狼牙将軍と裏切りの森

突然の来訪者

「さあ、かかってきなさい」


 女勇者さんが剣を構えている。ボクも構え、両手に魔力を集中させる。


 暗い森の中、ボクたちは向かい合って立っている。


「どうして……って、聞いても無駄ですよね?」


 僕の問いかけに彼女は表情を崩さず構えたままだ。


 どうしてこんなことに……ボクはその始まりを思い出す。





「ごちそうさまでした」

「はれ、もほたへないの?」

「口の中にものを入れてしゃべらないでくれませんか?」


 家で昼食を食べ終えたボクは立ち上がる。そして、お皿を片付けながら言う。

 彼女は当然、下着姿だ。何度言っても服は着てくれないから、もうそこをどうこう言うのは諦めた。


「もう、うるさいわねぇ。あんたは私の母親じゃないでしょ?」


 女勇者さんは食事を飲み込む。そして、コップの水を飲みながら言う。


「マナーの問題です」

「だって、やっと堅苦しい貴族の生活から抜け出せたんだから、少しは自由にしてもいいじゃない」


 うつ向きながら彼女は元気のない声で言う。


「それ、この前も言ってましたよね。それでも辞めて欲しいってボクが言って、辞めるって約束もしましたよね?」

「あ、やっぱり覚えてた?」


 ボクが呆れたように言うと、彼女は舌を出しながらボクを見る。

 こういう可愛いところはあるんだけど、それとこれとは話が別ですからね。


「はいはい、片づけますよ」


 ボクは彼女のお皿も一緒に片付けようと手に取る。


「あ、口の横。ソースが付いてるわよ」

「え?」

「ほらここよ」


 お皿で手がふさがっていたボクの代わりに、彼女はボクの口に着いたソースを指でとる。そして、そのままその指を舐める。

 その動きにちょっとドキッとしてしまう。


「もう、やめてくださいって言ってるじゃないですか」

「なに? 照れてるの?」

「違います。行儀が悪いって言ってるんです」


 彼女はにやにやしながら言うがボクは否定する。


「まったく、つまらないわねぇ……さて、じゃあ、後はよろしくね」


 そう言いながら二階に上がろうとする彼女に、ボクは声をかける。


「たまには片づけを手伝ってくれてもいいんじゃないですか?」

「だって、これからデートなんだからお化粧くらいしないとダメでしょ?」

「いつもお化粧なんかしてない癖に」

「あはは、まあ、気が向いたらそのうちね」


 彼女はそう言い残すと二階に上がってしまった。ボクはお皿を持ってキッチンに入る。

 まあ、家事をやるのは別に嫌いなわけじゃないし、慣れてる方がやればいいだけの話だからね。


「さてと、午後からは出かけないとならないからさっさと片付けようかな」


 ボクはそうつぶやき、食器を洗おうとする。しかし、その瞬間、ドアをノックする音が聞こえた。


「ん? だれだろ? 誰か来る予定はなかったような……」


 ボクはドアのところまで行き、ドアを開ける。


「あれ…?」


 でも、そこには誰もいない。外を見回しても……


「不用心っすねぇ」

「え?」


 部屋の中から若い男性の声がする。ボクは振り返った。


「どうもっす」

「ああ、あなたですか」


 そこには眼帯をつけた黒い毛並みの狼族の青年が椅子に座っていた。


「お久しぶりっすね。お元気そうで何よりっす」

「ええ、そっちも元気そうで何よりです」


 ボクたちはお互いに挨拶をする。

 彼は魔王軍偵察部隊・隊長の黒狼将軍だ。



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