第20話 間一髪な薬草摘み

「…ねぇ、あとどれくらい進めば到着するの?」

「あと、小一時間程登っていけば着くはずだが…それにしても…」

私の問いかけに答えたウルドは、動かしていた足を止めて立ち止まる。

「お前、女の割には相当体力あるみたいだな?こんな場所登っていて息があがらないとは…」

「…でも、それってウルド兄ちゃんがヘタレなだけじゅないのー?」

「…うるせぇ」

ウルドの呟きに、今度はスクルダが答える。

私はそんな彼らのやり取りを見ながら、クスクス笑っていた。

今、私とスクルダ。そしてウルドは3人で、集落から少し離れた丘を登っている。何故そんな事をしているかというと、上りきった先の崖っぷちに咲いているという薬草を摘みにいくためだった。

「…その薬草で、本当にヴェルディーの風邪が治るの?」

「うん!母ちゃんもそう言っていたし、間違いないよ!」

険しい道のりで足場も悪いが、私とスクルダは難なく歩きながら語る。

「…それにしても、沙智姉ちゃんが一緒で助かったよ!ウルドは高いところ苦手だし、僕一人だと反対されていただろうし…」

「…村の人には何かしらお世話になっているし、これくらいの事ならいくらでも♪それに…」

「それに…?」

私は得意げに語るが、一方で先の言葉が出ず途中で口ごもってしまう。

 …もし、ヴェルディーの風邪が伝染病とかで、万が一死ぬような事があっては…ログアウトの事もあるけど、やはり嫌だしね…

そう考える私の脳裏には、風邪で寝込んでいる彼女の顔が思い浮かんでいた。しかし、そんな思いを振り払うかのように、私は首を思いっきり横に振るう。

「ううん…何でもないわ!!それより…早く行こう?夜までには帰らないと、危ないものね!」

「うん!!」

誤魔化すように私はスクルダに告げたが、彼は疑う事もなく満面の笑みを見せてくれた。

「ま…待ってくれよーーー…」

私とスクルダが軽々と進んでいく一方、高所恐怖症かつ一番体力のないと思われるウルドは、息を切らしながらその後を追う。


「そういえば、ウルド」

「ん…?」

「一昨日の晩、村を訪れた旅人が言っていた連中…どういった奴らなの?」

私は彼の足並みに合わせながら、疑問に思っていた事を口にする。

「あの、”集落を襲い、女子供関係なく圧倒的な力で虐殺する部族”の話か?」

「…うん」

私は、少し深刻な表情かおをしながら首を縦に頷く。

今日から2日前の晩、私が滞在する村に旅人が訪れた。一族のしきたりで旅人を歓迎した村人は、旅人から良からぬ話を聞いたのだ。それは、アスコーマン族という部族が数あるヴァイキングの村落を襲撃し、圧倒的な力で村人を惨殺するというむごい話だ。

「…ここ数週間、民会シングでも、何度かその話を聞いた。聞いた話だと、村の戦士たちが集落を離れずにいたにも関わらず、そいつらにやられていたらしい…。そろそろ秋になるから、そんな嫌な話も減るだろうが…」

「え?」

ウルドの言葉の最後の方の意味がわからず、私は首をかしげる。

「そっか、悪い。お前は、知らなかったんだな…」

そんな私を見たウルドは、納得したような表情かおで話を続ける。

「俺たち北の民が交易やらで海に出たりするのは、主に夏だ。そんで、秋は実りの秋。…育てていた農作物の収穫に追われるだろうから、ほとんどの奴らは交易や略奪を一時辞めて、村落での農作業が中心となる。…それに、これから訪れる冬に備えなければいけないからな」

「成程…それで、”襲撃も減る”と?」

「ああ」

確認の意味でかけた問いに、ウルドは迷うことなく答えてくれた。

『…でも、そんな奴らでもお目にかかる事ができれば、”ヴァイキングの戦い方”も学べるんじゃない?』

 サティアってば…。争いは、ないに越した事はないでしょうよ?

聞こえてきたサティアの声に、私は少し呆れていた。彼女は、ハードディスクにたくさんの知識を記憶させるには何をすれば良いのかと考えて発言しているだろうが、一見しただけだと、好戦的な雰囲気を感じてしまう。

「二人とも!もう少しで、目的地に着くよー!!」

「あっ、本当?」

少し離れた場所にいたスクルダの大きな声で、私は我に帰る。

自分とウルドが会話している一方、スクルダは先頭を進み、道案内をしてくれていたのだ。

「行こう、ウルド!薬草を持ち帰れた暁には、君が彼女に飲ませてあげなよ?」

「わ…わかってらぁ!」

私が満面の笑みでそう告げると、彼は頬を少し赤らめながら答える。

 …ヴェルディーも幸せ者だなぁー…

上へ上へと足を進めながら、私はヴェルディーとウルドの初々しい関係を羨ましく思った。何せ自分は、幼い頃から”国家機密扱い”という特別な意味で、いろんな人たちの監視下で生活してきた。そのため、漫画やドラマに出てくる少年少女のような青春を送った事がない。それは恋愛に関しても同じで、自分と接触できるのはごく限られた人物だけだった。そのため、男友達も同性の友達も、ほとんどいない。

私は、少し沈んだような表情をしながら、足を進めるのであった。



「薬草の花ってー…あれか!」

上り終えた私たちが目を細めて見た先には、目的の薬草が視界に入ってきていた。

崖っぷちに咲いている薬草の花の下には、底が見えないくらいの崖がある。落ちたらひとたまりもない。また、高所恐怖症のウルドは、「見たら落ちそう」と言っていたので、崖から少し離れた場所に待機させている。

「沙智姉ちゃん…いけそう?」

「ええ!任せて♪」

崖を見て臆したのか、スクルダは心配そうな顔をしながら、私に確認する。

元々自分がやるつもりでついてきたのだから、私は迷いもなくそう答えた。それに、何も備えなしで来るほど、私も馬鹿ではない。

「スクルダ!私の荷物の中から、ロープを出してきて!」

「うん、わかった!」

元気よく答えたスクルダは、ウルドに預けていた袋の中から、3メートル以上ありそうなロープを取り出した。

「これをこーやって…」

私は口を動かしながら、ロープを自分のお腹辺りに巻きつける。

「ウルド!しんどいかもだけど、今スクルダが立っている場所まで来て、このロープを握るの!!大丈夫だよね?」

私は、鋭い視線で黒髪の青年に問う。

「し…下を見なければ、何とか…」

「…よし!頼んだわ」

「…ああ!」

ただでさえ地上より高い場所にいて震えているのに、自分を手伝うよう私は敢えて促しているのだ。

しかし、命綱であるこのロープを、子供であるスクルダ一人で握り続けるのはやはり難しい。そのため、どうしても大の男の力を借りないと、命綱を持って崖っぷちを進むのは無理なのだ。

ウルドも表情は怖がっていたが、恋人のためにも、頑張る事を決意したようだ。


こうして恐る恐るではあるが、彼も私が考えていた立ち位置まで来てロープを握ってくれた。

「…よし!二人とも、ロープを絶対に離さないでね!!」

「りょ、了解…」

「うん、わかったぁ!!」

準備を整えた私は、二人に命綱の確認をする。

彼らの了承を得た私は、後ろ向きに歩きながら、崖へと近づいていく。

「よい…しょっ!」

崖に足をかけた私は、眼下に見える薬草を見下ろしながら、徐々に下へと下り始める。

いくら忍の修行でロッククライミングみたいな事をやったことあっても、あれからかなりの日数が経過している。やり方は知っていても、身体がついていけるかについては、少し不安はある。そのため、私は慎重になりながら一歩一歩を踏み出す。

 あった…!

薬草が咲いている高さまで下りてきた私は、そこから右腕をまっすぐにして手を伸ばす。

『…よし!取れたみたいね』

伸ばす腕が震えつつも、何とか手を伸ばして薬草を掌に握り締めた。

「わっ!!?」

薬草を掴み取った瞬間、足場になっていた岩が崩れて足を踏み外しそうになる。

 危なー…

崩れた岩が谷底へ落ちるのを見届けながら、私は冷や汗をかいていた。

やはり命綱をつけていて正解だったのか、足を踏みはずしても崖の上にぶら下がっていられたのだ。

「沙智ーーーーー!!!大丈夫かぁーーーー!!?」

「あ…大丈夫だよぉーーー!!!」

遠くでウルドの叫び声が聞こえたので、私は自分の安否を彼に伝える。

「沙智姉ちゃん、どう?」

「あ…スクルダ」

頭上から声が聞こえたので見上げると、崖の上から顔を覗き込んでいるスクルダの姿があった。

「うん!無事、薬草を取れたから、ロープを引っ張るようウルドに伝えてもらえる?」

「わかった!!」

私の指示を受けたスクルダは、ロープを握っているウルドの方へと走っていった。

その後、ゆっくりではあるが、私の体が上へと引っ張り上げられていく。

『…足を踏み外した途端、機能停止するかと思ったわ』

「あはは…。そういえば、戦国時代で修行していた時も、こんな事あったな…」

『え…?』

崖の上で誰もいないのを機に、私は人工知能サティアとの会話をする。

しかし、私が何気なく口にした台詞ことばに、彼女は動揺の声を出していた。

『沙智…。確かに、崖のぼりした時の智はハードディスクに保存されているけど…あんた、その時に何が起きたのかも覚えている…の?』

「ん?…そうだね。あの時、風魔一族のお偉いさんに、こっぴどく叱られたのをよく覚えているけど…?」

サティアの問いに対し、私は迷うことなく答えた。

『……そう……』

「?」

最後の一言を機に、彼女は黙り込んでしまう。

当の私は、その理由をわからずにいた。最も、今は「早く薬草を持ち帰ってヴェルディーに飲ませてあげる」事で頭いっぱいだったので、他の事に頭が回らなかっただけなのかもしれない。しかし、それが遠くない将来に起きる出来事の前触れとも知らずに―――――



薬草を無事に摘んだ私達は、来た道を通って集落へと戻り始めていた。

「この調子だと、陽が沈む前に着きそうだから、よかったね!」

「…だな!」

目的の物を得られた私達は、上機嫌であった。

スクルダやウルドにとって、それだけヴェルディーが大事な人なのがよくわかる。最も、私も年齢としが近い彼女を、数少ない女友達のように思えてきたため、もう”大切な人”の一人となっていた。

 風邪が治ったら、彼女に”ルーン文字”を教えてもらう約束だからね!…楽しみだなぁ♪

そう考えながら、私は足を動かす。行きも結構な距離を歩いたので疲れているはずだが、気持ちが高揚としていたせいか、あまり疲労感がない。今は兎に角、早く村に戻って、彼女に薬草を飲ませてあげたい気持ちでいっぱいだったからだ。

「…あれ?」

集落のある場所にだいぶ近くなった矢先、先頭を進んでいたスクルダがその場で立ち止まる。

「スクルダ…どうしたの?」

突然立ち止まった彼を目にした私は、追いついてから問いかける。

しかし、自分もその場に立ち止まった瞬間、その理由に気がついた。

「…姉ちゃんも感じる?この、鉄みたいな匂い…」

「う…ん…」

微かではあるが、私も同じ匂いを感じていた。

更に追いついたウルドも、鉄のような匂いに気がつく。

「鉄の匂いというより、これって…」

立ち止まった場所から早歩きで進んでいくと、当然匂いも強くなってくる。

徐々に強まる匂いが鉄のような匂いである一方、何度か嗅いだことのある匂いと同じものだと私は悟った。

「血の…匂い…!!!」

「!!まさかっ…!!!」

私の一言に何か勘付いたのか、ウルドが私を追い越して全速力で走り出す。

「あ…ウルド兄ちゃん…!!?」

突然走り出したウルドに驚いたスクルダは、少し慌てた表情かおをしていた。

「行きましょう、スクルダ!彼のあの動揺っぷり…嫌な予感が当たらなければいいけど…」

「うん!!」

戸惑うスクルダを諭した私は、彼の手をつないでウルドを追いかける。


「…何てこった…!!!」

村を見渡せる小高い場所にたどり着いたウルドは、目を見開いて驚いていた。

彼の眼下に広がるのは、逃げまとう女子供や、戦う村の男たち。また、鬼人のごとく戦う敵方の戦士達の姿が映っていた。

「ウルド…!!一体…!!?」

その後、彼に追いついた私も村の光景を目の当たりにし、驚く。

「姉ちゃん…?」

「見ては駄目・・・っ!!!」

ウルドの横まで行って覗き込もうとしていたスクルダを、私は抱きしめる事で止めた。

私やウルドが見たのは、必死で戦う村の男達だけではない。既にやられて死体と化した戦士や、血だらけになった女性など、子供が見るにはあまりに残酷な光景だったからだ。

これまで訪れた時代で、死体や血を見る機会は何度かあった。しかし、そこは暗殺や一騎撃ちといった少人数での殺し合いの場であって、このように大規模で”虐殺”ともいえる光景を目の当たりにした事はないのだ。

「まさか…旅人が言っていたという、アスコーマン族…?」

私はスクルダを抱きしめながら、震える声で呟く。

『沙智…。怖いのはわかるけど、まずはログイン相手を探さなきゃ…!』

「!!」

全身震えていた私は、サティアの一言で我に帰る。

 そうだ…彼女が死んでしまっては、ログアウトもできないんだっ…!!それに、ウルドやスクルダだって…!!!

そう心の中で強く思った私は、冷静になろうと必死で自分に言い聞かせる。

最優先事項は「ヴェルディーの安否を確かめる事」。そして2番目が「生存者を探し出す事」―----サティアのおかげで、私はこの後何すべきかを定める事ができたのである。

そのため、呆然と立ち尽くしているウルドに、声をかけようとしたその時だった。


「!?」

一瞬、後方で、感じたことのない気を感じ取る。

スクルダを抱きとめる力を弱めた私は、その方向に視線を向けると、遠くで人影らしき物が2つ程見える。視力の良い私だから、見える距離といった具合か。視界に入ってきたのは、屈強な肉体を持つ戦士二人の姿。風貌からして、敵方であるアスコーマン族のようだ。

『沙智…何が視えているの?』

一点を見つめる私に疑問を感じたのか、サティアが声をかけてくる。

 あいつら…何か担ぎ上げている…?

目を細めてよく見つめていると、男の一人が人間の女性らしきものを背負っていた。

「スクルダ…。ここで待ってて…」

「姉ちゃん…?」

スクルダを離した私は、地面に体を沈め、這うようにして数歩ほど進んで目を凝らす。

 あのブレスレットは…!!

少し近づいた事で見えたのは、男が金髪の女性を担ぎ上げている姿。

そして、はめているブレスレットが夕日で反射したせいか、手首が一瞬だけ光を放っていた。それを目の当たりにした私は、奴らが連れ去ったであろう人物に目星が着く。

 ヴェルディー…!!

『…何ですって!!?』

心の中で張り上げると、それにサティアが反応した。

アスコーマン族の奴らが何故、彼女を連れ去っているのかはわからないが、これを目撃した私はすぐさま、ヴェルディーを奪還する方法を考え始めたのであった。


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