Scene.45 偽者

 ミストと真理、それぞれの結婚式を挙げてから数日。3人とも薬指に指輪(乃亜のあは右手と左手の薬指にそれぞれ)をはめた事以外は特に今までと変わりない毎日だった。


「じゃあ、今日は私が行くね」

「無茶するなよ。まだ安定期じゃないだろ?」

「平気だって。心配しないで」


 真理が仕事で出かける準備をする。彼女は≪超常者の怪力パラノマル・フォース≫と≪光迂回ライト・ディトゥーアル≫を発動し、依頼人との合流予定の場所へと飛んで行った。




 真理が指定した場所に指定した時刻通りに到着すると、自分と同じくらいの歳の少女が立っていた。彼女が依頼人だろうと思い、透明なまま額に触れ、≪魂読ソウル・リーティング≫を試みる。

 少女の記憶に触れる度に、真理の表情が険しくなる。そしてある程度読んだところで≪光迂回ライト・ディトゥーアル≫を解除し、漆黒色の身体をした悪魔と呼ぶにふさわしい見た目、そして同じく漆黒色の大斧を構えた姿を見せた。


「な、何!?」

「刈リ取ル者よ。あなたは嘘をついたわね?」


 殺気を発する悪魔に怯えながら後ろを振り向いて逃げようとした少女目がけてその大斧を振り下ろす。右の足首が斜めに切断され、アキレス腱が破壊される。


「な、何で!? アンタはいじめられる人間の味方なんでしょ!?」

「じゃあ聞くけど、彩香を無視しろと指示しているのは一体誰? あなたでしょ? 彩香が上げたSNSの画像全てに『死ね』だの『ウザイ』だの『キモい画像上げないで』って書き込んでいるのは一体誰? あなたとその仲間でしょ? あなたはいじめられているんじゃなくて、いじめをしている側なんでしょ? 嘘ついても私には全部わかるんだから」

「ち、違いますって! それはちょっといじって遊んでただけでいじめじゃないですって!」

「あなたにとってはそうかもしれないけど、それを世間ではいじめというのよ。勉強になったでしょ? じゃあね」


 真理は大斧を振り下ろした。即死だった。帰ろうとしたその時、天使の加護を受けた少女たちが現れる。


「姉ね……もうやめてよぉ!」

「真理さん。もうやめにしてください!」


 数名の少女の両手にはその可憐な姿には似合わないRPG-7もしくは超大型の拳銃、プファイファー・ツェリスカが握られていた。

 「世界最強の拳銃」という称号の為だけに作られたそれはあまりにも反動が大きすぎてまともな人間には扱えない「狂気の産物」だ。だがそれは人外の存在にとってはRPG-7に比べれば威力は劣るものの取り回しの良い武器としてわずかながら流通している。

 刈リ取ル者による天使側の被害の大きさ、またAランク以上がいないという戦力不足をカバーするために聖ルクレチア女学院上層部が許可を出したのだった。


「あなたたちにはわからないでしょうね。親、学校、教育委員会、警察、これらに救いを求めても手を差し伸べてくれずに逆に平手打ちされた時の絶望と憎しみは! そしてそいつらから「過去の事なんて忘れろ」なんていう侮辱と裏切りの言葉をかけられた時の悲しみは!」

「お姉様! 復讐なんて何も産みませんわ!」

「例えそうだったとしても私は黙って指をくわえている事なんて出来ないのよ! こうしている間にも罪なき人が社会から迫害されて「落第者」のレッテルを張られてる。見逃すわけにはいかないわ!」

「分かりました。では真理さんを力づくで止めて見せます!」


 少女たちが得物を一斉にぶっ放した。

 真理は網目状の結界と普通の防御用結界の2重の壁を張る。RPG-7はその構造上、先端が目標物に触れないと不発に終わる。網目状の結界ではRPG-7をその先端に触れることなく防げるのだ。

 だが拳銃の弾は容赦なく真理を襲う。結界を砕き、≪超常者の怪力パラノマル・フォース≫の装甲に銃弾がめり込む。


 その援護をもらい、塚原 舞が突っ込んでくる! 両手に持った盾を鈍器代わりにして殴りつけてくる。真理は舞の攻撃に合わせて大斧を振り下ろし食いとめようとする。

 ガキン! という鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合うかのような音が響く。元Aランクの真理の一撃を食らっても舞にはほとんどダメージが無い。

 と同時に舞の左の拳に握られた盾で真理の胸部を殴りつける。≪超常者の怪力パラノマル・フォース≫の装甲は完全に砕け生身の胸を直撃する。

 真理は何とか体勢を崩さないよう踏ん張り、距離を取る。彼女が知ってる舞はこんなに強くは無かったはずだ。


「この強さ……まさかあなた誓約ゲッシュを!?」

「ええ。ボクは天使あまつか 美歌みか以外の女性を愛さないと誓いました」

(同性からの愛を断つか。なかなかね)

「やれやれ! 遅いと思ったら!」


 真理にとって「軽くあしらえる相手」から「厄介な相手」に変わった瞬間、天使の加護を受けた少女たちが張った隠匿用結界をぶち破り、刈リ取ル者とミストが乱入する。


「あなたたち!」

「気をつけろ! 舞とか言ったか? アイツ急に強くなってるぜ!」

「言うの遅いって!」




 装填を終えた少女たちが再びRPG-7とプファイファー・ツェリスカを放つ。

 刈リ取ル者とミストが2人協力して網目状の結界と普通の防御用結界の2重の壁を張る。真理が1人で2重に張ったのとは違い、拳銃の弾をも防げるほどの強度があった。


「真理! ミスト! 舞は任せろ!」


 弾丸を装填している最中の少女たちに悪魔とかつての先輩が襲い掛かる。真理とミストは「あえて」敵陣の中に突っ込む!

 DランクやせいぜいCランクである少女たちの武器はほぼ通じない。怖いのはあくまで銃、正確に言えば弾丸に魔力がこもった銃である。

 敵陣の中に入ってしまえば相手は誤射してしまう危険もあるからうかつに撃てなくなるし、RPG-7に至っては味方を爆風やバックブラストで巻き込んでしまう。


 逆説的だが、敵陣の真っただ中の方が下手に距離を取るより安全なのだ。乱戦に持ち込み、射撃を封じる。逆に周りを敵だらけにすることで自分の射線は確保する。ミストは自分の魔力が込められたミニミ軽機関銃で、真理は自らの魔力を結晶化した大斧で反撃に出た。


「まさかお前相手にこれを使うとはな……!」


魔力集中リソース・コンセートレーション


 舞と対峙する刈リ取ル者が念じると彼の魔力が腕と脚に集中する。顔は特定されないようそのままだったが身体があらわになる。

 直後、怪物が跳ねた。


 ガギィン! と、金属同士が激しくぶつかり合うような音が響く。誓約ゲッシュで強化された盾でも防ぐのが精いっぱいという激しい一撃が何度も襲い掛かる。

 だが舞も攻められっぱなしというわけでは無い。彼女は一歩踏み込み、反撃の拳を食らわす。が、怪物はいともたやすく避ける。

 舞が狙った個所は魔力反応の無い、おそらく食らえば致命傷につながるであろう胸部。だがそこを狙うだろうとは怪物も良く知っていた。軌道が読めれば対処はたやすい。舞は怪物の手のひらの上にいた。


 悪魔の拳が容赦なく舞の腹に直撃する。次いで蹴りが顔面に入り、彼女は吹っ飛ばされる。天使の加護を受けた少女たちの方向に吹っ飛ばされた。


「今回もダメなのね……退却しましょう!」

「ボ、ボクはまだ……」

「いいから退いて!」


 少女たちは去って行った。




「大丈夫か!? 真理! それに子供も!」

「え、ええ。何とか」

「安定期に入るまで激しい動きするのは辞めろ。もうお前だけの身体じゃないんだぞ?」

「……ごめんなさい」


 うかつな事をしてしまったことを詫びる真理。騒ぎを聞きつけたのかパトカーのサイレンが近づいてくる。

 ばれたらまずい。と、闇に生きる住人達もまた飛び去って行った。

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