第25話 胃が痛くなる情報戦

 今度はこちらの守備。相手QBの動きを見てサインを読んだ私は、うちの守備の司令塔、カルナックに指示を伝えたの。


「ランで来ます」

「わかった」


 マスターにも手短に伝えると、相手側の1stダウンが始まった。結果は予想通りのランプレーで、守備陣が難なく相手のRランニングBバックを取り押さえる。


 次のハドル(作戦会議時間)も私は相手QBの動きをじっと見てサインを盗んだ。


「パスです」

「わかった」


 2ndダウン、相手QBが俊足ドワーフのロナルドにボールを投げる。しかしそこをあらかじめ読んでいたトミーがパスが渡る寸前でインターセプト! そのまま走り抜けてインターセプトリターンタッチダウンを決めた!


「うおおおおおおおっ!!!」

「Go! Go! BブラウザーBバックス! Go! Go! BブラウザーBバックス!」

「ババンガバンーっ!!」


 最後のババンガバンーっ!! にはさすがに吹いてしまったけど、私には余裕がなかったの。だってさっきもだけどトミーがゴールポストとの闘いに勝利したかどうかさえ確認するひまもないんだもん。まあ結果は見なくてもわかってるけどね(笑)。


 フィールドゴールのキックも決まって、スコアは14-0に。今のところ出来は上々。だけどこちらが相手の情報を読んでいることはすでにバレているかもしれない。相手だってジョンモンタナの動きからこちらのサインを盗もうとしていたわけで、同じことをされていると相手が感じるのはある意味当然だと思うもの。


「次からは、あまり予測を当てにしないほうが良いかもです」

「そうだな」


 マスターが短く答えたところで相手の攻撃が始まる。じっと相手QBの動きを見つめていた私は、彼の動きがややオーバーに思えた。


「ランです」

「わかった」


 相手の1stダウン、やはりランで攻めてきた。カルナックを通して私の指示を受けていた守備陣は、見透かしていたかのように相手を抑え込む。


 ここで相手が一回目のタイムアウトを取った。相手マネージャーのキーンさんがQBと話し込んでいる。マスターもそこを見ていたようで、言ってみた。


「さすがに気づかれましたかね?」

「もうしばらく様子を見よう」


「わかりました」


 タイムアウトが終わり、相手QBを見ると、さっき同様のオーバーアクション。


「ランです」

「違う」


「えっ?」


 相手の2ndダウン、マスターの言うとおり、相手はロナルドを走らせ、こちらの裏をかいてパスを出してきた。ロナルドはそのボールに追いつくと、遅れてタックルに来たトミーを跳ね飛ばし、タッチダウン!


「ダークダックスー!!」


 遠くから相手の応援団の声援が聞こえた。若干間が抜けていたように思えたのは気のせいではないにせよ、鮮やかに裏をかかれることがこれだけ悔しいことだったとは……。


 その時だったの。鼻血を出したトミーがベンチに担ぎ込まれてきたのは。


「ト、トミーッ!!」


 思わず声をあげて立ち上がったところをマスターに制され、私はあわててそのまま座り直した。代わりにマスターが救護班のノームさんたちがトミーに魔法をかけているところに歩み寄る。


「大丈夫っす! 全然大丈夫っすよ! 次は倒してやりますよ!」


 トミーの元気な声がこちらまで聞こえて、ほっとしたと同時に、私はなぜか泣いていた。


 その直後、


「わああああっ!!」


 場内から歓声が沸き起こった。なんと、相手がタッチダウン後のフィールドゴールを外したの。これでスコアは14-6。これは正直、不幸中の幸いだった。


 この時マスターは立ち上がって、攻撃陣に言ったの。


「今日はワイルドキャットはない。サインはパスかランだけだ。いいな!」

「「「「「はい!」」」」」


 そして彼はそのまま、引き上げてきた守備陣の中に入ると、敵のロナルドとマッチングするはずのティポーに声をかけたのね。


「読みが外されたのか?」

「いえ、読みは合っていたんですが、あいつ、思ったより強くて……」


「わかった。これからパスの対応は二人がかりであいつに当たれ」


 そう言ってからベンチに下がった。この人、見た目は相変わらず淡々としていて、本当に何を考えているかわからないけど、その時その時できっちり手を打てるんだなと、あらためて思った。



 その後のノーブラの攻撃も、そのまま私がセンターくんに指示を出し続けました。敵に動きを完全に読まれることはないものの、リザードマンたちのプレッシャーが強くて攻めきれず、結果は4thダウンのフィールドゴールでの3点どまり。17-6。


 ここで第一クォーターが終了し、これから前半の後半を迎えることになりました。っていうかさ、長くね? これでまだ試合時間の四分の一だよ? 私、もたないよ。


 そんな私の嘆きとは関係なく、いきなり守備の時間が始まります。だけどこの間にマスターは何かをつかんだらしくて、守備ではこれまでとは逆に私に読みを伝えてくれるようになったの。


「パスだ」

「はい」


 私がカルナックにサインを送り、相手の1stダウンを迎える。結果は予想通りパスの動き。ロナルドを守備陣二人がかりで抑え込み、敵のパスの出しどころを封じると、やむなく自ら走り出した相手QBの動きを読んでいたカルナックがサック!


「うおおおおおっ!!!」


 観客がどよめく。いやー、見てる方は楽しいと思うよ~。でも関わってる方はマジで胃が痛いっすわ~。


「次もパス」

「はい」


 2ndダウンもその通りだった。ティポーたちはロナルドを自由にさせず、他のパスの出しどころも遮断した守備陣は、ダークダックスを1ヤードも前進させない。


「パスだ」

「はい」


 3rdダウンもやはりマスターの言った通り。そして相手QBを再びサック! あっ、ボールがこぼれた! ファンブルだ! うちの守備陣がすぐに奪って攻守チェンジ!


「うおおおおおっ!!!」


 いやぁ……胃が痛いながらも、これはなんか気持ちいいっすわー! っていうか、マスターあなた何者? なんでわかったの? 神様ですか?


 今度のこちらの攻撃は、ランとショートパスを中心にじりじりと距離を稼いでいく。序盤は脅威だった相手のリザードマンたちも、守備の時間が長いからか、こちらの選手のくせが読めないからか、疲れが出ているのがありありと見えてきた。


 そして前進を続ける我が軍はラスト12ヤード、再びランを選択すると、なんとジョンモンタナが自らの判断で特攻をかけ、リザードマンたちのディフェンスラインを割り、そのままタッチダウン!


「きゃ~!!」

「ジョンモンタナ~!!」


 エルフたちの黄色い声援が私の胃薬になってくれる気がしたよ。

 キックも決まって24-6。その後の相手の攻撃をしのぎ切ったノーブラは、そのままのスコアで前半を折り返したの。勝敗の行方は後半に!



※本来のアメフトのサインはもちろんもっと複雑で、数百のパターンがあると言われています。この話では諸々の事情から、かなり端折ってお伝えしております。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る