。



 そんなわけで対策が立てられなかった我々の練習は通常通りのメニューだったんだけど、グランドには取材陣がたくさん来ていた。前半最終戦の上位対決で、おまけにQBが兄弟対決ということもあって、マスコミはこの1戦を盛り上げようとしているみたい。たくさんの人の注目を集めることはチームにとっても良いことなのだけど、私は胃が痛くなったわ。



 練習後にお店に戻った私は、69ersの試合を見直した。そして自分がジョセフになったつもりで毎回の作戦を予測しながら見てみる。ところが、まったく当たらない。


 そこにちょうど練習あがりのジョンモンタナが通りかかったから、聞いてみたの。


「ねえ、ジョセフはどうやって攻撃を組み立ててるのかな?」


 彼は少し考えて、よくわからない、と言った。ジョンもジョセフの攻め方は研究しているものの、その攻めがなぜ有効なのかが理解できないんだって。ジョンもジョセフの立場に立ってゲームを見ているけど、ジョセフの攻撃はまったく予想できないらしい。兄弟なのに考え方が全然違うのかしら?


「じゃあジョンはどう組み立てるの?」


「まず前提条件を考える。前半なのか後半なのか、点差がいくらなのか、時間がどれだけ残っているのか。そしてファーストダウンを取るためにあと何ヤードか、何回ダウンが残っているか、タッチダウンまで残り何ヤードか。次に選手の調子。うちのメンバーだけでなく、相手の調子も見る。相手がゾーンで守ってくる場合はできるだけ相手の調子の悪い選手にこちらの調子の良い選手をぶつけられるように動かすし、マンツーマンの時はその相手に勝てそうな選手にパスを出したい。その上で相手選手の位置取りを見つつ、こちらの意図がどの程度読まれているかどうかを想定しながら手堅い方法を考える。試合が進行していくと同じパターンは何度も使いにくいから、基本的な選択肢って実はかなり狭まっていくんだよね」


 そうよね。私もジョンと同じ考えだった。仮に1stダウンでサックされて残り30ヤードとかになってしまうと、距離があるから2ndダウンだとしてもランは選びにくい。一方で1stダウンで9ヤード進み、残り1ヤードってときは選択の幅が広がるけれど、そういった有利な状況では秘策は披露しにくい。


 そんなことを考えていると、今度はカルナックが通りかかった。


「あんた、ジョセフが考えてること、わかる?」 

「まあ、なんとなくは、な」


 え? どういうこと?

 私がびっくりしてもう一度聞くと、彼の考えではジョセフの攻撃は理にかなっているらしい。ランにせよ、パスにせよ、見えにくいところを攻めてくるのが上手いんだって。


 理解できなかった私がもう一度尋ねると、彼はディフェンスが守りにくい攻め方について教えてくれたの。カルナック自身はMミドルLラインBバッカーっていう、ラインの後ろの方から相手の動きを見つつ、他のLラインBバッカーたちに指示を出す役目なんだけど、ジョセフのプレーは彼の位置から見えにくいらしいのよ。意図的にボールを隠すように動いている、というか……。


 で、ジョセフはそういった『守る側から見て嫌なところ』を突くのが上手い、と。モーションをかけて守る側がマンマークなのかゾーンなのかを見破り、攻めやすく、守りにくい戦術を事前にイメージしている、と。しかもランの場合はどこをこじ開けるかを瞬時に判断してRBに指示を出し、パスの場合はぎりぎりまで相手をひきつけてから投げる。そういったテクニックにも優れている、と。


 実際カルナックに言われたことを考えながらもう一度試合を見てみると、69ersの攻撃は確かに敵味方の選手たちを壁に使っていることが多い。守備陣の後からの目が届かないところで動こうとしているように思える。


 ジョセフの考え方がなんとなくわかってきた気がした。

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