17話  ギャル -襲来ー


「げぇ」


 仕事中に珍しく沙優からメッセージが入り、何かと思って見てみれば、その内容に俺は顔をしかめた。


『なんか、バイトの先輩が家に来ることになった』

『断れなくって、ごめんなさい』

『多分だけど、吉田さん帰ってくるまでいると思う』

『あ、女の子です』


 溜め息が出た。

 いや、連れてくるのはいい。仲の良い友人ができるのも、良いことだと思う。ただ、俺と沙優の関係はどう説明すればいいのだろうか。

 と、頭を悩ませているところに、追加でメッセージが入った。


『吉田さんのことは、血は繋がってないけど、小さいころからお世話になってるお兄さん、と説明してます』


「お世話になってるお兄さん、ね」


 小さく呟いてから、苦笑した。

 いつもは散々オッサンオッサンと連呼してくるくせに、こういう時だけは上手に嘘をつくもんだ。確かに、勝手に「兄」とかいう設定をつけられていた日には、苗字やらなにやらいろいろとごまかさないといけなくなって大変だ。小さい頃に近所に住んでいた、などと適当に話を合わせられる仲に設定してもらった方がこちらとしてもありがたい。

 とにかく、本人が断れなかったと言っているのだから、断れない理由があるのだろう。別に、見られて困るようなものがある家でもない。


『了解』


 手短に返事をして、携帯を机に置く。そして、PCに向かうべく顔を上げたところで、隣に三島が立っていることに気が付いた。突然視界に人が入ってきたことで、反射的に肩が跳ねる。


「うおっ、ビビった! いるなら声かけろよ」

「吉田さんって、視界狭いですよね」


 三島が苦笑してそう言うと、隣の席の橋本が鼻を鳴らした。


「メッセージですか? 誰からですか?」

「別にお前には関係ないだろ。それで、なんか用か?」


 俺の返事に一瞬不満げな表情を見せたが、すぐに小さく息を吐いて、俺の仕事用PCを指さした。


「頼まれてたデータ、サーバに上げときました。確認してください」

「お、今日は随分早いな。オーケー、確認しとく」

「お願いしまーす」


 頷いて、俺は三島を見た。続きを促すように首を傾げるが、三島もきょとんとした表情で、小さく首をかしげた。


「なんです?」

「え、それだけか?」

「それだけですけど」


 ううん、と低い呻り声が喉から漏れた。


「そんな用件ならメールで送れよ。いちいち席立つの、無駄だろ」

「え、そうですか? 歩けば10秒ちょいで来れちゃう距離にいるのにメールで送るの、馬鹿みたいじゃないですか」

「メールの方が、形にも残るからなにかあった時に困らないだろ」


 俺の言葉に、三島は眉根を寄せた。


「なんですか、その問題が起こること前提みたいな発言は」

「お前が問題を起こさなかったことの方が少ない」


 それに、と付け加える。


「問題は起こらないと思ってるときに起こるんだよ。だから、お前が『サーバに上げた』っていうことをメールに残しとけば、とりあえずお前がサーバに上げたって事実は残る。データが消えても、お前のせいにはならない」


 そこまで俺が言うと、三島は目と口を大きく開いて、「はぁ~」と気の抜けた声を出した。


「私のために言ってくれてたんですねぇ」

「別に、お前に限った話じゃねえ。自分のせいじゃないミスを自分のせいにされないように自衛しろって言ってんだよ」

「でも、ちゃんとそうやって教えてくれる吉田さん、好きですよ」


 三島のその発言を聞いて、黙って作業をしていた橋本が噴き出した。


「好きだってさ、吉田」

「うるせえよ。俺は早くこいつを誰かに押し付けたい」

「ええ、ひどい! 私吉田さん以外の下でなんて働けないです!」

「お前は誰の下でも働かねえだろうが」


 俺が言うと、三島はごまかすように笑ったが、橋本は小さな声で「まあ、前よりはだいぶ働くよね、最近」と呟いた。

 まあ、確かに。最近は、前に比べてかなり正確に仕事をこなすようにはなったと思う。ただ、やはり三島ののんべんだらりとした仕事への取り組み方は未だに見ていてむず痒い。

 俺の気持ちなどつゆ知らず、三島は胸をぐいと張って、口角を上げてみせた。


「やればできる子なので」

「あ、そう……じゃ、さっさと席に戻って仕事してくれ。とりあえず、今からでいいから、メールを打て」

「了解です!」


 ビシッとわざとらしい敬礼をして、三島は自席に戻って行く。デスクに座りなおすところまで見届けてから、息を吐いて、俺も自分のPCに向き直る。


「吉田さぁ、お節介焼きすぎなんじゃないの」


 唐突に、橋本が口を開いたので、目線だけを彼に寄越すと、橋本も目は自分のPCを見つめたままで言葉を続けた。


「ああいうのは、一回痛い目に遭った方が勉強すると思うよ」

「まあ、俺もそう思うけど」

「そう思ってるなら放っておけばいいじゃない」


 橋本はキーボードを叩く手を止めて、俺を横目で見る。


「痛い目見る前に、どうにかしてあげようとしてるように見えるよ」

「そんなことねえよ」

「吉田がどう思ってるかは知らないけど、そう見えるって話」


 橋本は、言いたいことは言い終えた、といった様子で、また自分のPC画面に視線を戻し、キーボードをカタカタと言わせた。


「教えられることを教えて、何が悪いんだよ……」


 小さな声で言って、俺もキーボードを鳴らした。

 おそらく、橋本にも聞こえていただろうが、彼は何も言わなかった。







「うわ、オッサンじゃん!!」


 金髪のギャルが俺を指さして、そう言った。超、失礼な奴だ。

 絶句しながらその後ろで肩をすぼめている沙優に目をやると、彼女はギャルの視界の外で、小さく頭をぺこぺこと下げた。


「あ、でもよく見るとイケメソかもしれない……オーラ……オーラがオッサンなんだな。顔良い感じだしメッチャ勿体ない感あるわ。あ、ウチ、あさみって言います。気軽に呼び捨てしてオケだから。ヨロ~」

「あ、どうも」


 突然握手を求められて、俺はなぜか敬語でぺこりと会釈をして、ギャルの手を握った。手を握った途端に、ギャル、もとい、あさみは俺の手を凝視して目を丸くした。


「やば! 吉田さん、手、クソデカいじゃん!」

「え、そうか?」

「やべぇめっちゃウケる。見て沙優チャソ、めっちゃデカい、ウケる」


 俺の手に自分の手をぴったりと合わせて、あさみは大はしゃぎだった。沙優の方を振り返って、「めっちゃデカい!」と連呼している。

 沙優はなんとも言えない笑みを浮かべて、言った。


「超ウケる~」


 あ。あれは諦めた顔だな。微塵もウケている様子はない。

 あさみはそんな沙優の反応も気にせず、ひとしきり俺の手の大きさで騒いだ後、思い出したように俺の顔をじっと見た。


「な、なんだよ……」

「うん! 良い人っぽいな! オッケーだわ」


 なんだか分からないが、何かを許可された。

 あさみはうんうんと頷いて、居室にすたすたと戻って行った。


「いや、血の繋がってないお兄さんと同居してる、とか沙優チャソが言い出したから心配になっちゃってさぁ。しかも彼氏じゃないって言うじゃん? え、なにそれって感じじゃん。家族でもないし彼氏でもない男って、意味プーじゃん?」

「意味プーなのか」


 意味プーという言葉が、おじさんには分からない。彼女の言葉は文脈やニュアンスで意味を掴むしかなさそうだ。

 沙優も、楽しんでいるのか困っているのか分からないような、微妙な笑顔を浮かべて、あさみの話を聞いていた。


「でも、見てみたらなんか全然無害って感じのオッサンで良かったわ。あ、お兄さんか、ゴメソゴメソ」


 あさみは一人でマシンガンのように喋った後、思い出したように、ぽんぽんと俺のベッドを手で叩いて、言った。


「まあ、吉田さんも、座れば?」


 俺ん家だ、ボケ。


 沙優のバイト先の先輩は、随分とパンチの利いたキャラのようだった。




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