Scene.29 ママ友という絆を語った地獄

 まだまだ残暑が厳しい9月上旬の公園で乃亜のあは男と出会った。本人確認のため≪魂読ソウル・リーティング≫で男の記憶を読んだ。




「どうした?」


 きっかけはある日の朝から始まった。時間になっても妻が起きてこない。


「ごめん。起きれない」

「どうした? 風邪でもひいたか? まあいいや、たまにはゆっくり寝てなよ」


 それはその日だけではなかった。朝起きれず、そのまま1日中布団の中にもぐってばっかりの日々が3日、そして1週間と続いた。

 さすがに何かがおかしいと思った私は一緒に病院へと行くと、内科からなぜか精神科に回された。


「奥さん、何があったのか、正直に話してください。嘘は絶対につかないでください。秘密は厳守します。友達には絶対に教えたりはしませんから」

「……ママ友の間で無視されたり意地悪されて……一緒にランチに出かけた時もトイレに行かせてもらえなかったり、そもそもランチの場所が到底払えないような高級店にされたりして……」


 妻がようやく重い口を開いた。その時初めて、大粒の涙をボロボロとこぼした。


「何で黙ってたんだ!? つらかったら相談すればいいのに!」

「ごめんなさい。あなたと子供に迷惑をかけたくなかったの。本当にごめんなさい」


 その後もただひたすら平謝りしている妻を、私はただ見つめる事しかできなかった。


「奥さんは……いわゆるうつ病ですね」

「うつ病ですか」

「とにかく当分の間休養をとる事。そして休養してる間自分を責めさせない事。これを徹底してください。あと抗うつ剤を処方しますのでしっかり飲んでください」


 医者から診断された病気はうつ病……話には聞いていたがまさか自分の妻が侵されるとは思ってもいなかった。




 なぜいじめが始まったのかを調べているうちにふとしたことで原因を知ることとなった。妻の友人の夫が私に声をかけてきたからだ。


「八代さん、ちょっといいかな? あんたの奥さんが家族旅行に行ったのをSNSに上げたらしいんだ。それ見て「オレを無視して土産すら渡さないなんて許せない」って家内が怒ってるらしいんだ」

「そ、そんな理由で!? 何で止めなかったんですか!?」

「すまない。俺、家内には頭が上がらなくて」


 あまりにもくだらない理由だ。そんなことでいじめをしてしまうのか。ショックを隠し切れなかった。




 ここまで記憶を読めば十分だろうと乃亜は≪魂読ソウル・リーティング≫を解除する。


「刈リ取ル者だ。わけあって姿は見せられないがちゃんと傍にいるぞ。お前の奥さんがうつ病に追い込まれたらしいな」

「はい。そうです。奴らを罰して下さい。お願いします」


 そう言って持っていたバッグを渡す。相当な額が入っているのか、ずっしりと重い。


「それと、被害者である奥さんに言っておいてくれ。「何があっても絶対に死ぬな。生きて、生きて、生き延びろ」ってな」

「はい。ありがとうございます」




 数日後




 乃亜と真理は女たちが良くランチを取っているという店にやって来た。女たちが外へ出てきて通行の邪魔にならない位置に来たのを見計らうと結界を張り、姿を現す。彼女らは2体の異形の存在におびえる。


「な、何!?」

「刈リ取ル者だ。貴様らが犯した罪を償わせる。うつ病になるまで追い込んだそうだな」

「人をうつ病にまで追い込んだ罪は償ってもらうわよ。覚悟は出来てる?」

「覚悟って……あいつが悪いから正当な裁きを下しただけよ! 悪いのはあいつじゃない!」


 やはり罪の意識は無い。むしろ自分の方が被害者だとでも言わんばかりの主張だ。


「旅行に行ったのがそんなに気にくわないのか?」

「そうよ! 私がこんなに苦労して子育てしてるのにいい気になって旅行なんてしてるからいけないんじゃない!」

「知るかボケ」


 刈リ取ル者はボスママの指を、曲がったらおかしい方向に力ずくでねじ曲げる。女の叫び声が響いた。


「オレはこんなに苦労してるんだからお前は幸せになるんじゃない。とでも言いたいの? 何それ? ただの逆恨みじゃない。だったらアンタも旅行でも行けばいい」

「それが出来りゃ苦労しねえよ! オメーは子供育てたことがねえのかよ!?」

「子育てしたことなんて無いし産んだことすら無いけどあんたの気持ちなんて理解したくもない」


 そう言って真理はつま先を切断する。


「何だよ……オレが悪いってのか? オレを悪党にするつもりかよ?」

「ああそうだ。人様をうつ病に追い込んで家庭をメチャクチャにしたんだ。悪党以外の何だっていうんだ? くたばれ」


 ボスママのアゴに鋭い拳を食らわせる。硬いものが砕ける音がして下あごがぐちゃぐちゃに歪んだ。


「あが……あがひはひゃるふなひ……あがひはひゃるふなひ……」


 ここまで来ているのに「アタシは悪くない」とブレることのない主張を繰り返す。それだけはある意味立派だ。

 刈リ取ル者はボスママの首を掴み持ち上げた。直後、ごきり・・・という鈍い音と共に女の首が可動範囲を大きく超えて曲がった。彼女は息をするのも辞め、アスファルトの地面に倒れ込んだ。



 最初の獲物を処理した後、彼らは他の女たちに目を向ける。


「い……いやぁありがとうございます!」


 突如女たちが拍手をし出した。


「実をいうと私たちも困ってたんですよ。横暴で他人を巻き込んで我が物顔をしているあいつが! 私たちの平穏な日常を奪ってたんですよ!」

「そうそう。でもコイツのステータスが高いからどうしても言い返せなくて……」

「何とかしてさばいてくれる人をずっと待ってたんですよ! いやあありがとうございます!」


 その後ありふれた美麗文句をぺらぺらと語りだす。それを見た刈リ取ル者は真理にアゴで指示を出す。女の一人に頭のてっぺんからへその部分まで大きな切れ込みが入った。無論即死だった。


「な、何で!? 私たちは悪くないのに!?」

「まさかとは思うが、自分だけは許されるとでも思っているのか? いじめを止めなかった時点で貴様等も全員同罪だ。この女と同じようになってもらうぞ。まぁ特別大サービスで少しは苦しまくて済むかもしれんがな」


 そう言って2人残っている女たちの片方に殴りかかる。拳が胸を貫通し全壊した。もちろん即死だった。その一方で真理が最後の生き残りに目を向ける。


「辞めてください! 怖かったんです! 私や子供に復讐されるのが怖かったんです!」

「だったら警察なり裁判所なりに訴えればいい。「お前、犯罪者になりたくないよな?」とでも言って脅せばいいだけの話だ。それをしなかった時点でお前らも同罪だ」


 そう言って刈リ取ル者は真理に指示を出した。

 大斧で女の肩からみぞおちにかけて深い切れ込みをいれる。紅い液体が勢いよく吹き出し、女は倒れる。やがて完全に動かなくなると身体から魂が出てきた。もちろんミストが回収する。彼女は不満気に愚痴をこぼす。


「ハァーア。魂の半分をサバトの連中にピンハネされるんだよなぁ。入る前は総取り出来たのによぉ」

「でもその分美歌と出会っちまった時の対策にもなるだろ。それに給料も入るし。その辺は我慢してくれ」

「はいはーい」

「じゃあ彼女が来ないうちに逃げましょう」


 そう言って2体の異形の怪物はその場を後にした。

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