Scene.34 決起の力 魔力集中

「……ふぅ。出来たぜ」


 イスの上で瞑想していたミストが目を開ける。


「出来たって、例の奴か?」

「ああ。ようやく納得のいくものが作れた」

「ところで、どういうのだ?」

「一時的に魔力を集中させる技さ。まぁ詳しい事は例の方法で教えるから」


 そう言ってミストは霧状になって乃亜のあと真理の体の中に入る。少しだけ頭が熱くなると同時に新たな能力が脳に刻み込まれた。


「さあ、行こうか」




「はーい、美歌ちゅぁーん。もっと笑ってー。にこーってにこーって」


 撮影スタジオで何度もフラッシュがたかれる。

 鼻の下を伸ばしてデレデレな専属カメラマンの指示に従って愛嬌のある笑顔を振りまく。


「ハイOK! お疲れー!」

「お疲れ様でした」


 美歌が上辺だけ、それでいて完璧に気づかれない笑顔を振りまく。


「ところで美歌ちゃん。今夜こそ僕と一緒に食事でも……」

「結構です」


 彼女はぴしゃりと断って帰って行った。




 ああキモい、キモすぎる




 いい年こいた大人が14歳に真剣に恋してるという事自体がキモイし、そもそも自分テメェがこのオレとつり合うと考えている残念な思考回路も輪をかけてキモすぎる。どうしようもなく終わってる。


(アレをぶっ潰してストレス解消でもするか)


 美歌はそう決意した。




 夜の赤羽に彼女は姿を現す。最近はモデルや動画配信サイトの仕事で忙しくこうして夜の街を歩くのは久しぶりだった。意外にも向こうの方からやって来た。サバトの4人に、元Aランクのお姉様とやらに、アレ。


「散々オレから逃げ回ってたくせに急に歯向かってくるなんてどういう風の吹き回しだよ? まさかとは思うがオレを倒そうなんて寝言ほざくわけじゃあねえだろうなぁ? ま、ちょうどいいや。テメェをぶっ潰してぇと思ってたからな。父親ATM母親メイドを殺った罪は償ってもらうぜ」

ATM・・・メイド・・・。酷い言い方ね」

「だって本当の事なんだからしゃあねえだろ? で、今日はどんな方法で足掻くんだい? せめてこの前よりはオレの事を楽しませろよ。ただでさえキモい屑の相手してムカついてんだ」

「言われなくたって!」


 サバトのメンバーとミストが五芒星の陣を描く。そして中央にいる乃亜と真理は新たな力を行使する。



魔力集中リソース・コンセートレーション



 手足に魔力が集中し、≪超常者の怪力パラノマル・フォース≫の黒い装甲が真紅の紅色に染まる。真理は手足だけでなく持っていた大斧も紅くなる。代わりにそれ以外の個所、胴体や頭は生身の肉体が露わになる。


「へー。中々面白そうだな。武器アリでやってやるよ」


 そう言って虚空から大鎌を取り出す。この前ミストとアノニマトの相棒を切り裂いた凶器だ。


 美歌が大鎌を振るう。その斬撃を乃亜は強化された右手で受け止める。ガキン! という硬いものと硬いものがぶつかる音が聞こえる。≪魔力集中リソース・コンセートレーション≫で密度が濃くなった装甲は美歌の大鎌による斬撃にも耐えうる堅硬さを持っていた。

 乃亜は鎌をギュッと握り、思い切り、かつ乱暴にグイッと引っ張る。少し体勢を崩した美歌に反対側の拳を入れる。防御用結界に弾かれはしたものの少しだけひびが入る。手ごたえアリだ。


「援護を!」


 大鎌を持って美歌の動きを制限していた乃亜の合図とともに篠崎と塩田がRPG-7で援護する。2発とも美歌を直撃した。結界自体は本体よりも脆いのかひびが入った。更に真理が紅蓮の大斧の一撃を加える。バリン! とガラスが砕けるような音がして結界が砕け散った。


「畜生! 離せ!」


 美歌は何とか大鎌を握っている汚物を引き離そうとするが力が強く上手くいかない。そうもがいていたら彼は急にパッと手を離した。


「うわっ!」


 突然の出来事で不意を突かれて美香は大きくのけぞる。そこへ最高に鋭い拳の一撃が彼女を直撃した。ボキッ・・・!という硬いものが砕ける音が響く。

 次いで真理の大斧による斬撃が繰り出される、頭から首にかけて大きな切れ込みが入った。更に乃亜の拳の乱打が入る。全身の骨がバキバキに砕け、肉も潰れて骨と共にシェイクされたかのように混ざり合う。


「これで仕舞いだ!」


 トドメの一撃。と言わんばかりに乃亜は背中にマウントしていた装填済みのRPG-7を持ち出し、グチャグチャになっている美歌に向かってぶっ放す。爆風で潰れた肉片が飛び散った。


「……やったか!?」


 良くてぐしゃぐしゃに、悪く言えば挽き肉ミンチよりも酷いペースト状に潰れた状態の美歌。その死体……いや、死体と言っていいのかどうかさえ分からない惨状だったが、それを見てミストが叫ぶ。


「おかしい! 魂が出てこない!」


 死んだ人間の身体からは魂が分離してくるはずだ。美歌の魂が出てこない。という事はまだ生きているという事だ。どう考えても全身が挽き肉ミンチより酷い事になっている今の姿からは考えもつかないが。

 直後、カケラになった筋肉、内臓、骨片がアメーバのように這いずり、焼け焦げた美歌の服の所へと集まる。肉は盛り上がりまるで逆再生でもしているかのごとく元の姿へと戻っていく。

 1分もしないうちに潰れた肉が元通りに戻り、骨も再生する。そして何事も無かったかのように倒れていた美歌が静かに目を開け、立ち上がった。


「嘘でしょ……」

「信じらんねえ……」


 ミンチ状態からの身体再生。どんな上級悪魔でさえ不可能な事をやってのけた少女を見てサバト幹部たちは絶句する。


「いや~。ビックリしたぜ。まさかここまでオレに歯向かえるなんて思いもしなかったぜ。やられっぱなしじゃアレだからちっとは本気出さねえとなぁ?」


 美歌は得物の大鎌を拾い、構える。直後、鎌の刃から微小な鋭い刃が生え、滑るように動き出す! それはさながら大鎌の形をしたチェーンソーのようであった。

 彼女が大鎌を振り回す。乃亜は手でそれを受け止めるが瞬く間に装甲が削れていく。


「うおおおおお!?」


 やがて、手のひらが2つに分断され、ぼとりと落ちる。乃亜はそれを拾って≪癒しの手トリート・ファクター≫でくっつけようとする。それをカバーするため真理が立ちはだかる。大斧の一撃を決めるが美歌は素手で受け止める。そしてチェーンソーと化した大鎌でいともたやすく切断してしまう。


「クソッ! 今回もダメか!」


 塩田達が振り向き一斉にRPG-7を隠匿用結界に叩き込む。が、ヒビが少し入った程度で砕けることは無かった。


「な、何で?」

「オイオイ。逃げられると思ってるんじゃねえだろうなぁ?」


 美歌が張った結界は隠匿用でさえサバト幹部が使う防御用結界をも上回る強度を誇っていた。


「オメエら何か勘違いしていないか? まさかとは思うが本気出したオレにほんのちびっとでも抗えると思ってねえだろうなぁ? 甘くねえか? そもそもオレには魔法陣組んでるお前らを最優先でぶっ潰すっていう選択肢もあるんだ。何で今までそれをやらなかったと思うんだ? 身の程をわきまえろや!」


 そうふてぶてしく口上を垂れた上で塩田に襲い掛かる!


「塩田! 危ない!」


 木林が叫ぶ。が、彼は反応できていない。塩田の身体が一薙ぎで切断される。更に美歌はかつて篠崎のアパッチを撃墜した時と同じ光の球を手から放ち、その切断した身体の上半身を再生不可能なレベルまで焼き払い、浄化する。2秒以内の出来事だ。


「そんな……!」


 もう手遅れだ。残骸から魂が現れる。途端に乃亜と真理の身体を脱力感と疲労感が襲う。陣が崩れ、魔力の供給が止まったのだ。


「あんたたち! 私が時間を稼ぐから結界を壊しなさい!」

「俺も援護するぜ!」


 魔法陣を整えて魔力を1人か2人に集中することでようやく美歌に対抗出来うる程度の強さだ。魔法陣が崩れた今では個人個人の力は彼女に遠く及ばない。

 慌てて男達がRPG-7の次発を装填する傍ら、彼女たちはハエのようにまとわりついて美歌を妨害する。


「身の程をわきまえろや!」


 美歌の上をホウキに乗って飛んでいる木林に光球を放つ。が、木林はそれを紙一重で避ける。

 一方木林は黒い光線を美歌目がけて撃ちこむが彼女は一切避けようとしない。それをすべて受け止める。しかし身体には焦げ一つ残らない。ミストも拳で殴りつけるが全く傷らしい傷は与えられない。圧倒的な力の差があった。


 美歌が両手を構えて力を溜める。そして自分の身長ほどの大きさを持つ巨大な光の球を放った。


「ちょこまかと動くんじゃねえ!」

「うわっ!」

「木林!」


 ミストが叫ぶ。地面を見ると足をひねった木林がいた。彼女の方が一瞬早くホウキから飛び降り、直撃だけはさけられたのだ。


「穴が空いたぞ!」


ミストが歩けない木林を抱えると乃亜と真理が協力して穴を開けたことを報告する。彼女はそのまま他のメンバーと一緒にその場を後にした。




塩田が死んだ翌日の昼、乃亜と真理は現場に花束を持ってやって来た。


「とある青年の孤独な死」


 地元の新聞でもなければ扱わないごくありふれた死だった。日本では1年間に130万人程亡くなっているらしいがその中の1人に過ぎない。

 刃物のようなもので切断されていて上半身がどこかに消えているという特異性はあるが、そのうち芸能人のゴシップ記事やスキャンダルニュースに流されて消えてしまう運命だろう。

 そう思いながら生々しく残る血のりに花束を置こうとすると傍にいた少女に気付く。


「木林さんも弔いに?」

「まぁ、そんなとこ」

「正直、塩田さんとはあんまり仲は良くなかったけど、さびしくなるなって」

「こんな仕事しれてば誰だっていつかはこうなるわよ。下手すれば私も死んでたかもしれない。昨日は足をひねった程度で良かったと思うわ」


 木林はドライに言ってのける。手下や抗争相手が死ぬのは日常茶飯事だし、幹部クラスとて死ぬときは死ぬ。彼女はそう割り切っていた。


「……」


 乃亜はビルの窓ガラスにうつる自分をじっと見つめていた。これまで数えきれないほどの人間を殺してきた。生存のために。そして正義の旗印のもとに。死自体には慣れていた。が、改めて死を見つめ直す機会であった。


「まともな死に方しねえだろうな。俺は」


 誰にも聞こえないように、ぼそりとつぶやいた。

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