第31話 攫われた理由

 ん…

あれからどれだけの時間が経過したかわからないが、私は暗闇の中で意識を取り戻す。

『沙智…』

最近お約束となりつつあるが、意識を取り戻した私に人工知能サティアが声をかけてくる。

さしずめ、両手両足を縛られて、布で目隠しと口を塞がれている…って所かしら?

『…あたり。やっぱり、ログインをしていると、多少の余裕はありそうね』

うん。暗所恐怖症でもないから、目隠しされていてもあまり問題ないしね…

サティアの皮肉をこめた言葉に、私は余裕綽々で答える。

「っ・・・!」

私は、自分を拘束している縄を解くために関節技を使って悪戦苦闘していると、身体のバランスを崩して何かの角に肩をぶつけた。

その硬い感触が木による物だというのを身体で悟り、ここがどこかの室内ではないかと疑いを持ち始めた時だった。

「お頭!どうやら、目が覚めたみたいですぜ」

「おお…。では、こっちへ連れて来い」

「へい!」

真っ暗闇の中で、複数の声が響いていた。


「…気がついたか」

「ここは…?」

その後、見知らぬ場所に連れてこられた私は、目隠しと口を塞いでいた布を外される。

ずっと視界が暗かったので、薄暗めであるランプの灯すら眩しく感じ、目を細めていた。気がつくと、自分の肉体は縄で縛られたまま、地面に座らされていたのである。

周囲は薄暗くて場所の特定は難しいが、紙やペン。書物や地図が置かれているのを見ると、どこかの室内だという事だけはわかる。

「ある程度は部下から聞いたが…本当にお嬢ちゃん、イドルとつるんでいねぇのか?」

「それは、絶対に違う…わ」

唐突に訊かれたのは、気絶する前にも訊かれた内容だ。

身に覚えが全くない私は、否定する事しかできなかった。すると、目の前にいる鬚をはやした中年男性が、頭を手でかきながら呟く。

「…だが、おかしいな。誰にもはめられなかった”ホルアクティアの指輪”を何故、お嬢ちゃんだけがはめられたのか…」

その後、中年男性は腕を組んで考え込む。

「…まぁ、いいか。最初は指輪のはまった指だけぶった切るつもりだったが、嬢ちゃんを捕らえておけば、奴も現れるだろうし…」

一人呟きながら、男はニヤニヤしていた。

『もしかして…こいつらが言うイドルって、港町でぶつかり…そして、酒場で見かけたハードディスクのログイン相手の事を指しているのかしら?』

ずっと黙っていたサティアの声が、頭の中に響く。

それに答える余裕はなかったが、彼女と同じ事を私も考えていたのである。

「俺は、このチャルジ海賊団の船長をやっているアストメンだ。俺の所有物ものにしちまってもいいんだが…生憎、ガキに興味はないからな。陽が昇ったら、船員あいつらに食わせるとするか」

「なっ!?」

この船長らしき人物がそう口にした時、何となくだが意味を理解できた。

そのせいか、私は頬を真っ赤に染める。私の反応がお気に召したのか、満足そうな笑みを浮かべながら、船長は口を開く。

「東洋系の女の肌は、なかなかお目にかかれないからな。だから、指輪に選ばれたからかもしれねぇが…」

「?」

船長が口にした台詞ことばの内、最後の方はあまり聞き取れなかった。

そうして「おとなしくしていろよ」と言いたげそうな表情のまま、その部屋を去っていく。

『“船長”…って事は、この場所は船の上って所かしら?』

サティアの台詞に、私は黙ったまま首を縦に頷く。

だと思う。それに、私を拉致した奴等の風貌から見て…おそらくここは、海賊船の中って所かしら…

私とサティアは、彼らの言動や行動から、今いる場所の特定をしていた。


…とにかく、この後どうしよう?あの船長の言い方からして、私らを無傷で帰してくれそうにもないし…やっぱり、今逃げた方がいいのかな?

『…そうね。今なら時間も夜っぽいし、船も動いていなそうだから、沙智ならば抜け出せそうだけど…』

…サティア…?

私は、途中で言葉を濁す彼女に気がつく。

『あの船長ひげおやじ沙智あんたの事を“イドルをおびきよせる餌”みたいな言い回しをしていた…。という事は、逆に逃げずに待っていれば、例のログイン相手が現れるんじゃないか…って、今考えていたの』

「あ…!」

小さな声だが、私は驚きの余り、口を開けて声を出していた。

こんな言い方は失礼かもしれないが、こういった時に人工知能とは便利な存在だなと思える。人工知能は、普通の人間と比べると“極端な”感情変異はない。そのため、我を忘れて怒り出したり、欲情に駆られたり等、全くとは言い難いが、普通の人間に比べると問題になるほどではない。そのため、相手の会話を注意深く観察してくれたおかげで、私もドンと構えてられるのだろうなと、改めて実感した。

 逃げられるのに逃げないのは可笑しなかんじだけど…仕方ないか。根気良く待つしかないわね!

そう思い立った私は「休める内に休んでおこう」という事で、ゆっくりと瞳を閉じるのであった。



そして、翌朝―――――――――私は船長室と思われる場所に、縄を縛られたまま連れて行かれた。

「頭―!!」

その後、部屋には数人の船員が入ってくる。

その内の一人が、縄で縛った男を連れていた。ここにいる人たちは皆、服装からしてあまり清潔とは言えないが、この縄で縛られた男性は、それ以上に酷い見た目だった。唯一、長い髪を面白いかんじで編みこんでまとめているのだけは、お洒落と感じていた。

「明朝、船の周りをうろついていたこいつを、ダズ兄貴が捕えましたぜ!」

「ほぉ…こいつは、ちょうどいい。イドル…よくぞ、のこのこと戻ってこられたもんだなぁ…!」

部下の報告に対し、船長は不気味な笑みを浮かべながら、縄で縛られた青年を見ていた。

め…目が笑っていないよ、このオジサン…

船長の近くで座らされていた私は、表情とは裏腹に物凄く殺気立っているのを間近で感じていたのである。

「いや~!しかし、あのダズが酒場にいるたぁ…珍しいっすねぇ、お頭!」

「!!」

縛られた青年は、飄々とした態度で船長の殺気を受け流す。

一方、その声を聞いて、私とサティアは、この人物こそが今回のログイン相手だと悟るのであった。

「てめぇを探すために潜り込ませていたが…おかげで、面白い女を手に入れてな」

船長はこの時、フッと嗤いながら私の方に視線を落とす。

それを見た青年が私を見下ろした時、一瞬だけ眉毛が動いたような気がした。しかし、顔色はポーカーフェイスそのもので、全く動じている様子は感じられない。そのため、一瞬の動揺は、私が見間違えただけなのかもしれない。

「…この姉ちゃん、誰っすか?」

ポーカーフェイスを崩さないまま、イドルという青年は口を開く。

まぁ、本当に面識ないからそう言うかもだけど…。ただ、何も考えなしに言っているようには思えないな…

そんな事を考えながら、彼らの会話を見守る。

いろんな時代を訪れた事でたくさんの人々を見てきた私にとってあまり面識のない人でも、口調や行動で何をどうしようとしているかという推測ができるようになっていた。無論、それが必ずしも当たるとは限らない。

「やはり、そう言うか…。だが、てめぇが何の考えもなしに、その女へ指輪を預けるとは思えねぇ…。狙いは何だ?」

「ダズか…」

そう口にしながら船長室に入ってきたのは、ダズというイドルを捕まえた張本人。

また、同時に、私を拉致した背の高い青年の事を意味していた。

「さぁ~?俺は単に、珍しい東洋系の姉ちゃんが町にいたから、プレゼントしちゃえ~…みたいなノリで落としただけだぜ?」

「…本当か?」

「…もちろん。今日だって、ここで顔を合わせたのが初めてだもんなぁ?」

飄々とした態度を崩さないままイドルはダズの問いに答え、視線は地面に座り込んでいる私に向いていた。

その直後、この場にいる全員の視線が、私に注がれる。

「…全くの初対面です」

私は、正直にそう答える。

演技も何も、本当の事だからだ。

『…何か、ひっかかるわねぇー…』

ただし、人工知能サティアだけが、まだ疑心を持ったままであった。

「…まぁ、とりあえずはそういう事にしてやるか。早い所、お宝も見つけたいしな」

まだ腑に落ちないようだが、大きなため息をついた船長の態度から、この話はこれまでだと、船員達は悟る。


「そんで、この嬢ちゃんをどうするかだ」

「!!」

その言葉を聞いた途端、一瞬だけ私は悪寒を感じる。

「イドルが現れたから、指だけぶった切って海に捨てちまおうかと思ったが…誰にもはめられないこのホルアクティアの指輪を身につけられたからな。一応、手がかりの一つとして、命までは奪わないつもりだが…」

そう呟きながら、船長は船員らに意見を求める。

おそらく、この場にいるのは海賊団の幹部…といった所かしら

私は心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、彼らを見上げる。いろんな時代で多くの戦場を垣間見たせいか、力のある者とない者の見分けを、直感で私は見抜いていたのである。

「監禁のままでは、餓死してしまうしな…」

「かといって、自由にさせて逃げられても困りますし…」

その後、周囲にいた幹部らが口々に呟いていた。

「…誰かの監視下において、働かせればいいんじゃねぇっすか?」

「!!」

皆が悩む中、一人意見を出したのがイドルだった。

 こいつ、もしかして…

最初とは打って変わった態度に、私にはひとつの仮説が生まれる。「この男性ひとはうつけなふりをしているのではないか」という仮説だった。

それを聞いたアストメン船長は不満そうな反応をするが、腕を組みながら考える。自分らの所有物を盗んだイドルを許すはずも信用もしていないだろうが…流石は海賊をまとめるリーダーといった所か。”使える考えは遠慮なく行使する”といった具合でそれを認めたのである。



「そんなこんなで、宜しくお願いいたします。…えっと…?」

「緑山沙智です」

その後の話し合いで、私は3人の幹部に交互で見張られながら、船の中で下働きをするという処遇となったのであった。

その一人が、このオウィという物腰柔らかそうな青年だ。どうやら、団内では船医を務めているらしい。顔立ちが女性のように整っていて、とても海賊には見えない雰囲気を持っている。

「ところで、私は何をすればいいんですか?」

医務室と呼べる程広くはないが、包帯や傷薬らしき物が置かれている部屋に連れてこられた私は、首を傾げながら問いかける。

本当ならば縄をほどいてもらったから、逃げようと思えば逃げられる。しかし、それをしないのは、この船がもう沖に出たからであった。

 泳ぎは昔から苦手なんだよね…

私は内心でそう思いながら、この男性について行くのであった。

「ところで、沙智さん。貴女は、治療に関する知識はどのくらい持っていますか…?」

「あ…。しっかり学んだ訳ではないですが、応急処置くらいなら多少は…」

「成程。では、今後はけが人を診る事も多いと思いますので、宜しくお願いしますね。ただし、逃げようとは考えないこと…は、もちろんわかっていますよね?」

「は…い」

口調は優しいが、どこか圧力プレッシャーを感じそうな発言に、私はつばを飲み込んだ。


「そういえば、この指輪って何に使うんですか?」

私はずっと疑問に感じていた事を、ようやく口に出して言えたのだった。

それを聞いたオウィは、少し複雑そうな表情かおをする。

「わたしの立場上、あまり下手な事はお話できないのですが…まぁ、多少はいいでしょう。貴女とて、何故海賊団に連れてこられたのかは、気になっていたでしょうし…」

大きなため息をつきながら、船医は語りだす。

「…”生命いのちの泉”をご存知ですか?」

「??いえ…」

私の返答が意外だったのか、彼は目をパチクリとさせていた。

「別名を”若返りの泉”。…名にある通り、その水を飲めば、永遠の若さを得られるといわれる伝説の泉」

「もしかして、その泉を探し出す手がかり…とかですか?」

「我々は、そうだと睨んでいます」

そう私に話すオウィの瞳は、真剣さが増していた。

『”永遠の若さ”…ね。本当だろうが嘘であろうが、人間ってのは、本当に欲望まみれの生き物よね』

すると、黙っていたサティアの声が響いてきていた。

人工知能サティアにとって、人間が夢見る”不老不死”といったキーワードは馬鹿らしい妄想程度にしか考えていないだろう。それこそが、人と絶対的に違う価値観なのだった。

「最も、我々が求めているのは泉そのものではなく、その周囲で採れるという鉱石ですがね」

「鉱石…?」

「ええ…」

私の問いかけに、彼は何の迷いもなく首を縦に頷いてくれた。

「船長も皆も、泉の水自体にはさして興味はありません。ただ、その泉の近くで採れる鉱石を欲しているだけだそうです。…因みに、その指輪にはまっている宝石は“そこ”で採れる鉱石から造られたと云われています」

「この指輪が…?」

そう呟きながら、私は指輪のはまっている左手を頭上に掲げ、指輪にはまっている宝石を見上げていた。

海のように澄んだ蒼を持つ宝石。私は鑑定士みたいな観察眼も魔術師としての目もないので、これがそんなにすごい宝石なのかと見極める事はできなかった。

「…貴方の言い方からして、宝石を求めるのは、単なる金儲けのためではなさそうだけど…」

私の言葉に、オウィは眉をピクリと動かした。

しかし、指輪の宝石を見上げていた私は、その僅かな反応を完全に見逃していた。

「これ以上は、わたしの口からは明かせません。…船長にでも、お尋ねになってみては…?」

『…これ以上の詮索はできなそうね』

 …みたいだね

いきなり話を打ち切ってしまったオウィ。私は彼らチャルジ海賊団の幹部には、何か訳ありな事があるのだろうと、何となく理解したのであった。


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