気付き

9話  三島柚葉


「三島ァ!!」


 怒鳴り声を上げると、隣の橋本がびくりと肩を震わせ、オフィスが一瞬シンと静まり返り、数人の社員が俺をちらりと見た。

 名前を呼ばれた当の本人は、ゆっくりとこちらを振り返って、首を傾げた。


「なんですかー?」

「なんですかじゃねえんだよお前!!」


 俺が立ち上がって三島の方へ歩き始めると、こちらを見ていた社員も「なんだ、いつものやつか」というような顔をして、自分の仕事に戻り始める。

 きょとんとする三島にかみつく勢いで俺は声を上げた。


「なんべんも言っただろうが、提出前にちゃんと確認しろって」

「確認しましたよ?」

「確認して、きちんとシステムが機能していて初めて納品できるんだからな?」

「そうですね」

「そうですねじゃねえ!! お前の書いたコードが思い切りミスってて、こんなんじゃ商品になんねえんだよ!」


 俺がはっきりとそこまで口にすると、三島はようやく自分がミスをして俺に詰め寄られているということに気付いたらしい。

 驚いたように口を開けて、言う。


「え、ほんとですか。やばいじゃないですか」

「他人事じゃねえんだ他人事じゃ!!」

「どうしましょう」

「直せ。今日中に」

「今日中は無理ですよぉ」


 頭の血管が切れそうになる。

 なんだって人事部はこんなとんでもねぇやつを採用してしまったのだ。

 スキルもない、責任感もない。

 正直、話にならない。


「納期は明日なんだから今日やるしかねえだろ。お前のケツ持つのは俺なんだぞ」


 俺がそう言うと、ぴくりと三島の眉が動いた。


「……今日中に終わらないと、吉田センパイがクビになっちゃったりします?」

「あ? さすがにクビにはなんねぇよ。ただ……」


 俺は顎に手を当てる。


「このプロジェクトからははずされるかもな。同時に、お前の教育係も変更になるんじゃないか?」


 三島の教育を他の社員に押し付けることができるのは万々歳なのだが、このプロジェクトは多くの社員を俺が巻き込んで始めた案件だ。俺が途中で下ろされるわけにはいかない。


「え、私の教育係吉田さんじゃなくなっちゃうんですか」

「お前が今日中に修正できなかったら、そういうこともあるかもしれないな」


 俺の言葉を聞いた途端、いつもしまらない半笑い顔を崩さない三島が、急に真顔になった。


「じゃあ、すぐ直します」

「あ、おい……」


 三島は踵を返して、自席に戻って行った。

 いつものんびりとオフィス内を移動する三島が、早歩きで自席に戻ったのだ。


「なんだあいつ……」


 普段から俺は三島に対してガミガミ言っているから、むしろ教育係は俺でない方が都合が良いのではないかと思っていたのだが。

 教育係が変わるかもしれないと伝えた途端のあの焦りようはなんだ。

 まあ、真面目に仕事をしてくれるのなら、それに越したことはない。

 小首を傾げながら、俺も自席に戻った。


「またトラブル?」

「俺が基本を作ってやったシステムが、まったくの別物に化けてた」

「やるねぇ、三島ちゃん」


 橋本は他人事のように茶々を入れて来る。

 かく言う橋本も、俺が振った仕事と自分が元から抱えていた仕事が積まれているようで、こちらに話しかけながらも視線はPC画面を見つめたままである。


「でも、なんか三島ちゃん急に真面目に仕事し始めたじゃん」

「お前、よく仕事しながらそんなに周り見えるな」

「PC見ながら、オフィスをぼんやり視界に捉えるんだよ。嫌いな上司が入ってきたら、素早くトイレに行ける」

「抜かりがなさすぎる」


 俺が上司に捕まってるときに限ってこいつがいないのは、そういうことだったのか。

 俺も練習しよう。ぼんやりとオフィスの状況を視界に捉える練習。

 プログラムツールを立ち上げながら、再び三島を見る。

 普段ならすぐに首をぐりぐりと回したり、伸びをしたり、どうも集中していない様子で仕事に取り組んでいる三島だが、今日はやけに真剣な様子だった。


「……まじでどうしたんだ、あいつは」


 呟いて、俺も自分の仕事にとりかかる。


 真面目にやってくれるのは良いことだが、あいつにはそもそものスキルがない。

 提出してきたものが使い物にならないであろうことはある程度想定して、俺の仕事も済ませておかないといけない。

 小さくため息をついて、俺はキーボードに指をトンと置いた。







「へへ、おつでーす」

「おう……」


 わいわいと賑わう料金均一居酒屋の中。

 三島がこつんと、俺のグラスに自分の持つグラスをぶつけてきた。


 仕事終わりに、なぜか俺は三島と二人で呑みに来ていた。

 三島はカシスオレンジの入ったグラスを傾けて、こくりと一口飲んだ。

 俺も、生ビールを喉に通す。喉がぎゅっとしまり、爽快感が脳へと抜けてゆくような感覚を覚える。


「いやー、良かったですねぇ納品できて」

「そうだな」


 俺は苦笑して、ぐいともう一口、ビールを煽った。




 数時間前。

 驚くことに、三島はまったく修正箇所のないデータを俺に提出してきた。

 どうせ修正作業は夜までかかって、しかもまともなデータではないのだろうとまったく期待せずに待っていたので、俺は目を丸くしてそのデータを見たのだった。

 三島が素早く修正データを提出してきたおかげで俺も自分の仕事に専念でき、今日は久々に定時に退勤することができてしまった。

 そして、三島が突然言い出したのだ。


「吉田センパイ、お酒とかどうですか」


 まさか、ふだん散々怒鳴りつけている後輩から飲みに誘われるとは思っていなかった。

 一瞬沙優の夕飯の心配をしたが、おそらくあいつは自分で何かしら作って食べるだろう。非常用の金も家に置いてきてはある。

 まあ、たまには良いか、と。

 俺は後輩の誘いに、首を縦に振った。




「それにしても、お前、集中すりゃあんだけできるなら普段からやってくれよ」

「ふぇ」


 三島に言うと、三島は焼き鳥を口いっぱいに頬張っているところだった。


「ふぁんはらはんはっへはら」

「あー、あー、飲み込んでから喋れよ」


 三島は慌てて口の中の鶏肉をもぐついた。


 アルコールが少しずつ体内に回っているようなぼんやりとした感覚に気持ちよさを覚えながら三島が必死に咀嚼している様子を眺める。


 肩につくか、つかないかくらいの栗色の髪の毛。毛先は内側にくるりとカールしている。

 目はぱっちりと丸く、鼻も口もちょこんと小さい。

 いわゆる、『可愛い系』というやつだ。

 上司との飲み会で何度も名前が出る程度には、彼女の容姿は“オッサン達”には評価されていた。

 きっとこの会社に入社できたのも、この可愛らしい容姿が手伝ってのことなのだろうと思う。

 案外、同じくらいのスキルを持った新卒が何人もいた場合、容姿で採用しちまうことも多いらしい。

 会社のオッサン達も、目の保養を求めているということなのだろう。


「な、なんですか」


 ぼーっと三島を眺めていると、いつの間にか三島は口の中身を処理し終えたようで、困ったように視線をきょろきょろと動かしながら髪の毛をいじった。


「ああ、すまんすまん」


 よくよく考えれば、食っているところをまじまじ見られたら落ち着かなかっただろう。


「いや、お前、もっと仕事できればモテるんだろうなと思って」

「えー、そうですかぁ?」


 三島は少し舌の足りない声で言った。


「仕事できない方が可愛がられますよね、あの会社」

「は?」


 俺が顔をしかめると、三島はけらけらと笑った。


「ほんとですよ、ほんとほんと。私のこと本気で叱るのなんて吉田さんだけなんですから!」

「まじか。他のオッサンは? なんも言わねぇの?」


 俺が訊くと、三島はキリッとした表情と、妙に野太い声を出す。


「『しょうがねえな、俺に任せとけよ』って。キメ顔で」

「うっわ、誰だよそれ。オッサンが気持ち悪ぃな。誰だよ、言ってみ?」

「……小野坂部長です」

「うっは! 最高!」


 俺はバンバンと机を叩いて、肩を震わせた。

 小野坂部長と言えば、同期の間では『むっつり二次元バーコード』と呼ばれている“人気者”である。

 以前彼の仕事用PCがフリーズし、橋本がそれを直してやったところ、そのフリーズの原因が『絶対に抜ける! 厳選アニメまとめ』にアクセスした際にもらったウィルスだったと判明したことと、彼の毛髪事情が絡み合いその呼び名が定着してしまったのだ。

 何度か新入社員にちょっかいをかけているという話は聞いたことがあったが、三島も被害者の一人だったようだ。


「なるほど、バーコードがなぁ……」

「ちょ、バーコード言ったら可哀想ですよ」


 そう言いつつも、三島もくすくすと笑っている。


「それでつまり? それは、上司に気に入られるためにテキトーやってるってカミングアウトだと受け取っていいわけか」


 俺が急に真顔になってそう言ってやると、三島はきょとんとして首を横に振った。


「まさか。どうでもいいですよ、そんなの」

「じゃあ、なんだよ。やりゃできるなら、やってくれよ」

「そうそう、さっき言おうと思ったんですけどね」


 三島はまたグラスを傾けて、鼻から息をスッと吐いた。


「普段から頑張ってる人って、さらに頑張らなきゃいけない時、どうするんですかね」

「……うん?」


 三島の言っている意味がよく分からない。


「さらに、頑張るんじゃねえの」

「それよりも頑張らなきゃいけなくなったら?」

「それよりも頑張るんだろ」

「あはは、死んじゃいますってそんなのぉ」


 三島は手をひらひらと振って、焼き鳥のネギだけを口に放り込んだ。


「ふはんひはらほふいへふはらほほ」

「だぁから飲み込んでから話せっつの!」


 俺が半笑いで指摘すると、三島はまたあわててネギを噛んだ。

 ごくりと飲み込んで、ふう、と息を吐く。


「普段力を抜いてるからこそ、必要な時に本気出せるんじゃないですか?」

「うちの会社のスケジュールは常にケツに火がついてんだよ。仕事してりゃ分かるだろ? 必要な時とか言うけどな、そんなん毎日だろ」

「えー、そんなことないですって」


 鼻を鳴らして、三島は人差し指を立てた。


「だって、私いなくたって仕事は回るでしょ?」

「そりゃ、新人だしな」

「んー、多分ですけど」


 俺の言葉に、三島は目を細めて、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「もし吉田さんがいなくても、仕事って回っちゃうと思いますよ?」

「な……」


 すぐに反論しようとしたが、俺は言葉に詰まってしまう。

 自分がいなくても、仕事は回るのだろうか。

 考えたこともなかった。

 正直、俺は職場ではかなり頼られている方だと思う。

 5年間でかなり多くの業績を残したし、ここ数年で俺の携わったプロジェクトはたいてい黒字を出していた。

 自分がいなくては仕事は回らない! と、勝手に思い込んでいたが、その逆を想像したことは一度もない。


「へへ、まあ、吉田さんいなかったらヤバイとは思いますけどね」

「……ああ」

「でも、多分ヤバイだけで、なんとかすることはできると思うんですよ」


 三島が、一人でうんうん、と頷いて言葉を続ける。


「だから、そういった意味では、普段から頑張ってる人がへばっちゃったときのためにスタンバイしてる人が必要かなぁって思うんですよ」

「……それが、お前だと?」

「そうで~す」


 三島は右手でブイサインを作って、にこにこと笑った。

 そのまったく悪気のない笑顔に、俺は溜め息をつく。


「上司としては、できるならしっかりやってくれよって思うけどな……」

「今日はしっかりやったでしょ?」

「まあ、そうだけど」


 俺は苦笑して、グラスを空にした。

 酒の場で説教する気はない。

 それに、やればできるやつだというのが分かっただけでも、上々だ。


「でも、吉田さんって本当に優しいですよね」

「は?」


 三島の言葉に、顔をしかめる。


「俺が?」

「そうですよ。だって私のことちゃんと叱ってくれるでしょ」


 三島は言って、俺をじっと見た。


「言っても出来ない人を叱るのって疲れるでしょ」

「分かってんなら叱らせんな」

「普通ね、数回言ってダメだったら『ああこいつはダメだ』ってすぐ見限るものなんですよ。私に優しい上司だって、それは私に好かれるっていう『メリット』を求めるからそうしてくるだけであって」


 そう続ける三島は、いつものへらへらした雰囲気とは少し異なった雰囲気をまとっていた。

 達観しているような、冷めているような。

 こういう顔も、するんだな。


「でも、吉田さんは、いつも全力で怒ってくれます」

「お前がほんっとうに学習しないやつだからな」

「へへ、照れる」

「褒めてねぇ」


 三島はくすくすと笑って、自分のグラスを空にした。


「あ、店員さぁん。同じのください」


 勝手に俺のグラスも回収して、三島は酒を追加注文した。


「まだ飲むのか」

「飲まないんですか?」

「飲むなら付き合う」

「へへ、付き合ってください」


 こいつ、案外飲めるクチだな。

 カクテルを注文するあたりあまり強くないのかと思ったが、このペースで二杯目を注文するということはそれなりに自信はあるということなのだろう。


「あー、話の続きなんですけど」


 三島が、髪の毛をいじりながら、言った。


「えっと……その、そういうわけなので」


 妙に、もじもじとしている。

 急にどうした。

 もよおしたか?

 俺が訝し気に見つめていると、三島は斜め下に視線をやりながら、少し頬を赤く染めた。


「私の教育係は、吉田さんじゃないと、嫌なので」

「あ、そう……」


 なぜそこで照れる。

 そう照れた様子で言われるとなぜかこちらも恥ずかしくなってくるのでやめてほしい。


「なので! 本当にやばそうな時だけは頑張ります!」

「いや、だから普段から頑張ってくれよ!」


 俺が声を上げると、三島は可笑しそうにくすくすと笑った。


 今後もこいつがあまり仕事に本気を出さないであろうことは想像がつく。

 が、まあ、それにしても。


 店員が持ってきたおかわりの酒に口をつける三島をちらりと見やる。


 何も知らずにイラついているよりは、こいつのことを多少は知ることができたのは良かったかもしれない。

 俺は一人、口元を緩めて、まだ泡の残った真新しいビールをぐいと煽った。


「あ、そういえば」


 三島が口を開く。


「吉田さん、最近毎日髭剃ってますよね」

「あ? それがなんだよ」

「いや、彼女でもできたのかなって」

「はぁ……?」


 俺が眉根を寄せると、三島は手をぶんぶんと横に振って付け加えた。


「いやいや、だって今までは三日にいっぺんくらいだったでしょ? それが最近突然毎日剃り始めたから。彼女ができて、そういうの気にするようになったのかなとか思って」

「お前、そんなに俺の髭見てたのか」


 訊くと、三島はボッ、と急速に顔を赤くした。


「み、見てないですよ! ひとを髭フェチみたいに!!」

「いや別にフェチとまでは言ってねぇだろ」

「いつも怒られるからつい口元ばっかり見ちゃうだけなんです! 変な気持ちは一切ないですから!」

「なんだよ髭に対して変な気持ちって」


 やっぱり髭フェチなんじゃねえのかこいつ。

 鼻を鳴らして、俺は答える。


「彼女なんかいねぇよ。フられたばっかりだしな」


 すると、三島はきょとんとして、口を半開きにした。

 なんだその顔は。


「え、フられたって? 誰に?」

「後藤さんだよ、後藤さん」

「後藤さんですか!?」


 三島がやけに大声を出した。

 隣の席のサラリーマン二人がちらりと三島を見る。彼女もその視線に気付いて、こほんと咳払いをした。


「……ああいうのが、好きなんですか」

「悪いかよ」

「あの、ドカーン! キュッ! ズドーン! みたいなのがいいんですか」

「そうだよ」

「へぇ……」


 三島は目を細めて、渋い顔をした。

 お前に俺の好みは関係ないだろうに。


「でも、フられちゃったんですね。ドンマイです」

「うるせーよ。安い同情すんな」

「いやいや、同情なんてしてないですよ」


 三島は渋い顔から一転、にこりと笑った。


「むしろラッキー! って思ってます」

「は?」


 俺が訊き返すと、三島はごまかすようにカクテルをぐいと煽って、グラスを空にした。


「店員さぁん」

「いや、早いだろお前」

「まだまだ飲みますよ」

「あ、そう……」


 付き合うと言ってしまったからには、ここで俺だけ飲まないわけにもいかない。

 やれやれ、財布に金入ってたよな。

 溜め息をついて、俺もペースを早めてビールグラスを傾けた。



 三島に“彼女”と言われた時。

 少し、脳内に沙優の顔が思い浮かんだ。

 髭を剃るようになったのは、あいつに言われたからだったなぁ。

 ぼんやりとそんなことを思ったが、ビールを煽ったらすぐに忘れた。








「遅ぉいぃぃぃぃぃ……」


 布団に転がった沙優が、呻くようにそう言った。


「いや、悪かったって」

「夕飯作っちゃったんですけどぉぉぉ」

「すまんって」


 平謝りである。

 家に帰ると、沙優がものすごく機嫌を悪くしていた。


 三島は、酒豪であった。

 結局三島が満足ゆくまで店にいたら、同じペースで二時間以上も飲み続けやがった。

 最終的に三島のペースにはついてゆけずに、途中から俺は三島の残すつまみを処理するのに徹していた。

 そして、仕事は定時で上がったはずであるが、家に着いた頃には22時を回っていた。


 沙優が顔だけぐいと上げて、正座している俺を見た。


「……女か」

「……まあ、一応、女ではあった」


 付け加えると、仕事をしない後輩である。


「けっ、あたしの夕飯より女の子と食べる外食ってわけね」

「悪かったってほんとに」

「女の子との飲みは楽しかったですか!」


 めんどくせぇぞこいつ!

 しかし、これを口にしてはいけない。

 夕飯を作らせてしまったのは事実である。


 俺が困ったように黙っていると、沙優の身体が小刻みに震えていた。

 何かと思い覗き込むと、沙優が口元を抑えている。


「ふっ……ふふっ……」


 どうやらからかわれたようである。

 沙優は可笑しそうに笑いをこらえていた。


「あはは、あー、面白い。別に怒ってないって」

「なんだよ……からかうんじゃねえ」

「いやー、吉田さん、“悪かったって”“すまんって”しか言わなくて、ふふっ、面白くって」


 沙優はけらけらと笑いながら身体を起こす。


「でも、ちゃんと明日の朝食べてね」

「ああ、そうする」


 彼女はにへらと笑って、再び布団にごろりと転がった。


「でも、今日はあんまり酔っぱらってないね、吉田さん」

「明日も仕事なのにそんな酔っぱらうほど飲まねえよ」

「でもあたしと会った日はベロベロだったじゃん」

「あれは……失恋後だったし、次の日も有給だったからだよ」


 俺が苦い顔をしながら言うと、沙優はくすくすと笑った。


「そんなに好きだったんだ」

「……まあな」


 俺が頷くと、沙優はにやにやとしながら問うてくる。


「どんなとこが好きだったの」


 どんなところ……。

 思い浮かべて、真っ先に出てきたのは。


「胸かな」

「正直なやつだ!」


 沙優は再び、けらけらと笑った。

 何を笑っていやがるこいつは。

 俺はいたって真剣だぞ。


 沙優といい三島といい。

 会話のペースをつかませてくれない女はどうも、苦手だ。

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