第13話 ログインするまでに起きた事

元治元年6月―――――――西暦でいう1864年の京都。ここで、私にとって心底恐怖する事件が起きていた。夥しい血の量と匂い。刀と刀が交わる音に闇を蠢く人影。

誰と誰が斬りあいしているかはわからなくても、ぶつかり合う刀の音の激しさから、相当激しい戦闘だったと思われる。そして、自分がいる部屋とは別の場所で起こっている出来事なのに、ここまでリアルに音が響き、血の匂いが充満しているのがその証拠だ。

口を塞がれ身体を拘束されていた私は、ただそこで恐怖に怯えて、時が過ぎるのを待つ事だけしかできなかった。後に知る事となるが、その事件は“池田屋事変”として文献上に名を遺したのである。



「失礼致します」

襖の前でそう口にした男性が、中の確認を取って襖を開ける。

 この人達…新撰組のお偉いさんって所かな?

『…そのようね』

入って部屋の中には、幹部と思える男達が数人いた。

きっと各隊の隊長なのだろう。

「こいつが…池田屋にいたという娘か」

「…はい」

部屋の上座辺りに座り、丹精な顔立ちをして男性の問いかけに、私をこの部屋に連れてきた男性・山崎烝やまざきすすむが頷いた。

「…何だって、長州の奴らはこのを拉致していたんだろうね?」

「監察方の話だと、この娘と似た顔立ちの者があの夜、他の浪士らと共に池田屋へ入ったという目撃情報があったらしい」

それを皮切りに、部屋の周囲に座っていた幹部達が一斉に話し出す。

誰が誰かは全くわからないのでヴィンクラの百科事典で調べたかったが、今の私は腕だけ縛られているので操作をする事ができない。

 そして何より、この中にはログイン相手の男性がいない…

私は声だけを聞いて自分のログインした相手を割り出そうとしたが、ここにいる男性らの中で、誰一人として同じ声の人間はいなかった。

『今回のパスワードである“犬”を、“そいつ”は“幕府の犬”と罵る事でログインできた。…もしかしたら、今ここにいる奴らと敵対している奴なのかも…?』

 そうだね…

サティアの呟きに、私は心の中で答えた。今この場にいる人達が具体的には何者かはわからないが、彼らが新撰組の人間である事は、サティアが話してくれた手がかりで何となくは理解していた。

新撰組――――――――京都の治安維持のために結成された会津藩お抱えの組織。京の人々が好まない浅葱色の羽織を身に纏い、“誠”と書かれた旗を掲げ、京の町の治安維持に奔走している。自分が今いる場所はおそらく、新撰組の屯所がある壬生村だろう。

「それにしても、不思議な子だよなぁ~!女なのに男装して、首には変な物巻いているし」

「!」

すると、背後から少し陽気な声が響く。

その人物は、私の後ろ首に装着されているヴィンクラを指でつっついていた。

「…平助。話の途中を割り込むな」

「副長。まずは、この者の素性を吐いてもらわねば…」

床に正座をした青年・斉藤一が、鋭い目線で“副長”と呼ばれる人物に進言をする。

また、一応男性の着物を現代むこうで着せてもらい、髪型もポニーテールみたいに上で束ねたにも関わらず、男装しているのはバレバレのようだった。

「…だな。敵の間者という可能性もなくはないしな…」

「それは…!!」

その台詞を聞いた途端、私はこの場に連れてこられるまでの事を思いかえす。

この時代に降り立ってから何が起きたのかはちゃんと覚えているが、恐怖の余りに頭が真っ白になっていたので、どうして自分がこんな目に遭っているのかは理解できなかった。

すると、一番上座にいた局長・近藤勇が、穏やかな笑みを浮かべて口を開く。

「…では、話してもらおうか。君は何者で、何故奴らに捕らえられていたのかを」


私は大きく深呼吸をし、口を開く。

「…私は、緑山沙智といいます。ある人物を探して京へ向かっていたのですが、道中でとある人物と出逢い、一時の間だけ行動を共にしていました」

私は少し脚色しているが、この時代に降り立ってすぐの事を話しだす。

 …最初に目覚めたのが山道の中で、“あの人”が見つけてくれたなんて言っても、信じてもらえないだろうし…

本当の事を避けながら、私は話を続ける。

「その方も京を目指していたので、到達し、彼の屋敷へ着くまでの道中を共に過ごしていました。名は確か…佐久間象山さくましょうざん…でしたね」

「佐久間象山…!!?」

その名前を聞いた幹部らは、目を見開いて驚く。

「え・・・??」

あまりの驚きぶりに、私は戸惑ってしまう。

「…名の知れた学者です。しかし、蟄居ちっきょ中の身だったはずですが…」

蟄居ちっきょ?」

『この時代での罪で、強制的に自宅待機させられるって事よ』

「ああ…」

あまり聞いたことのない言葉だったが、サティアの説明で納得する。

 それにしても、私の背後に控えているこの男性ひと…忍みたいな人だな…

私は横目でその人を見つめながら、そんな事を考える。というのも、この男性の歩き方は忍独特の足音を立てないようにする歩き方なのだ。また、気配を消しているかんじからして、私とはまた違う流派の“忍”なのではと考えていた。

「…まぁ、その学者の事は後にして…沙智…だな?続きを話してくれねぇか」

「あ…はい!」

今度は少し背の高そうな男性・原田左之助が私に声をかけてくる。

しかし、今は皆が帯刀していないので、誰がどんな人物かがわかるはずもなかった。

「象山さんの勧めで、落ち着く場所を見つけるまでの間だけ屋敷に置いて戴く事になりました。それから二晩を経た後…」

事の経緯を話していく内に、自身が味わった恐怖が蘇ってきた。

「お…おい、顔が真っ青だぞ…!?」

私の状態に気が付いた永倉新八が、心配そうな表情で声をかけてくる。

しかし今の私は、そんな彼の言葉など全く耳に入っていないのであった。

「“人探し”の一環で町を歩いていると…後ろから口を塞がれ、腹に一撃が入って気絶…させられたんです…」

「…そうして、捕えられたという事ですね」

身体を震わせながら言葉を紡ぐ一方、後ろにいた山崎烝が頷くように呟いていた。

『臓器補助機に、何も影響がなくて良かったけど…何か問題が起きていたらまずかったわね』

サティアによる、臓器補助機を心配する彼女の声が響く。

「…じゃあ、新撰組おれらが枡屋の旦那を捕縛した頃に、こいつも拉致されたって事かな?」

「…おそらくは。ただ、今の話を聞く限りでは、彼女を捕えたのがまだ長州の連中と決まったわけではなさそうだね」

壁際に座っていた藤堂平助は、隣にいた中年男性・井上源三郎に声をかけていた。


「…ねぇ、君。浪士たちに捕縛されて池田屋に来るまでは、別の場所にいたって事だよね?」

すると突然、悪戯っ子みたいな笑みを浮かべた青年・沖田総司が私の顔を覗き込んでくる。

俯いていたので、その突然の行為に私は目を丸くして驚いていた。

「いえ…目が覚めた時は夜が更けていて、あの場所はおそらく…町はずれの一角かと。建物の中ではなかったです」

「ふーん…」

沖田総司は意味深な口調で、私の台詞に同調していた。

私が驚いたのは顔を覗かれたからというのもあるが、一番は“あの日”私が血の匂いを感じ心底恐怖した時、その場に聴こえた声の一人だったからだ。

「そして、どこをどう歩いたかは覚えていませんが…とある店の中にある部屋に入った直後…両手両足を縛り、布で口を塞がれ…部屋の隅っこにある壁代みたいな所の裏に押し込まれて…」

「壁代?」

「そういえばあの時・・・斬りあいに夢中で、君がかくれんぼしていた事に全く気が付かなかったね!」

沖田総司は、どこか悪戯っぽい口調で語る。

 そっか…平安時代で使われていた物に似ていたからつい言ってしまったけど、“壁代”ではあまり通じないのかな?

私はこの時、「失言したな」と確信していた。

「…そんで、浪士達を成敗した後、隊士連中が見つけたんだな」

話を聞いて納得したのか、土方歳三はため息交じりで呟く。

「局長。如何いたしますか?彼女の処分を…」

副長の側に座っていた総長・山南敬介が、局長の方に視線を向けて問いかける。

“処分”という言葉を耳にし、私の心臓が強くはねた。

「…ここで沙汰をすぐ下すのは、難儀だな…」

腕を組みながら考え事をする局長を、隊長らは真剣な眼差しで見守っていた。

少しの間沈黙が続いた後、近藤勇は再び口を開く。

「まずは、我々だけで話してから決めよう。…山崎君」

「はっ」

局長の声掛けに、後ろの人物はすぐに反応を示す。

「ひとまず、彼女を別の部屋に移しておいてくれ。詳細がわかれば、他の者に報せよう」

「…畏まりました」

「ちゃんと見張っておけよ」

「…御意」

局長が命を下すと、隣に副長が山崎烝に付け足しをしていた。

こうして私は、この山崎という隊士ひとに連れられて、その場を後にするのであった。


「おーおー、凄い楽しい事になってんな!」

別の部屋で待機を命じられた私は、その場所で“あの夜”――――――――池田屋事変で意識を失う前の事を思いだしていた。

「目的の物はー…あそこか!」

壁代の裏側に放り込まれていたので顔はわからなかったが、図太い声が耳に響いてくる。

その人物の足音が徐々に大きくなる事で、こちらへ近づいているのを感じていた。

「…来たか」

「!?」

その呟きの直後、2人ほどの足音が響く。

不規則で早いのを見ると、階段を走って駆けあがっているような音だった。

「ここにも、まだいたみたいだね」

「あぁ…しかも、二人とは調度いいんじゃね?」

相変わらず顔が見えないが、二つの声の主―――――――沖田総司と藤堂平助がその場に到達したようだった。

「あー…お前ら確か、“幕府の犬”ってあいつらに罵られていた連中か!…なぁ、旦那。…どうする?」

私へ近づいていた男は、誰かに問いかけていた。

この時初めてハードディスクへのログインができたのだが、ヴィンクラから出る振動を感じている余裕は全くなかった。

 気配…全く気が付かなか…

その場が3人ではなく4人いた事に驚く一方、私の視界がどんどん暗くなっていく。



『沙智が意識を失った後…声から察するにその場にいた奴らは戦闘にはなったみたいだけど、大惨事にはならずに、その場は収まったみたいね』

 そして戦いが終わった後、隊士の誰かが壁代の後ろに隠れている私を見つけた…って事だね?

『そうよ』

サティアの解説を聞いて、私は少しでも何かが理解できた気がした。

 今回のログイン相手がまさか、今ここにいる人達の敵とは…

そう考えた私は、大きなため息をつく。

『どちらにせよ・・・この場所を出ないと、ログイン相手は探せないわよね?』

 うん…。ただ、“壬生浪みぶろ”と呼ばれた彼らの元から逃げ出せるか…なんだよね

そう思うのと同時に、“助けてもらったのに、礼一つ言わないで出ていくのか”と言われそうな気もしたので、私の心中は穏やかではない。

「私…どうなるんだろう…?」

腕を縛られているので動けない私は、ふと心の中の声を口にしていた。

しかし、この状況がどうなるかなど、サティアですらわからない。今はただ、新撰組の幹部が、私に対してどのような判断を下すのか、報せが来るのを待つしかないのであった――――――


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