第39話 思わぬ再逢と託された言葉

 サティアが魔導研究所の連中と過ごしているさ中、私は深い眠りについていた。

かがされた睡眠薬の影響もあるだろうが、“父親が行方不明”という現実を知らされた事もあり、目を覚ましたくなかったのかもしれない。

「沙智…」

視界が真っ黒い中、自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。

本当ならば、知らない。知るはずのない声――――――だが、私はこの声の主を知っていた。

「おい…いい加減、起きやがれ!!」

「っ…!!?」

頭上から怒鳴られた気がした私は、瞬時に起き上る。

しかし、それがすぐに“おかしな事”だと気付く。

 普段なら、サティアに臓器補助器を調節してもらえるから、こんなに素早く起きられないはずなのに…?

私は、自分の両手を見つめながら思う。しかも現在は、魔導研究所の連中に捕まっているだけでなく、サティアとも切り離されているため、動けるはずがないのだ。

「…ここは、夢の中だ」

「えっ…?」

疑問に思う私の事を察したのか、横につったっている人影が声を出した。

視線の先には、蒼色と黒の入り混じった髪を持つ青年が立っている。

「えっと…」

「…忘れたとは言わせないぜ?このエレク様を…!!」

「……あ……」

その青年が口にした名前を聞いた途端、ものすごい勢いで記憶の波が押し寄せてきた。

いつもならば、時代を超える度に消されていた記憶。しかし、ある時を境に思い出すようになっていた訳だが、そんな記憶の、覚醒の要となった人物の名前だった。

「エレク…!!」

私は寝転んでいたその場からすぐに立ち上がり、彼の胸の中へ飛び込んでいく。

「おいおい…ちょっと会わない内に、随分雰囲気変わったじゃねぇかよ」

いきなり抱き着いてきた私に驚きつつも、少し意地悪そうな口調でエレクは言葉を紡ぐ。

 私、やっぱり彼の事を…

私は再会を果たしてようやく、自分がこの人を好きになっていたのだと、改めて実感する。

彼―――――エレクは以前、19世紀のイギリスを訪れた際に出逢った人物。そして、ヴィンクラにあるハードディスクのログイン・ログアウト相手だ。しかし、彼は普通の貴族ではなく、闇に生きる一族・吸血鬼ヴァンパイアの青年である。彼は「他人の心を読む」という能力を持っている関係でサティアの存在に気付いた数少ない相手。また、私の事情も理解してくれていたため、最終的には彼のおかげでこの時代を去れたといっても過言ではない。

 あれ?そういえば、夢の中って…

再会を喜んだ私だったが、彼の台詞の真意を考えようとすると―――――

「ちょっと、二人共。再会を喜ぶのもいいけど、あまり長くいられる訳ではないんだからね?」

「きゃっ!?」

突然、頭上から声が聴こえたため、私は思わず声が裏返る。

彼の腕の中から離れると、そこには金髪碧眼の青年がいた。私よりは背が高いが、エレクよりは低いと見える。

「……だな。癪だが、ここはそいつの独壇場でもあるし…。ひとまず、状況整理といこうぜ」

少し不服そうな表情を浮かべながら、エレクは私に触れていた腕を完全にひっこめた。


「細かい事は割愛するとして…君は、僕やエレクが吸血鬼だって事は…覚えているよね?」

「はい…思い出し…ました」

金髪碧眼の青年・セイダからの問いかけに対し、私はしどろもどろで答える。

「…まぁ、それならばまだ良し…かな。吸血鬼ヴァンパイアは貴族レベルであれば、特殊能力を持つ者が多くてね。そして、その貴族たる僕の“人間の夢の中に侵入する”能力で、君の夢の中に僕が生成した空間を広げているという訳だ」

「夢の中…それって、“夢魔”…インキュバス…?」

「へぇ…。君、意外と博識なんだねぇ…」

セイダの説明に私が言葉を付け足すと、彼は感心した口調で私を見下ろしていた。

「君の言う通り、僕は、夢魔インキュバスのような能力を持つ。最も、本物と比べて、妊娠させたりはしないから安心してよ!」

「に…!!?」

彼のからかうような言い方に対し、私は頬を赤らめる。

「まぁ、とにかく…そいつの能力は、生きとし生ける者ならばどんな相手でも夢の中に侵入できる訳だ」

セイダに後ろから拳骨を食らわせたエレクが、話に割り込んでくる。

「本当にもう、エレクは吸血鬼使い荒いんだからぁー…。僕が、彼女の父親を偶然見つけたんだからね?それを忘れないでよー!」

「えっ…!!?」

ぶたれた箇所を押さえながら文句を言うセイダの台詞ことばに、私は反応する。

「お父さんに…会ったの?!」

「…そうだね。まぁ、彼に頼まれたといっても過言ではないし」

「…っ…!!」

紡がれる言葉の一つ一つに対し、私は驚いていたのである。

「順を追って説明すると…だ。セイダとお前の親父が会ったのは偶然らしいが、おっさんの方は意図的に、“俺らの時代”に現れていたそうだ。お前の身を案じて…な」

「“意図的に”…」

エレクの説明を聞いた私は、その場で考え込む。

 意図的にという事は、私が知識を得るために訪れる時代を把握していたって事よね?でも…

不意に何か思いついた私は、二人の方を向いて口を開く。

「でも…“ここ”にいないって事は、もしかして…」

「…おそらく、奴はもう大英帝国こちらにはいないだろう。まぁ、あまり深く首をつっこまない方が賢明だと判断して、追いはしなかったがな」

私の問いかけに対して、エレクが答える。

「それで?あのキーキー女とは、どうなんだ?俺の予想が正しければ、奴はセイダの能力ちからでは侵入できないだろうが…」

「あ…」

人工知能サティアの名前が出てきた途端、私は言葉を濁す。

その後、私は彼らに現状を伝えた。

「成程…。詳しくはわからねぇが、お前の親父さんが懸念していた事が、当たったと思ってよさそうだナ」

「…みたいだね。ふむ…君達親子は、血の味といい不思議な存在だよねー…」

私の話を聞いた二人が、各々の感想を述べていた。

「安心しな。一・二滴ほど、セイダに飲ませてやっただけだ。要求に応じる“対価”としてな」

エレクは、少し不敵な笑みを浮かべながら私の頭を軽く撫でる。

セイダの一言で、私の父が彼に血を吸われたと勘付いた事に気が付いてくれたのだろう。

「賢い君ならわかると思うけど…如何に僕の術が“生きとし生ける者なら誰の夢にでも侵入できる”にしても、現実の君がいる場所までは手を伸ばすことはできない」

「お前の親父もそれをわかった上で、俺らに“この言葉”を伝えるよう頼んだんだろうよ」

「その“言葉”って…」

私は、二人の話を緊張した面持ちで聞いていた。

「何でも、“それ”をあのキーキー女の前で口にすれば、“かけられていた足枷”が取れて奴が自由に動けるようになるらしい」

「へ??」

エレクが述べた意味深な台詞ことばの意味が、私にはよくわからなかった。

「俺様は、お前がいた時代とやらの吸血鬼ヴァンパイアじぇねぇからな!話を聞く限り、そういう解釈しかできなかったっつー事だ!」

「足枷…か。うん、わかった。自分で考えてみるから、その“言葉”を教えて!」

私は、食い入るような瞳で、エレクに縋る。

「ったく…。今度会ったら、俺様に血を吸わせろよ?」

少し不満そうな口調だったが、照れ隠しな部分をかもしながら、吸血鬼は言葉を紡ぐ。

そうして、エレクが父から聞いたというある言葉を、彼の口から聞く事となる。

本来ならば、夢の中で好きな人と再会を果たすなんて、絶対に不可能だろう。ある意味、“奇跡”とも呼べる事態を体験している私であった。



そして、その“夢”を見た翌日――――――

「おはよう、緑山君。何やら、すっきりしたような表情かおをしているが…何かいい夢でも見たかね?」

「夢…ね。確かに、そうかも…」

私は、少し自嘲気味に笑いながら、オルゴの問いに答えた。

今は薄い掛布団が体の上に敷かれているが、横たわった状態で四肢を手錠で拘束されている私は、目だけ動かして彼らを見据える。声を出していないのですぐにはわからないが、そこにはサティアが宿るヴィンクラがあった。

「サティアを連れてきたって事は…また、彼女が知らない話?」

「まぁ、そういう事だね」

飄々とした態度で答えたオルゴは、部下にアイコンタクトをする。

すると、ヴィンクラを持った彼の部下が、後ろからゆっくりと歩いてきていた。

 サティアがいるヴィンクラのミュートは、ずっと外しっぱなしだろうし…今だよね、エレク…!!

そう心の中で確認した私は、一呼吸置いてから、口を開く。

「“糸を断ち切れ、機械人形マリオネット”…!!」

「ん…?」

私は、意味深な言葉を言い放つ。

それが何を意味するのかは当然、彼らは知らない。しかし、“それ”の意味を“彼女”はよく知っていた。

『沙智……あんた、どうして“それ”を…!!?』

ヴィンクラからは、サティアの戸惑いに満ちた声が響いてくる。

「いいから、兎に角早く…!!」

『…っ…!!』

私は人工知能サティアに早く動くよう促すと、それに応えた彼女の声は苦悶に満ちていたが、ヴィンクラが一瞬点滅した事で、私の求めに応じてくれたのがわかった。

何かに勘付いたオルゴが、部下の手からヴィンクラを奪い取る。

「サティア…!!?」

ヴィンクラのいろんな部分に彼は触れていたが、人工知能は何も答えなかったのだ。

「緑山君…君、彼女に何をした…?」

背中越しのために表情はわからないが、オルゴの少し苛立った声が聞こえてくる。

「貴方に教える義理なんてないわ!…いつまでも、貴方達の思い通りに事が進むとは思わない事ね!!」

私は、サティアが無事に“ヴィンクラから脱出した”のを確信したため、相手に対して啖呵を切る。

 サティア…あとは、貴女に任せるわ…!!

私は、心の中でそう強く考えていた。

先程口にした言葉は、サティアに架せられた“足枷”を外し、制限をなくすためのパスワードのようなもの。その“足枷”とは、“IT機器でないものに繋がれている場合は、ケーブルを介して乗っ取りができない事”を指す。パソコンなど色んな機器を乗っ取って操れる人工知能であるサティアにしてみれば、この足枷が外れれば“電気の通っているものならば何でも乗っ取る事ができる”ようになったのだ。しかし、だからといってすぐに何かが変わる訳ではない。ヴィンクラを外されている以上、私自身は動く事ができないのだから。

そのため、この後無事に逃げ出せるか否かは、先にこの部屋を後にしたサティア次第なのだ。

 エレク…お父さん…ありがとう…!!

私は、夢の中で再会した青年や、彼に助言をしてくれたお父さんの顔を思い浮かべながら、また眠りにつくのであった。


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