終章

Scene.47 篠崎の最期

 美歌がアメリカに渡航して、7か月ほど経った。ミストと真理は2人とも無事に臨月を迎えた。そろそろ産まれてきてもおかしくない頃だ。


「2人とももう臨月か」


 乃亜のあは大きく張り出した2人のお腹をそっと撫でる。超音波エコーでもう性別もわかっており、ミストには男の子が、真理には女の子がいるそうだ。

 名前も既に決まってて男の子はゆう、女の子はあいと名付ける予定だ。幸せな日常だった。だがそれは1本の電話でバラバラと崩れていく。


 乃亜のスマホが鳴った。かけてきたのは木林 麗だった。


「もしもし、乃亜? 今大丈夫?」

「大丈夫だけど……何かあったか?」

「……気を付けて。今アイツ空港に着いたみたいよ」


 奴が、日本に戻ってきた。




「……久々だな、日本は。やっぱり故郷の空気は違うねぇ」

「あーん美歌ちゃーん! 会いたかったよー!」


 ロリコンの気質がある専属カメラマンが人一倍キモい挙動で美歌を出迎える。それを適当にあしらいつつ待っていた人たちに手を振る。彼女が空港を出てすぐ、篠崎しのざきが待ち構えていた。


(舞、みんなを連れて逃げて。アイツは私一人で何とかする)

(……わかりました、美歌さん、気を付けて)


 彼の姿を見るなり舞にみんなを避難させるよう指示を出す。邪魔者がいなくなったところで美歌は素の自分をさらけ出す。


「何の用だ? まぁ試運転にはちょうどいいか」

「……待ってたぜ、この時を。リリムの仇だ。俺はテメェをこの手でぶっ殺せる日をずっと待ってたんだ!」

「カ・タ・キ・ウ・チィ!? ウヒャヒャハハハ! バッカじゃねえの!? そんな原始時代の風習持ち出してくる化石レベルのバカがいるなんてある意味奇跡だわ!」

「笑ってられんのも今のうちだぞ」


 ≪超常者の怪力パラノマル・フォース≫ににた能力に≪魔力集中リソース・コンセートレーション≫を重ねがけする。それに加えて篠崎はミストに開発してもらった能力をさらに重ねる。


 ≪過剰強化オーバードーズ


 自らの寿命を削る代わりに驚異的な力を得る、という両刃の剣である能力を。


「お、何だ? 新能力か?」

「ああ。テメエ専用に作ってもらったんだ。……覚悟はいいな!?」


 篠崎は削った寿命と持てる限りの魔力を右の拳に込めて美歌に襲い掛かる! それをまともに受けた彼女は……



 指3本・・・で防いだ。



「へー。やるじゃん。指1本で済まそうと思ったけど3本も使わせるなんてオメーにしちゃ良くやったよ。上出来上出来」


 圧倒的に残酷すぎる現実。篠崎の頭の中では彼女を叩き潰していたはずなのに……現実は非情だった。再び殴りつける篠崎だったがそれもまた指3本で防がれた。


「ふざけんなああああああああああああ!!!!!」

「ふざけんな。だって? おめぇバカじゃねえの? ふざけてんのはオメエだろ? この世にはオレの横に並ぶ者すらいてはいけないのに、オレに勝てるなんて一瞬でも考えるなんておごがましいにも程があるぜ? っていうか新能力とか言うオモチャを手にしてイキってんじゃねえよ。カスはどう頑張ってもカスなんだよ。カスが成長したと言ってもせいぜいレベルが1つ上がった程度だぜ? それが一体何になる?」

「畜生! 畜生畜生畜生畜生チクショウチクショウチクショウチクショウチクショオオオオオオオオオオオオ!」


 篠崎がヤケを起こして駄々をごねる子供のように美歌に殴りかかる。が、虚しくも彼女にはかすり傷一つつける事さえ出来ない。

 彼は涙を浮かべた。己の無力さに、相手の強さに、感情が爆発して涙という形で現れた。


「うう……うぐう……」

「おやおやー、大の大人が泣いちゃうなんて情けないでちゅねー。どうしちゃったんでちゅかー?」

「この野郎おおおおおおおおおお!」


 篠崎は渾身の力を込めて美歌をぶん殴る。が、ダメージは無い。


「無様だな。お前」


 美歌は篠崎の頭を掴む。そして首の可動範囲を大きく超える程、ひねった。「ごきり」という鈍い音が首から聞こえた後、彼は2度と動くことは無かった。


「こりゃひょっとしたら前より強くなったかもな?」


 自分の強さに惚れ惚れしながら彼女が立ち去ろうとした瞬間、後ろから何者かの気配を感じて振り返る。


「オオオオオオオオオオオオ!!!!」

「しつこいんだよ。お前」


 半透明の人の様な存在が、そこにはいた。執念だ。執念で篠崎は亡霊となって再び美歌の前に立ちふさがった。それを心底うっとおしそうに思いながら美歌は拳から白い光線を放つ。光は篠崎の霊体の頭部に大きな穴を開けた。


「オオオオオオオ……」


 それだけだった。篠崎の霊体はチリのようにぼろぼろに崩れ、消滅していった。まるで何事も無かったかのように、美歌は変身と結界を解除し、タクシーに乗って自宅へと向かっていった。




 麗と乃亜が到着したのはそれから1時間後の事だった。空港前という場所からか既に多数の警察官が集まり、野次馬やテレビの取材陣も数多く駆けつけて辺りは騒然としていた。



「遅かったか!」

「篠崎の奴! あれだけ1人で行動するなって言ったのに!」


篠崎の遺体をみてほぼ2人同時に声をあげる。


「これで幹部は私達だけか……10年かけて集めた人材をほんの1年かそこらで……」

「これからどうする?」

「どうするもこうするも、私たちだけで何とか美歌に対抗するしかないでしょ? 敗北するときは、死ぬときよ」


美歌は無傷なのに対し、こちらは次々と幹部たちがやられていく。次は自分たちの首を掻かれる番か。と薄々思いながらも何とかそれを振り払って現場を後にした。

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