第22話 リベンジ

 その日の夜、マオとナオを先に帰宅させた私がお店で一人収支を確認していると、遠征先からマスターが戻ってきた。


「なんだ、いたのか」

「お疲れ様でした。何か飲まれますか?」


「ああ、水を一杯くれ」

「……わかりました」


 私はコップに水を注ぎながら横目でマスターをうかがう。見た感じ、かなり疲れているみたい。


「どうぞ」

「サンキュー」


 彼はそう言って水晶玉を起動させると、今日の試合をもう一度見始めた。

 私は彼の邪魔にならないよう、荷物の片づけと食器洗いと掃除をすませる。この人が今、なにを考えているのか、聞きたいのをぐっと我慢して。


 一通りゲームを見終わると、マスターは振り向いた。


「ん? まだいたのか?」

「ええ」


 マスターは少し思案する表情を見せて、私に言ったの。


「今日の試合、どう思った?」


「すべてを見たわけではないのでよくわからないけど、言った方がいいですか?」


「なんでもいい、お前が感じたことを教えてくれ」


 彼の真剣な表情に、私は一呼吸おいて自らのグラスに水を注ぎながら、軽く話し始めた。


「そうですね。戦略レベルの差が明らかに出た試合だったと思います。スタッツ的にはそこまで差はなく、一見低レベルな凡戦のように見えますが、相手に動きをうまく研究され、それをこちらは上回れなかったのかな、と。攻撃側の選手を守備に抜擢してマンマークしてきたのはさすがに予想外でしたが。戦術においてもこちらの過去のフォーメーションパターンを相手はすべてチェックしていたように感じました。ここまで事前予測を外された上に対策を練られ、相手の想定パターンにはまってしまうと現在の我々の力では挽回できないのもやむなしかな、と」


「誰がそんなプロっぽい意見を述べろと! めちゃめちゃ調子くるうじゃねーか! っていうか、しっかり全部見てんじゃねーかよ!」


 言いながらマスターは笑った。そして


「ただ、それだけじゃない。これを見てみろ」


 そう言って私に水晶玉を見せながら説明する。


「相手選手の出足がかなり早い。判断にムダがなさすぎる。おそらくこちらのパターンが事前に読まれてる」

「ということは、うちのサインがばれてるってことですか?」


「かもしれん。いずれにしても今日の負けは俺のミスだ。あのフランツのおっさんにしっかりやられたぜ! 周りから老害とか言われても、ポイントはきっちりと押さえてやがった」



 マスターは渋い顔で水晶玉をながめる。私が彼のグラスに水を注ぎながら


「次の相手も同じ手を使ってくるかも。裏をかいてやりましょうよ」


 と言うと、彼はにやりと笑って


「そうだな」


 とあごひげをでた。



 翌日はオフだったけど、私とマスターの戦いはすでに始まっていた。二人で選手たちの情報を徹底的に調べ始めたの。次の対戦相手の情報、ではなく、ノーブラの選手たちの情報を。これまでの試合の個人個人の動きを綿密にチェックし、目立つくせがないかを確認するために。


 なんでそんなことをするのかって? 理由は二つあるの。選手の動きは練習と本番とでは実はかなり変わってくるのよ。緊張の度合いが全然違うしね。だから本番では練習で見せない変なくせが無意識に出ているかもしれないの。


 もう一つの理由は「敵の得る情報は、やはり過去の試合データしかない」ということ。相手はきっと、勝つために何度も何度も過去の試合を見直して選手たちのくせを見極めたに違いないの。だから私たちもそれを特定して選手たちにフィードバックすることで行動パターンを見破られないようにしなきゃなんない。


 マスターと私は過去5戦の動画をチェックすると、互いに意見を交わし合った。私が驚いたのは、マスターが指摘するポイントが私の5倍以上はあったこと。確かに昔の彼の仕事は相手の動きを見極めることが重要だったのかもしれないけど、専門職と素人じゃこれだけの差が出るんだ、と正直驚いたわ。


 それが終わると今度はマスターが出すサインについての話し合い。サイン自体は相手に読まれないように難しくすることはいくらでもできるけど、ジョンモンタナの疲労を考えてあまり複雑なサインにはしていなかったらしいのね。ちなみに私は、サインを受けるジョンモンタナの側の動きも気になっていた。過去のプレーを注意して見てみると「これは明らかに仕掛けてくる」と思われても不思議じゃないくらい態度に表れていたから。


「あいつ、真面目すぎるからなぁ……」


 確かにそうね……。ちなみにマスターが元いた世界ではベンチからのサインはQBのかぶとに備え付けられている「無線」という通信機で聞こえてくるらしくて、動きでばれることはないんだってさ。



 次の日の朝、マスターと私は選手全員に資料を渡して、個別に説明していった。どの動きが読まれている可能性が高いのか、水晶玉の映像を交えて伝えながらも、選手自身の意見も聞いてみる。ほとんどの選手たちは自分のくせに気がついていなかったみたいで、いつも攻撃と守備でマッチアップする者同士で意見を交わし合いながらくせを直そうと必死になって取り組んでくれていた。そりゃ、あの敗戦の後だもんね。やる気になってもらわなきゃ困るわ~。


 え? トミー? もちろんマスターにお願いしたわよ。あいつが私の言うことなんて聞くわけないもん。当然あいつの動きは素人同然で、くせだらけでした。はい。


 それが終わると今度はマスターからのレクチャー。「相手の動きをどう読むか?」というテーマでひざと肩の動きで、相手が右に動くか左に動くかをいかに見ぬくかを教わる。プロってそういうところを見ているのか、と私も感心させられたわ。


 居残り練習ではジョンモンタナとのサインのやり取りについて、相手にばれているであろうことを伝えつつ、今後どうやっていくかを話し合った。他のメンバーは、私たちが何も言わなくても、練習メニューをこなしてくれてた。みんな敗戦の悔しさを味わったせいか、体を動かさずにはいられないみたい。


 私はお昼前に一度お店に行き、マオとナオに今週から店に入れないことを伝えた。彼女たちは不安そうな顔など見せず「頑張ってやりな!」って背中を押してくれた。まあ、あの二人なら大丈夫よね。マリアさんもリリアさんもいるしね。


 それから私はマスターと二人で、今後の練習スケジュールについて打ち合わせた。結論から言うと、今週の試合から私もチームに帯同することになりそうなの。なんていうか「ウェイトレス⇒料理長⇒店長代理⇒スポーツチームディレクター」と順調にキャリアアップしてる気がするけど、みんな私がなに言ってるのかわかんないわよね? もちろん私もわかんない。だけど任せられたからにはとことんやるわよ!

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