ウェイトレス・ミオの異世界スポーツバー「イギーダ」繁盛記

叶良辰

第1話 イギーダの酒場

 私(ホークル・女 18歳)がこの酒場で働こうと思ったのは、たまたまでしかなかった。正直言って私のような器量の悪い娘を雇ってくれるところなら、どこでもよかった。だってドワーフのような力仕事はできないし、エルフやノームのような聡明さも精霊の加護も魔法もない。泥棒になるほどの度胸もなく、ホークルのくせにそこまで器用でもない私ができる仕事なんて雑用くらいなもので、仕事を選べる立場ではなかったの。どーせ私の存在価値なんてたかが知れてるし。


 え? 永久就職しないのかって? 私、ホークルのくせに体毛が薄いんだよね。だから同族から気持ち悪がられて貰い手がないのよ。なぜか人間ヒューマンどもには「カワイー♡」とか言われるけど、どーせ私がちっこいから子ども扱いしてるだけなんよ。結局人間だしね。あいつら性格悪いし浮気するし、横暴だし信仰心薄いし、私らのことは人扱いしてないし自己中で自分らが一番だと思ってる奴らだしねー。


 って思っていたの。


 そんな私が、たまたま街で見かけたこの酒場の求人の張り紙を見て何も考えずに中に入ってしまったのが運のつき。


 そこはファンキーだった。


 ごっつい身なりのモヒカン男どもがヒャッハーな感じで大勢たむろっていたの。なんか皆さん目つきがイっちゃってるし……。


 ドアを開けた瞬間に凍りついた私は、


「マスター! 酒をくれー!」


 という客のでかい声でビクついた。あわててその場を離れようとしてたんだけど、恐怖で足がすくんで動けない。お願い、動いて! 私の足!


 ――ガタッ!


 目の前で音がしてとっさに顔を上げた。その私の目に映った光景は、信じられないものだったの。


 バーカウンターの中で立ち上がった中背の男が酒の入ったグラスをさっきの男に向かって投げ込むと、そのグラスがその男のテーブルの上にぴたっと止まった。まるで慣性の法則を無視するかのように、吸い付くようにピタっと。一見無造作に投げ込まれたグラスから酒は一滴もこぼれていなかったの。


 バーカウンターのその男は日焼けした肌に長くごわごわな黒髪と口ひげを蓄え、どう見ても只者じゃない。この店のマスターだろうか? そしてその男の瞳が水平移動し、入口で立ちすくむ私の存在をとらえる。しまった! 逃げなければ!


 恐怖の鎖を断ち切り、振り向きざまに観音開きのドアを開けて走り去る私。ところがあまりに慌てすぎたせいか、その先に岩のように大きな男が立ちはだかっていたのに気がつかなかったの。


 ぐ に ゃ り


 私の身体はその男のゴムまりのような腹にめり込んだ。そしてすぐに、


 ぼよ~~~~ん!


 と無情にも反動で弾き飛ばされると、観音開きのドアを一瞬でこじ開け、店内に舞い戻ってしまったの。


 ゴロゴロゴロッと酒臭い床を球のように転がり、ドカーンと盛大にバーカウンターにぶつかる。


「いたたたたっ!」


 後頭部をしたたかに打ちつけ情けない声をあげてしまったんだけど、アホな私は立ち上がる際にカウンターテーブルにも頭をぶつけてもう一度悶絶した。


 だけど、本当の悲劇はこれからだった。


「いてえ~~~ いてえよ~~~」


 という大仰な声が外から聞こえてきたの。


「お、おい! ひょっとしてオープンハート様をハートブレイクしてしまったんじゃないのか?!」

「まずい! すぐに逃げないと手が付けられなくなるぞ!」


 店内のモヒカンたちが血相を変えて慌て始める。というか入口付近の男たちはすでに立ち上がって店外に逃げだしていた。


 ところが予期せぬことに、いや予期できたことなんだけど、やはりぼよ~~~ん! と跳ね返されたモヒカンどもが私の方に向かってゴロゴロと転がってきたの。かろうじて3体のモヒカンを避けきった私は外から巨大な悪が近づいてくるのを感じた。そして3体のモヒカンが立ち上がるときに頭をぶつけ、悶絶したことも感じた。


「いてえよ~~~ いてえよ~~~」


 外から近づいてくる微妙になまめかしい声色が恐怖を倍増させ、私の背筋を凍りつかせる。


 これはやばいことになった! きっとあのオープンハートとかいう乙女チックな名前のゴムまり男がこの店を丸ごと破壊するに違いない! それにあの男はきっと、女の子の事を敵だと思ってる、なぜかそんな気がしたの。


 その時、ガクブルな私の前に降り立った1つの影。ん? そのチリチリロンゲはこの店のマスター?


「仕事を探しているのか?」


 場の空気を読まずに彼は私に言った。


 この際助かればなんでもいい、威厳がありすぎて見た目は怖そうなおっさんだけど、助けてくれるなら誰でもいい、そう思った私はそのまま、


「助けてください!」


 とうなずいてしまっていた。




 それがこの店で私が働くことになった経緯です。ちなみにこのイギーダの酒場、地球という異世界から転生してきたマスターが開いたスポーツバーで、マスター自身も昔はスポーツマンだったらしい(それもかなり有名な。ある意味非常に有名な)。


 そしてモヒカンたちはこの店を贔屓ひいきにする「ノールランド・ブラウザーバックス」というスポーツチーム、通称ノーブラの選手たちで、それほど頭は良くないものの普通の人間ヒューマンに比べると非常に紳士的な方々でした。


 あ、ゴムまりのような巨漢のオープンハートさんは、ノーブラの熱狂的なファンで、男性なんだけど男性のことが好きらしい。私にはよくわからないけどね。


 え? 私? ごめんなさい、申し遅れました。この店「イギーダの酒場」の看板娘、ミオでございます。店主マスターともども今後ともどうぞよろしくご贔屓に!



注:ホークル……地球では一般的にホビ〇トとかハーフリ〇グと呼ばれてるらしいわ。

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