Scene.37 穢れの日

 彼女たちに月に一度訪れる、あの日。それは大変忌み嫌われる日でもあった。


「行くの? 美歌。あなたは今日あの日じゃなかったの?」

「大丈夫、大丈夫だって。オレはSランクだからあいつらにはちょうどいいハンディキャップになると思うぜ? ワンサイドゲームばっかりじゃ正直ツマンネエしな」

「美歌、あまり自分を過信しないで。心配なのよ。もし万が一のことがあったら日本における私たちの活動にも大きな痛手になるのよ?」

「ウッセーなぁ。余計なお世話だよ。んじゃあ行ってくるわ」


 ザカリエルの忠告を無視して美歌は自宅を後にした。




「ん?」


 乃亜のあの刈リ取ル物としての活躍をまとめたブログ「刈リ取ル物ニュース」に妙な書き込みがあった。


「22:00に○○公園で待つ。サバト幹部全員連れてこい。今日のオレは弱い。特別大サービスだ。もしかしたら勝てるかもよ? Sランクより」


「Sランク……美歌の事かしら?」

「だろうな」


 乃亜は美歌から連絡があったことをサバト幹部たちに伝えた。




 21時55分、サバト幹部は指定された公園に集まった。そこに、美歌が立っていた。


「よお。今日はお前らにとって特別大サービスの日だ。オレは今日生理の日なんだ。もしかしたら勝てるかもしれないぜ?」

「……とことん舐められたものね」

「舐めちゃいねえさ。テメェらにはちょうどいいハンディキャップじゃねえか。泣いて喜べよ」

「な、なぁ。何で生理が特別大サービスなんだ?」


 木林たちとは対照的に意味が分かってない乃亜がすっとぼけたことを言うが、真理が冷静に返す。


「生理とは穢れなの。生理の日は天使の力が大幅に下がる日よ。私もその日は大人しくしてたわ」

「ま、そう言うわけだ。ひょっとしたらテメェらカス共でもオレに勝てるかもよ? あくまで「かも」だけどなぁ。キャハハハ!」


 美歌が駆け出した。サバトの者たちは木林、篠崎しのざき、リリム、ミストの4人で四角の魔法陣を作り、乃亜と真理に魔力を流す。


魔力集中リソース・コンセートレーション


 一方の乃亜と真理も魔力を手足に、あるいは大斧に集中させる。

 美歌は乃亜に襲い掛かる。彼は美歌のパンチを受け止める。普通だったら結界や≪超常者の怪力パラノマル・フォース≫の装甲ごと骨がブチ折れるところだったが、難なく受け止めることが出来た。そして……


 ぐしゃり!


 乃亜の右手は美歌の左手を握りつぶした。いつもなら彼の手が潰されるところだったが、逆だった。


「へー。やるじゃん。本気になってやろうじゃねえか」


 潰れた左手を再生させながら彼女は魔力を結晶化した大鎌を虚空より取り出す。そして刃をチェーンソーのように回転させながら襲い掛かる!


 ガギギギギン!


 鋼鉄同士がこすれ合うような冷たく硬い音が響く。前だったら容易く切断されていたであろう乃亜の腕には傷一つついていない。

 魔力を集中させて強化した腕の装甲で刃を受け止め滑らせるように受け流し、美歌に急速接近する。そして右の拳を食らわせる。彼女の結界に大きなひびが入る。


「真理!」

「言われなくても!」


 真理が続く。紅蓮の大斧を振るって美歌に向けて渾身の力を込めて振り下ろす。彼女の結界がぶち割れた。


「調子こいてんじゃねえぞこの#&◆☆$%がぁ!」


 美歌が下劣な叫びをあげながら渾身の一振りを真理に食らわす。が、その一撃は大斧を破壊するには至らない。逆にカウンターを食らい、大鎌が切断されてしまう!


「ば、バカな!」


 美歌の表情が驚き、焦り、そしてほんの少しの恐怖に染まる。直後、木林、篠崎、リリム、ミストが魔法陣を維持しながらRPG-7を一斉にぶっ放す。弾頭は美歌を直撃し強烈な爆風が吹き荒れる。

 爆風が去った後、残っていたのは焼け焦げて飛び散った美歌のカケラと、純白の魂。乃亜が家族を皆殺しした時みたいに魂がその場を去ろうとしたとき、リリムがパクリと食い付き、飲み込んだ。


「ちょっと! サマエル様に半分捧げるんでしょ! 独り占めしないで!」

「早い者勝ちです。だったら私よりも早く魂を手に入れるべきでしたね」

「ふざけんじゃないわよ! 今すぐ返しなさい!」

「もう遅いです。彼女の魂は私が取り込んで……うぐっ!」


 押し問答をしていたリリムが突然腹痛を訴えるかのように腹を抱えてしゃがみこむ。

 リリムの腹が見る見るうちにぶくぶくと膨れていく。1分とかからずに臨月の妊婦ほどの大きさになるがまだ止まらない。彼女の肌がどんどんとしわがれ、痩せこけていく。腹は止まらず中に大人が入っているのかと思うくらいにまで膨れ上がり、そして中身が腹を破って出てくる。美歌だった。


「さすがに舐めすぎた! 次は無いと思えよ!」


 捨て台詞を吐いて彼女は逃げて行った。




 悪魔であるせいか血こそ出なかったが、大きく膨れた腹が破れ枯れ木の様な老人みたいに痩せこけて横たわる姿を見るに、誰がどう考えても助からないというのは分かる。それは事実らしくリリムの動きは鈍い。


「オイ! リリム! しっかりしろ!」

「マスター……私はここまでのようです……お許しを」


 リリムはそれだけを篠崎に伝えると糸が切れた操り人形のようにガクリとうなだれる。身体がぼろぼろと崩れていき、風に乗って消えていった。




 失ったものの大きさを表すかのように虚しさに辺りがつつまれる。しばらくして……


「……帰る」


 相棒の最期を見届けた篠崎はそれだけ言い残して拳を固く握りしめたまま去って行った。


「篠崎……」

「木林さん、篠崎さんとリリムさんって仲良かったの?」


真理が木林に問う。


「アイツはリリムとはあくまで契約してるだけだって言ってたけど、多分女として意識してたんじゃないのかな。あくまで私の予想だけど。

 ……それにしても塩田に続いてリリムも、か。これで幹部クラス2人。結構きついわね」

「俺達、勝てるのかな……」

「ミスト、弱音は吐かないで。勝てる勝てないの問題じゃないの。勝たなきゃいけないの。私たちが負けるって事は死ぬって事なのよ?」

「あ、ああ。悪かったよ。……帰ろうか。乃亜」


彼らは去って行った。

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