ウラジミール・プロップ「昔話の形態学」

ウラジミール・プロップ「昔話の形態学」を読み終える。僕が大学生のときは構造主義哲学が流行っていたが、そのルーツとなる本である。構造主義は西欧の近現代が普遍的な価値とされていたのを相対化する役割があった。


解説によると流れとしてはロシア・フォルマリズムに属し、後の世への影響としては記号論とも関わりがあるようだ。発表当時はスターリンの圧政下で時代が悪く、本書が評価されたのは出版されてから30年後のことだった。


元々は漫画畑の評論家である大塚英志のキャラクター論の本で知ったもので、今回、原典に当たってみた。といっても外国語はできないので日本語訳されたものだが。


プロップはロシアの魔法昔話について分析し、そのいずれもが三十一の機能(解説によると機能の実現の仕方)に分類されるとした。あくまでロシアの魔法昔話に関する分類であるが、一般的な物語を分析する上でも有益な示唆を与えてくれるだろう。


1. 家族の成員のひとりが家を留守にする(留守)

2. 主人公に禁を課す(禁止)

3. 禁が破られる(違反)

4. 敵対者が探り出そうとする(探り出し)

5. 犠牲者に関する情報が敵対者に伝わる(情報漏洩)

6. 敵対者は犠牲となる者なりその持ち物なりを手に入れようとして、犠牲となる者をだまそうとする(謀略)

7. 犠牲となる者は欺かれ、そのことによって心ならずも敵対者を助ける(幇助)

8. 敵対者が、家族の成員のひとりに害を加えるなり損傷を与えるなりする(加害)

8-a. 家族の成員のひとりに、何かが欠けている。その者が何かを手に入れたいと思う(欠如)

9. 被害なり欠如なりが[主人公に]知らされ、主人公に頼むなり命令するなりして主人公を派遣したり出立を許したりする(仲介、つなぎの段階)

10. 探索者型の主人公が、対抗する行動に出ることに同意するか、対抗する行動に出ることを決意する(対抗開始)

11. 主人公が家を後にする(出立)

12. 主人公が[贈与者によって]試され・訊ねられ、攻撃されたりする。そのことによって、主人公が呪具なり助手なりを手に入れる下準備がなされる。(贈与者の第一機能)

13. 主人公が、贈与者となるはずの者の働きかけに反応する(主人公の反応)

14. 呪具[あるいは助手]が主人公の手に入る(呪具の贈与・獲得)

15. 主人公は、探し求める対象のある場所へ連れて行かれる・送りとどけられる・案内される(二つの国の間の空間移動)

16. 主人公と敵対者とが、直接に闘う(闘い)

17. 主人公に標(しるし)がつけられる(標づけ)

18. 敵対者が敗北する(勝利)

19. 発端の不幸・災いか発端の欠如が解消される(不幸・欠如の解消)

20. 主人公が帰路につく(帰還)

21. 主人公が追跡される(追跡)

22. 主人公は追跡から救われる(救助)

13-bis. 兄たちがイワンの手に入れたものを略奪する(イワンそのものは深淵に投げ込む

10-11bis. 主人公が再び探索に出発する

12bis. 主人公は再び呪具の獲得の条件となる[贈与者の]働きかけを受ける

13bis. 主人公は再び、いずれ贈与者となる者の働きかけに応える

14bis. 新たな呪具が主人公の手に入る

15bis. 主人公が、探し求めている対象のいる所へ送りとどけられるか、はこばれるかする

23. 主人公はそれと気付かれずに、家郷か、他国かに、到着する(気付かれざる到着)

24. ニセ主人公が不当な要求をする(不当な要求)

25. 主人公に難題が課される(難題)

26. 難題を解決する(解決)

27. 主人公が発見・認知される(発見・認知)

28. ニセ主人公あるいは敵対者(加害者)の正体が露見する(正体露見)

29. 主人公に新たな姿形が与えられる(変身)

30. 敵対者が罰せられる(処罰)

31. 主人公は結婚し、即位する(結婚)


1.昔話の恒常的な不変の要素となっているのは、登場人物たちの機能である。その際、これらの機能が、どの人物によって、また、どのような仕方で、実現されるかは、関与性をもたない。これらの機能が、昔話の根本的な構成部分である。

2. 魔法昔話に認められる機能の数は、限られている。

3. 機能の継起順序は、常に同一である。

4. あらゆる魔法昔話が、その構造の点では、単一の類型に属する。


物語の構造を数式で表されても何のことやらよく分からないのであるが、訳書では分析の実例も添えられているので理解の助けになる。


登場人物たちの機能とされているのは、文法で言うと動詞部分である。主語や目的語は入れ替え可能なのである。ただ、解説で指摘されているが、実際には要約に要約を重ねないと、動詞としては一致しないようだ。


たとえば、昔話に登場するのがキツネであってもタヌキであっても入れ替え可能、つまり可変だが、人を「化かす」という点では不変なのである。この不変の構成要素を物語の機能(ファンクション)と呼ぶのである。


ロシアの魔法昔話で魅力的なのはニセ主人公である。闘いに勝利、欠如が埋められてメデタシメデタシでなく、もう一波乱あるのだ。


<追記>

昔、大塚英志の本でプロップの昔話の形態論の存在を知った際、昔話にそんな法則性があるのかと魔法をかけられた様な思いがした。が、よくよく読み返してみると、あくまでも「ロシアの」「魔法昔話」に関しての分析なのである。昔話の構造を方程式で記述するという構想は遠大だ。しかし、創作というのはどのようにしようが基本的には自由であり、普遍的な法則性を見出すのは難しいだろう。例えば映画なら2時間というパッケージの中で起承転結が求められるから、何分頃に盛り上がりを最高潮にもってくるとか大体決まってはいるが。ナラトロジーの入門書も読んでみたが、まあ何となく分かっていればいいかな、くらいの感想であった。

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