第20話 スカウティング

 マリアさんとリリアさんが来てくれたおかげで私は徐々にチームに関わることができるようになったんだけど、その仕事のほとんどがスカウティングという、相手チームの情報集め。相手選手の特徴や実績、チーム戦術から過去の戦績などを自分の中に生きた情報として取り込んで、チームメンバーにわかりやすく伝える仕事なの。


 勝敗や選手実績スタッツのような数値的なものは見れば誰だってわかるけれど、戦術的な相性はそれだけでは推し量れないし、総合的な情報だけでなく、各選手の動きの特徴も調べなければならない。うちの選手は数字と戦うわけじゃないからね。


 例えば、スポーツは毎回陣形を組んで相手と向き合うところから始まるんだけど、こんな感じ。


   ▼ ▼

   ▼ ▼ ▼

▼  ▼▼▼▼  ▼

⑧⑨ ③①⓪②④ ⑤ ⑩←ババン

    ⑥←ジョンモンタナ

    ⑦←ベン


 ▼が守備側(ディフェンス)で数字が攻撃側(オフェンス)なんだけど、それぞれ真ん中の方に4~5人のラインを作るのね。で守備の選手(特にディフェンシブラインの選手)は攻撃側に襲い掛かってボールを奪おうとしたり、前進を阻止しようとする。


 逆にオフェンシブラインの選手(⓪~⑤番の選手)は目の前の相手を抑えて後ろから走る選手の道を作ったり、QBが相手にサックされないよう壁になって守ったりするの。守備側はボールを持った相手を前に進ませないよう全力で戦ってくるからね。


 長々と書いたけど「向かい合う相手と取っ組み合いするからその情報が必要」って思ってもらえればOKです。だから相手の能力と動きを調べて、どう来るかを細かく分析する必要があるの。



 ところが次の対戦相手、エミル・クラウゼヴィッツはここまで0勝4敗で、しかもそれが全て大敗。相手も強いところばかりじゃないし、よっぽど内部事情が悪いのかなと思ったら、案の定マネージャー(監督)が責任を追及されて解雇されたばっかりだったのよ。


 選手に問題があったのかな? と思って調べてみると、このチーム、なんと人間ヒューマンばっかりだった! 普通は同一種族で統一されていたら、仲良くやりそうなもんじゃない? でもそんな簡単じゃないのね。わからないもんだわ~。


 新しいマネージャーについては私もまだ情報がつかめていないんだけど、マスターと同じ世界から招聘しょうへいされた人のようで、すでにチームの改革を始めているみたい。


 マスターが言うには「相手のマネージャーが交代した直後の試合」っていうのは、気をつけないといけないらしい。それまでのマネージャーに冷遇されていた選手たちが自分のいいところを見せようと発奮して、予想外の力を出すことがあるんだって。


 そういった意味では今回集めた資料はあまり役に立たないかもしれない。これまでのクラウゼヴィッツの戦術パターンはオーソドックスなものだったけど、新しいマネージャーがどの選手をどう起用してどういった戦術で来るのか、予想がつかないもの。


 え? 自分だったらどうするかって? それがわかれば私だってマネージャーになれますって(笑)。


 というのは冗談で、マネージャーって本当に大変な仕事なの。うちみたいに人数が少なくて、ほとんどがレギュラーのチームは珍しいと思うけど、それでもマスターは選手みんなの練習での調子を見てポジションを入れ替えたり、攻撃と守備の戦術や時間の使い方をみんなにわかりやすく伝えてくれるし、細かいところまでよく見て気を配ってる。これを一般人にやれっていうのは正直無理だと思う。マスター、異世界から召喚されるだけのことはあるわ。本人は「ケガを考えなくていいから全然楽だ」って言ってるけど……。


 おっと、仕事にかからなくっちゃ。とりあえずこれまでの相手レギュラーメンバーの情報を応対する予定の選手たちに伝えていく。もちろん相手のマネージャーが変わったから、あまり信ぴょう性がないことを留意させて。え? トミー? あいつが人の言うことなんか聞くわけないじゃん。


 いずれにしても練習メニューは通常通り。特別なことは行わず、ワイルドキャットフォーメーションをやや厚めに行うことになりました。



 ところで今の我らがブラウザーバックスの順位ですが、4勝0敗で堂々の1位です。以下は3勝1敗で3チームが並んでいる状況なんだけど、得失点差でシックスティナイナーズが2位。彼らは優勝候補だし、いずれ私たちと戦うことになるわけだから、早いうちに情報を集めておかなくっちゃ。もちろんまだ先の話ではあるし、今のノーブラの好調もどこまで続くかはわからないから頂上決戦になるとは限らないけどさ。


 お昼にお店に戻ると、私より先に戻っていたセンターくんたちが厨房の拡張工事をやってました。体の大きなベンちゃんもテーブルを作ってくれてるし、マリアさんもリリアさんもエレガントに接客をこなしてくれているし、マオもナオも料理の腕は問題ないから、私がいなくてもお店は十分回るんじゃないかしら? というかちょっと前までの私はあまりのいそがしさで目が血走っていたかも。彼女たちの方が安心感あるわよね。そう思うと少し寂しく思ったり……。


 あ、そういえばチームのオリジナルグッズはナオがデザインしてくれてて、選手の意見を聞きながらまとめてくれているみたい。こっちも楽しみだなぁ。


 みんなに仕事を押し付けて申し訳ないと思いながらも、私は時間をみて他のチームの情報を集める。過去の試合もできるだけ自分で見るようにした。マスターに近い位置にいる私ができるだけサポートしなきゃ、って思ったから。おかげでスポーツのルールはかなりわかるようになったよ。それから戦術も。社会に出てから久しぶりに勉強っぽいことをした気がする。


「おっと、そうだミオ、相手の新しいマネージャーの名前、わかったか?」

「えっと確か『ベッケンなんとか』さんだったかと……」


 マスターごめん(笑)。私、長い名前を覚えるのはいまだに苦手なのよ。今度から召喚する人は5文字以内の人にしてほしいわ~。


 なんて思ってたら、マスターはあごひげをいじりながらしばらく考え込んだ後、


「嫌な予感がするな……」


 そう言ったの。

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