第18話 集落のど真ん中に迷い込んで

「さぁ…てめぇが何者なのか、皆の前ではいてもらおうか!!!」

自分の目の前には、大柄な体格をした男が立っている。

男の表情は明らかに怒っているようで、周囲にいる男達の表情も険しい。ログインしていない状態だが、私という存在に対して警戒心を抱いているのは、手に取るようにわかる。

『今回も…また、やっかいな時代に来てしまったようね』

縄で縛られて男達の前に引き出されているが、何故か変に落ち着いていた。サティア曰く、前にいた時代ところで死ぬくらい怖い体験をしたからだという。

今回降り立った場所は、よりによって山の中にある人々が住む集落のど真ん中。地面に降り立った直後に、村民の女性に出くわしてしまったのだ。服も江戸時代にいた時のままなのもあるが、黄色人種の肌を持つのが私だけという事もあり、不審がられるのは当たり前だ。

 …まずは、この人達の誤解を解かないと…

私は怒号をあびせられる中、周囲をじっくりと観察する。

「おい…聞いているのか!!?」

「…っ・・・!!」

痺れを切らしたのか、男の一人が、私の真横に戦斧を突き立てる。

それを目の当たりにした途端、流石の私も恐怖で身体が少し震えた。一方で捕まるまでは気が付かなかったが、この集落の者と思われる男性の多くが皆、屈強な肉体を持った外見である。時代もおそらく、以前に訪れた大英帝国よりも遥かに古い時代だと思われる。


「皆…待ってっ!!」

「!?」

すると、喧噪の外側から女性らしき人物の声が聞こえてくる。

それを聞いた男達は、声の聴こえた方に振り向く。

「あ…」

私の視線の先にいたのは、腰まである長い金髪に蒼い目を持つ女性だった。

また、私がこの地に降り立ってすぐに、自分を目撃した女性である。

「ヴェルディーか。…どうした」

すると、私の目の前に立っていた屈強な男性が、女性に対して問いかける。

金髪の女性は、男達の気迫に圧倒されつつも、震える拳を握りしめながら口を開いた。

「さっきは突然の出来事で、つい悲鳴をあげてしまってけれど…。縄で縛られた時、彼女の“あれ”が見えた。あの色は…少なくとも、敵意や憎悪を持っている時の色ではなかったわ」

「…それは、本当か」

目の前で会話をする彼らに、周囲がざわついていた。

『…きっと、沙智にどなっていたあのおっさんが、ここいらにいる人間達のリーダーみたいね』

サティアの台詞ことばを聞いた私は、改めて目の前にいる男性を見上げた。

髭を生やしているので40は超えているだろうと思われるこの人は、確かにリーダー格らしい雰囲気を感じさせる。膝まである長いマントも私にとっては“偉い人間”を現しているような気がした。

「ん?まてよ…」

すると、屈強な男達の中にいる、ひときわ身体の細い青年が口を開く。

黒い瞳で褐色の肌を持つ青年は、金髪碧眼の女性の方に視線を向けて続ける。

「なぁ、ヴェルディー。今お前、こいつの事を“彼女”って…言ったか?」

「ええ」

青年の問いかけに対し、ヴェルディーという女性は首を縦に頷いた。

「女だと…!!?」

彼らのやり取りを聞いていた他の男達が、一斉にざわつく。

すると、女性は人垣を何とかかき分けてこちらへ近づいてきた。

「見た事のない色ではありますが、お父様。少なくとも彼女は、我々に敵対する部族の者ではありません」

「むむ…」

娘の進言に、父親は難しそうな表情かおをし始める。

周囲はひどくざわついているが、女性は特に気にする事なく私の目の前で膝をつく。

「私はヴェルディー。…貴女は?」

「緑山沙智…と申します」

彼女の物腰やわらかそうな声で不思議と安心できたのか、私は迷わず自分の名を名乗った。

大衆の前で口を開いたのはこれが初めてだったので、女とわかる声音を聞いた男達は驚きの声をあげていたのである。



「…さっきはごめんなさいね」

金髪の女性・ヴェルディーが、少し申し訳なさそうな表情で、私に謝罪する。

あれから縄をほどいてもらった私は、彼女の家で着替えをさせてもらう事となった。

「…いえ。皆さんのような北欧の民にとって私みたいな肌の種族は、珍しいだろうし…警戒する気持ちも良くわかります」

私は口を動かしながら、着物の帯をゆるめる。

何故着替えるのかというと、ただでさえ肌や髪。目の色からして他の人と異なるのに、服装までもこのままだと、悪目立ちしてしまうからであった。

『…ヴァイキングか…』

頭の中では、サティアの声がちらつく。

あれからわかった事は、この時代が優れた航海術で交易・略奪等を行ってきたヴァイキングが盛んな8世紀頃だという事。場所としては、はるか古代におけるスウェーデンやノルウェーといった北欧三国のいずれかだろう。

「仲間が交易で、遙か東の地で遭遇した事があるって言っていたけど…“東の民”を私は初めて見たわ」

ヴェルディーは口を動かしながら、私の身体に服を当ててサイズを確かめる。

「私も、ヴァイキングは初めて目にしたな…」

「…ヴァイキング?」

一般的に知られている彼らの呼称を口にすると、ヴェルディーはきょとんとしていた。

『もしかしたら…当の本人達は、自分らの事をそう呼んではいないのかもよ?』

成程…

サティアによる補足を聞いた私は、心の中で納得する。

「さて…と。…できたわ」

「わぁ…!」

ヴェルディーに着せてもらった服を見て、私は感激する。

見た目は質素なので豪華とは言えないが、肌着はリンネルのスリップでエプロンのような上着。上着は必ず1対の亀型ブローチで前後のひもを胸の上のあたりで留められている。後で知ることになるが、ヴァイキングは結構見栄っ張りらしく、男性は肉体を見せたり、女性は首飾りといったアクセサリーで着飾ったりするという。そのため、私にも首飾りを一つつけてくれたのであった。

「あれ…?」

ヴェルディーに後ろから首飾りをつけてもらっている時、私の目に不思議な文様のような物が目立つ。

「ヴェルディー…これは?」

私がそれを指さすと、彼女は少し驚きつつも閉じていた口を開く。

「それは、ルーン文字よ。私たち部族の皆が使う文字。…初めて見た?」

「う…うん…」

この時、ヴィンクラの震動を感じるが、私は内心で冷汗をかいていた。

今までは目撃されなかったけど…今回はもろにログインの瞬間を見られた…。なのに…

『この…全く動じなかったわね』

彼女は今、私の背後にいて、かつ視線が首筋に向いているのでヴィンクラが揺れた瞬間を垣間見たはずだ。しかし、特に動じる事もなく元の立ち位置に戻ったから不思議だった。そんな私の戸惑いに察したのか、少し憂いを帯びた表情かおで彼女は口を開く。

「沙智自身もだけど…その白い首飾りからも、不思議な“色”が見えたの。でも、特に詮索するつもりはないから、安心して!」

「色…?」

余計な詮索をされないのは助かるが、先ほどから述べる“色”という言葉が何かわからず、思わず口にしていた。

そんな私を見た彼女は、口を濁しながら話を続ける。

「…私はね。生まれつき、人間や生き物が放つ“色”が見えるの。“オーラ”とでも言った方がいいのかしら。…北の民だと柑色。敵意や殺意を放つ者は赤。命の危機に直面している者は、青…等、様々ね」

「じゃあ、私は…」

その先を口にしようとした瞬間、私は口を噤む。

そうか…。じゃあ、他の時代から来ている私は、どれにも当てはまらない、不可思議な色を放つ…そういう事なのかな?

口にするにははばかれる内容だったので、心の中でそう口にしていた。いつもなら返答してくれるが、今回は珍しくサティアも口をはさまなかった。


「ヴェルディー…異人の方はどうだ?」

「姉ちゃん!中に入ってもいいー?」

すると、外の方から男性らしき声と子供らしき声が聞こえてくる。

「ウルドとスクルダね。…入っても大丈夫よ!」

声の主に気がついたヴェルディーは、入ってくるよう促す。

「…成程。こうやって見ると、本当に女なんだな」

「姉ちゃん、髪真っ黒―!」

その後、黒い瞳で褐色の肌を持つ青年と、金髪碧眼の少年が中に入ってきた。

現われて早々、ちょっと失礼だなぁー…

私は黒髪の青年に対して、少しだけ苛立ちを覚える。また、以前にいた江戸時代では髪をポニーテールのようにして結っていたが「下ろした方が可愛い」とヴェルディーに言い含められ、半ば強制的に下されていた。そのため、肩まである私の黒髪を、少年は珍しがったのだろう。

でも、久々に櫛でとかしてもらえたから、何だか気持ち良いな♪

髪通りがよくなったのもあって、私は上機嫌だった。

「紹介するわ。彼はウルド。私の友達で、こっちが弟のスクルダ。仲良くしてあげてね」

「あ…よろしく、ウルド。スクルダも」

「うん!」

「はぁ…」

ヴェルディーが、この二人を私に紹介してくれた。

スクルダの方は無邪気な笑顔で応えてくれたが、ウルドの方はどこかぎこちない雰囲気だった。

「…そういえば、ウルド。私に何か用があったのかしら?」

ヴェルディーが問いかけると、ウルドは何かを思い出したかのように我に返る。

「…そうそう!お前の親父…いや、族長からお前を呼んで来い!って言われていたんだ」

「…彼女の話?」

「だろうよ」

用件を述べたウルドに対し、ヴェルディーは私の視線を気にしながら会話をしていた。

そこにはやはり、まだ自分が完全に信用されていないのがよくわかる。しかし、それでも私に気を遣ってくれているのは雰囲気からしてわかるので、それだけで十分であった。すると、彼女は私の方に向き直って口を開く。

「…少し席を外すので、待っていてね!」

屈託のない笑みを浮かべながら、ヴェルディーは戸の外へと歩き出していった。

また、そんな彼女と共に、ウルドも足早に去っていく。気が付くと部屋の中には、私とスクルダの二人きりだった。

「…姉ちゃん、何処から来たのー?」

「んー…遥か東の国…かな」

あどけなさが残るスクルダの問いかけに、私は即興で思いついた返答を返す。

しかし、この言い回しも大嘘とは限らない。前回いた時代は、この時代から見れば未来だが、“日本”である事に変わりはない。

『…まぁ、子供相手には、そんな言い回しでも怪しまれないだろうし…』

ふと、ずっと黙っていたサティアの声が頭の中に響く。


その後、少しの間だけスクルダと会話した後、彼は床に寝そべってうとうとしていた。

 姉弟…か。いいなぁ…

私は今にも眠ってしまいそうなスクルダの頭を撫でながら、ふとそんな事を考える。私はサティアと姉妹同然で育ってはいるが、彼女は所詮人工知能であり、血の繋がった家族ではない。また、父親以外の身内がいないため、兄妹というものが私には存在しないのだ。

『考え事するのもいいけど…今回は少し大変になるかもしれないわね。…わかる?』

「へ…?」

サティアの思いがけない台詞に、私は思わず声に出してしまう。

『…今回、簡単にログインできたのは良かったけど、ログイン相手は女よ。…私が何を伝えたいのかわかる…?』

「!!」

続く彼女の言葉に、私の表情が強張る。

 そっか…場合によっては、私が彼女を守ってあげなきゃいけないのよね…

サティアが何を伝えたかったのかが理解できた私は、腕を組みながら考え込む。

今までのログイン相手は皆が男だったのもあり、かつ強い人が多かったので何も問題がなかった。しかし、今回のログイン相手は女。しかも、先程までのやり取りから察するに、ヴェルディーは“戦える女性”ではない。もし、ログイン相手に死なれてしまっては、ハードディスクのログアウトができず、今後の活動に支障を与えるかもしれない。そう思うと必然と、自分が彼女を守らなくてはならなくなる。

 百科事典によると、ヴァイキングは勇猛果敢であり、戦死を最も名誉ある死と捉える人達だから、争いは何かしらあるんだろうなぁ…

私はそんな事を考えながら、ヴェルディーらが戻るのを待っていた。自分が守る側の人間になる事を自覚しながら―――――――――――――


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